【計画と決定】

 PDCAサイクルとは、「計画(Plan)」「実行(Do)」「評価(Check)」「改善(Action)」)であり、典型的なマネジメントサイクルとしてよく用いられています。意思決定という行為はこの中で、計画の最後または実行の直前に位置付けられると思います。意思決定は計画した後に行われるということは、多くの人にとって無理なく理解できますよね。さて、このコラムで何回も登場しますが、経営学者サイモンが示した合理的な意思決定をするための「あるべき」意思決定のステップは、以下のようになっています。

完全な情報収集と分析→全ての代替案の抽出→代替案の完全な評価と選択

 一方でサイモンは、現実の経営意思決定においては、全ての代替案を洗い出したり、それらを選択したときの結果を完全に予想するなどできるわけがなく、限られた時間で考えられる代替案とその結果の予想を行うという「限定された合理性をもつ意思決定」を示しています。よって、少しでも理にかなった意思決定をするには、一つの案だけではなく、少なくとも複数の案を考えたほうがいいし、案の選択を正しくするためには、その評価(選択結果の予想)をできるだけ精緻にしたほうがよいので、現実的な範囲で、「あるべき」意思決定のステップを踏むべきであるとしています。さてこのステップでの、情報の収集から代替案の評価までの工程が計画に当たるとすると、できるだけ良い計画をすることで、よい選択ができ、よい実行につながると考えることができます。

【決定後に計画?】

 ところで弊社では、お客様の経営意思決定を良くするためのお手伝いをさせていただいていますので、企業における様々な意思決定の現状を垣間見る機会があります。その中で、時としてこんな声がお客様から聞こえることがあります。

「この決定はもう決まっていて、事実上撤回できないんです。だから、今やっている事業性の評価はそれを正当化するためなんです。」
「評価の後付けなんてそんなに珍しいことではないですよ。」
「会社の将来に大きく影響するような重要な決定は、たいてい決まってから降りてきますね。事業計画の作成はそこから始まるんです。」

計画の前に意思決定? 選択をした後に評価や計画がされている? 実際、読者の皆様もこれに似た経験をお持ちではないでしょうか? 実際、最初にこの話を聞いたときは、合理的意思決定の枠組みでどのように解釈したらいいか戸惑いました。 でもご安心ください。経営学者ミンツバーグは、戦略の立案に関連して、「計画とは意思決定を統合化し、組織にプログラムすること」と示しています。戦略的な意思決定を、会社としての行動に移すためには、その決定を実行する様々な組織の多くの人たちに対して、理解、共感、動機付けをし、組織の段階での意思決定につなげてもらわなくてはなりません。この過程をミンツバーグは、「組織へのプログラミング」と表現したわけです。戦略は計画によって作るものではなく、陶芸家が作品を創るがごとく、創作(クラフト)するものである、とミンツバーグは言います。経営者は孤独な中、動物的感覚で訪れたチャンスを捉え、会社の命運をかけるような戦略を創作し決定します。戦略的な決定になればなるほど、その後に行われる計画という仕事は、トップの決定を組織の決定に変換する重要な工程として位置づけられるわけです。

【決定の戦略性と計画のねらい】

 サイモンは、経営における意思決定はそのレベルに応じて、「マニュアル化できるもの(注)←―→マニュアル化できないなもの」の直線上に位置づけられるとしました。つまり、マニュアル化できるものは、代替案(選択肢)をあらかじめ決めておくことができるような、繰り返し行われる現場のオペレーションに近いものであり、マニュアル化することによって決定の品質が高められるとしました。一方、マニュアル化できないものは、繰り返しがない、または年に一回程度しかしないような意思決定であり、マネジャーなど組織の上部に行くほど、このような意思決定になる、と示しました。その上で、現実的な範囲でできるだけ合理性をもつ意思決定(複数の代替案を検討するなど)をすべきとしています。ここにミンツバーグによる戦略決定を位置づけると、「マニュアル化できない意思決定」の中に、戦略性の小さいものから大きいものまでの軸が加わるのではないでしょうか。比較的戦略性の小さい意思決定は、意思決定の「あるべき」ステップを組織の人々が一緒に進めることができるので、その過程で理解が浸透します。一方、戦略性が増すにつれて、意思決定の「創作度」が強まり、より少数で行われるようになります。その結果、決定を組織として理解するためのプログラミングが必要になる、そのために「後付の計画」が重要な意味をもつ、というわけです。もちろんこれらはデジタル的な区分ではなく、意思決定のプログラム可能性や戦略性の強弱によって、アナログ的に位置づけられます。

 弊社の取り組んでいる事業計画や事業性評価などの手法は、代替案の評価や意思決定のステップを効率的にし、できるだけ合理的な意思決定をしようとする狙いがあります。さらにこれらは、組織の人々が効率的にコミュニケーションする共通言語として、経営トップの決定を組織の決定に変換するためにも使われています。そうです、後付けの計画や評価にも…。

(北原 康富)

(注)サイモンの著書では、「プログラム化できるもの」と表現していますが、本コラムでは、ミンツバーグの表現と重なるので、「マニュアル化」としました。