ここに、すべてスート(絵柄のマーク)が異なる4枚のトランプカードが裏を向けて並べられています。あなたは1枚を裏向きのまま自分の前に持ってきます。さて、このカードがハートである確率は何パーセントでしょう・・・考えるまでもなく25パーセントですね。ここで私は、残りの3枚のカードから1枚を取り、表を向けます・・・スペードです。さて、あなたの前のカードがハートである確率は何パーセントになりますか?私の前の2枚とあなたの前の1枚の合計3枚は、スペードを除く別々の種類だとわかったので、多くの方が33.3パーセントと答えるでしょう。私はさらに、残った2枚のカードから一枚を表に向けます・・・ダイヤでした。あなたの前のカードがハートである確率は50パーセントになりました。

さて、この過程で不思議なことが起こっています。私が残ったカードを表に向けている間、あなたの前のカードには誰も触れず、何らの物理的変化は起きていませんでした。カードに物理的変化がないのに、ハートである確率が25→33.3→50パーセントと変化するなんておかしいと思いませんか?

このはなしがおかしいのは、確率に対する2つの考え方「客観確率」と「主観確率」を混ぜていたからです。前者の例は、「宝くじの一等が当たる確率」、「この生産工程における部品の不良率」などです。確率論は客観確率をもとに発展してきたため、私たちが日常接している確率の多くは客観確率です。では、主観確率とは何でしょうか?

前のカードのはなしに戻ってみます。最初にあなたが前に動かしたカードは、その時点で裏の種類は決まっています。それがハートなら確率は100パーセントだし、ハートでないなら確率はゼロパーセントですね。それなのに、もう起きてしまっていることを、確率25パーセントと考えるのはなぜでしょう?これが主観確率、つまり「私(あなた)は、このカードがハートであるという信念を25パーセント持っている」ということです。なぜならば、4種類のカードから1枚持ってきたからです。2回目が33.3パーセントに変化したのは、3種類のカードから持ってきたことと同じと考えられるから、あなたの「信念」が33.3パーセントに変化したのです。例えば残った3枚のカードから1枚を表にしたとき、もしこれがハートだったら、あなたの前のカードがハートである主観確率(あなたの信念)は、ゼロになりますね。このように主観確率は、ゼロ(まったく確信していない)から1(完全に確信している)まで変化します。

私たちが接する多くは客観確率といいましたが、主観確率も私たちの生活や仕事とは無縁ではありません。天気予報の降水確率もそのひとつです。「今日の雨の確率は25パーセント」などと毎日予報されます。でも、今日は一日しかないから雨が降るか、降らないかのどちらかのはずなのに25パーセントって変ですね。しかしちゃんと役に立っています。たとえば私は、10パーセントなら傘を持っていかないでしょうし、90パーセントなら傘を持っていきます。降水確率をさきほどの表現でいうと「天気予報士は、今日雨が降ることに10パーセントの信念を持っている」ということになります。

気象庁のホームページには次のように書かれています・・・「降水確率予報で確率60%といった場合、そのような予報100例のうち約60例で対象時間内に1mm以上の降水があり、約40例で1mm以上の降水がないことを意味しています」。もし完璧な予報士による降水確率予報が90パーセントの日だけ傘を持っていったとしますと、10日に9日は「持ってて良かった」と思うでしょうし、1日は「使わなかったなー」ということになりますね。

医薬品開発における臨床成功確率といった、技術開発における成功確率も主観確率であるといえます。例えばある技術の開発成功確率が60パーセントであるということは何を意味するでしょう。天気予報と同じように、成功確率を正しく設定することができれば、同じプロジェクトが10あったとき、6つは成功、4つは失敗するはずですね。実験によって、ある技術の有効性についての知識が得られたとき、その技術開発プロジェクトの成功確率が一段上がります。

知識、すなわち知っていることが増えれば成功確率は上がっていきます。一方で、成功確率(主観確率)を正しく言える知識はもう少し違った知識です。「あることをどれだけ知っているか」を正しく表せる知識のことを「メタ知識」といいます。いわば「自分の知識についての知識」ですね。メタ知識は、鍛えることで強化することができます。例えば、米国の大手製薬会社イーライ・リリー社は、臨床成功確率を専門チームで査定することを1997年より行ってきました。これまで成功確率を60パーセントとしたプロジェクトが58あり、そのうちの37が実際に成功しました。実際の成功確率は、約64パーセントですね。開発プロジェクトの成功確率を同じ人(チーム)で査定することを繰り返すことで、メタ知識が強化されると言われています。

人間は学校などで学び知識を身につけていきますが、メタ知識を強化する学習チャンスはなかなかありません。しかし、不確実性に直面したとき、より適した行動や意思決定をするために自分がどれだけ情報を持っているかを知ることは重要です。たとえば、成功確率を確実に正しく設定できるならば、研究開発投資の効率は非常によいものになります。私も、株価についてのメタ知識を高めて、株式投資で一儲けできるかをたくらんでいるんですが、今のところまったく足りないようです。

(北原 康富)