北京五輪野球日本代表監督でプロ野球阪神タイガース前監督の星野仙一、日産自動車CEOのカルロス=ゴーンのお二人に共通するところは何でしょうか? それは、いずれも外部から伝統ある組織にリーダーとして参入し、短い期間のうちに組織の業績を改善し、成功を収めた点です。両者ともその直前まで近い立場(中日ドラゴンズ監督とルノー副社長)にいて、間をおかずにこれらの組織のリーダーとなった点も共通します。彼らの所属した組織にも共通点があります。その伝統ある組織、阪神タイガースと日産自動車は、かつては名門としてその世界に君臨したものの、彼らがリーダーとして着任したときにはいずれも業績が大きく悪化し、存亡の危機にあったという点です。
また、業績改善のための打ち手も共通していました。星野監督は選手の大量解雇とトレード、フリーエージェント制度を利用した戦力の大幅な入れ替えを、ゴーン社長は生産拠点の統廃合や人員削減、系列各社との取引見直しなどによるコスト削減という、組織のリストラクチャリングを行った点です。これらの打ち手が、4年連続最下位チームのリーグ優勝と、2兆円の有利子負債の全額返済という大きな業績改善につながりました。

私個人では、次のような経験があります。先日、私があるメーカーA社で1日研修を行ったときの話です。その研修では今までこのコラムでお話したような、定量的なビジネスプランニングの手法についてご説明していました。その最後に、練習問題としてA社で手がけられている製品に近い、ある製品の架空のビジネスプランを見ていただき、そのビジネスプラン(現行案とします)のどの部分をどのように変えて異なる打ち手を導き出せるか、検討していただく問題を用意しました。検討時間が極めて限られ、また定量的なビジネスプランニング手法自体はじめて知ったばかりという人もおられたので、あまり打ち手が出てこないのではないかと思い、私もいくつか解答例を用意しておりました。ところが、想定に反して、優れた打ち手を提言する受講者の方々が続出しました。現行案を途中で止めてすばやく投資回収しよう、あるいは現行案と別の製品を一つのビジネスプランとしてまとめて設備投資のシナジーを追求しようなど、私などよりはるかに自由でユニークな打ち手が次々と出てきたのです。

さて、星野監督、ゴーン社長、そしてA社の受講者の方々、この3者に共通する点は何でしょうか?それは、やや乱暴な表現ですが、「知らない状態で打ち手を検討した」という点でしょう。

ある組織、またはその中の仕事や製品についてよく知ること、精通することは、その分野のプロフェッショナルとしての自信になります。しかし、時には事実を正しく認識することを妨げます。つまり、心理的錯覚=バイアスとなるのです。

星野監督やゴーン社長、あるいはメーカーA社の受講者はその組織・仕事・事業計画の詳細な実態をよく知らない状態で打ち手の検討に入っていました。「よく知らない」というのは、単に知識がないということではありません。3者のいずれもがその世界では真のプロフェッショナルであります。「よく知らない」というのは、言い換えればバイアスがない状態と言うことです。よく知っている人は、「その組織・仕事・製品に関する過去の事実」や「その組織・仕事・製品をよく知っている自分の信念」にとらわれることがあります。これが「バイアス」です。バイアスによって、本来あるべき結論・打ち手から乖離した行動に至ることがあります。バイアスのない人は、このような誤りを犯すことなく、合理的に分析・検討の上、必要な打ち手を導き出しています。

これら3者の例に通じるのは、いずれもがいわばコンサルタント的な視点で問題解決に当たり、打ち手を導いたという点です。コンサルタントの価値は、「岡目八目」にあると言えます。「岡目八目」とはもともと囲碁から由来した言葉で、実際に対局している当事者より、その横で盤面を見ている傍観者ほど、戦局を八手先まで的確に分析できるという意味です。

的確な打ち手を導くには不必要な情報や自分の信念など、よく知っていることによって付随するバイアスから解放された状態で物事を分析し、打ち手を見出していくところが、コンサルタントの価値であるということです。
我々もコンサルタントですが、無論、「知らない状態を続ける」という訳では]ありません。前述した3者とは違い、特定の世界に通暁しているわけではありませんので、その世界のプロの方々が持っている知識レベルに追いつくための努力は当然ながら必要です。しかし、それはそれらプロの人々の思考過程を追体験するための努力ではありません。まさに、傍観者としてバイアスのない状態で現在に至る状況・情報を吟味・分析し、異なる打ち手を導くための努力なのです。

コンサルタントは必ずしも外部から呼び寄せるということだけではありません。私どものお客様でも、近年、社内コンサルタントとしてまさに「岡目八目」を実践し、バイアスを排除した状態でその仕事や製品の現状分析や打ち手の検討を行う役割の人を設ける会社があります。私どももそのような人を育成するファシリテーションの機会をいただくことがあります。これはより客観的で多様な視点でビジネスを分析したいというニーズの表れだと思います。

あなたの周りに「岡目八目」を実践してくれる同僚・上司はいますか?あなたの会社に「社内コンサルタント」はいますか?

(井上 淳)