定量評価は、開発プロジェクトなど投資案件のGo/Nogoの判断、優先順位の決定、また見積りや契約など、重要な意思決定の場面で参考にされます。
定量評価の最もベーシックな利点は、合理的な判断ができるようになることでしょう。例えば、300円の宝くじが2種類あり、Aの期待値が150円、Bの期待値が40円だとすると、これを買い続けた場合の結果は明らかです。しかし、期待値という定量評価を知らない人なら、もしBの最高賞金がより大きい場合、Bを買い続けるかもしれません。

しかし、経営意思決定は、このような単純な計算で決定などできないことは明らかです。
「『1辺が3センチの正方形の面積はどれだけか』という算数の問題には、ただひとつの正解が存在し、それは純粋に理論的に導くことができる。しかし『A社の新製品aがヒットした原因は何か?』という問題はそうはいかない(「意思決定のマネジメント」長瀬勝彦、東洋経済新報社2008))」。経営の結果は、様々な要因が複雑に絡んで生じるわけで、すべての要因を洗い出し、その関連を行うなどどだい無理な話です。ましてや、新製品開発や新市場参入など、結果が得られるのは数年先になるような意思決定では、要因の数や関連だけでなく、その要因のほとんどに不確実性があります。事業価値の定量評価では、その不確実性を確率や範囲といった数値で表しますが、経営意思決定の場合、過去の統計などを使うことが難しく、経験則(知識や経験による主観的判断)によって設定されます。
リスク分析では、リスクの要因として知識の不十分さがあり、これを定量的に表すために経験則を使うことは不可欠とされていますが、客観的に見える数字の根拠の一部が、主観に基づいていることに違和感を感じる経営者がいることも理解できますね。
定量評価をサポートする商品を提供するインテグラートにとっては、少々分の悪い話です。

先月、製薬会社の事業ポートフォリオマネジメントに関するカンファレンスに参加するため、4年ぶりにフィラデルフィアに行ってきました。
その途中で、ペンシルバニア大学ウォートンビジネススクールのマクミラン教授とミーティングをしました。マクミラン教授とはもう10年以上の付き合いで、会うたびに、新しいアイデアや厳しい指導をいただいています。今回も、研究室を訪れると新しい本の共著者と共に私を待っていました。マクミランの最新の著書「Unlocking Opportunities For Growth」(Putten A. & Macmillan I, Wharton School Publishing 2008)は、「機会エンジニアリング」という方法論をテーマにしています。これは、開発プロジェクトのもつオプション(将来の選択肢)を増やす検討をする(エンジニアリングする)ことで、プロジェクトの期待的価値を大きくすることができるという考え方です。例えば、ある製品で新市場に参入しようとしたとき、市場が必要な大きさに成長する確率を考慮すると、事業価値がマイナスになるとします。しかし、もし成長しなかったとき、その製品の設備を転売できるように考慮しておくと、市場が成長しなかったときでもある程度のキャッシュを手に入れることができます。機会エンジニアリングでは、デシジョンツリーのようなツールを使って事業価値を計算し、その変化をモニタリングしながら、開発プロジェクトにオプションを加えていき、最適なプロジェクト戦略を作っていきます。

やっと定量評価が日の目を見られそうな流れになってきました。定量評価は、プロジェクトの戦略を考えたり、アイデアを創造したりする場合に効果があると思います。
前にもお話したように、完全な事業価値の客観的な評価はできなくても、アイデアを加えたときの事業価値の変化を同じ評価軸を使って見れば、それがどれだけ有効かを知ることができます。
また、プロジェクトの担当者と経営者、またそれに関わる様々な組織の人たちと、意思決定を共有するとき、その検討のプロセスで使う一定の尺度となります。人は決定の正しさが確信できないとき、その決定に至るプロセスを納得することで、決定を受け入れると言われています。定量評価の評価結果を使って優先順位を付けたり、経営資源を配分することはもちろん有効です。
しかし、定量評価を行う過程そのものが意思決定の品質を上げる重要な意味を持つと、私は考えるのですが、読者の皆様はいかがでしょうか?

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12月に開催される弊社ビジネスインテリジェンスフォーラムでは、「見える化」や「現場力」で著名な早稲田大学ビジネススクール教授の遠藤功先生にご登壇いただくのですが、先生はその著書「見える化」で、「良い見える化は、気づき、対話、思考、行動につながっていく」と強調しています。先日お目にかかった折も、経営と現場、現場同士で行う徹底的な議論のための共通言語として、定量評価の意義を理解できるとのお話でした。フォーラムの基調講演でも、この点にも触れてくださるのではと期待しています。

(北原 康富)