バンクーバー冬季五輪も残すところあと数日となりました。世界中から集まったウインタースポーツのトップアスリートが連日熱戦を繰り広げる最高の祭典に、カーリング歴7年の筆者もワクワクしながら見入っています。

日頃スポーツを嗜む中で、筆者は弊社が提供している定量的意思決定手法の考え方をスポーツの現場に応用できないかと考えています。そこで今回のコラムでは、冬季五輪の花形種目フィギュアスケートでの4回転ジャンプを題材に、デジョンツリーを用いた合理的意思決定についてシミュレーションしてみたいと思います。

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フィギュアスケート競技は、2003年から国際スケート連盟が承認する国際大会に導入された新採点法システムにより、それまでの「技術点」「プレゼンテーション」の2カテゴリーごとに6点満点で総合的に評価した点数が付けられる方式から、ジャンプやスピン、スケーティング技術や演技力といった各要素それぞれについて、難度や出来栄えから個別に点数が付けられる方式に変更されました。個々の技と点数の関係が明確化されたため、新採点法システムの導入以来、点数を稼げる難易度の高い技に挑戦する傾向が進みました。その象徴とも言えるのが4回転ジャンプです。現在の世界トップクラスの男子選手では、4回転ジャンプを演技に組み入れることが主流になっています。しかし、4回転ジャンプは成功した場合には高い得点となりますが、成功する可能性は一般的には決して高くなく、回転不足や転倒などの失敗を犯すと大きく減点されてしまう「ハイリスク・ハイリターン」な技です。そのため、4回転ジャンプに挑まず、点数は多少低くなるものの確実に成功させることのできる3回転ジャンプを選択する選手も実際には数多く見受けられます。

あるスケーターが「果敢に4回転ジャンプに挑むべきか、それとも安全策で3回転にするか」と迷っていたとします。そのような判断に役立つツールが、定量的意思決定手法の一つであるデシジョンツリーです。デシジョンツリーでは、起こりうるシナリオ分岐を木構造で表現します。そして各シナリオで得られるリターンと各シナリオの発生確率を設定することで、リターンと発生確率を掛け合わせるとそのシナリオの期待値を算出することができます。ここでは、デシジョンツリーを用いて「4回転ジャンプに挑んだ場合」と「3回転ジャンプを選んだ場合」で得られる得点の期待値を比較することで、4回転ジャンプに挑むべきか否かを判断するシミュレーションをご紹介します。前提条件として、ここでは単純化のため、4回転ジャンプに挑む場合は「成功」「失敗して転倒」の2つのシナリオ、3回転ジャンプにする場合は「成功」のみのシナリオ(=成功する確率が100%で、失敗はしない)とします。そして得点は国際スケート連盟の採点法に則り、4回転ジャンプに挑んで成功した場合は9.8点、失敗した場合は0点を得られるものとし、3回転ジャンプを跳んだ場合は4.0点が得られるものとします。(注)

例えばこのスケーターの実力では4回転ジャンプに挑んで成功する確率が30%だった場合、4回転ジャンプに挑む場合の得点の期待値は「(成功した場合の得点×成功する確率)+(失敗した場合の得点×失敗する確率)」、つまり「9.8点×30%+0点×70%」=「2.94点」となります。3回転ジャンプを選んだ場合は前提条件より成功確率100%なので、期待値は成功した場合の得点=「4.0点」となります。4回転ジャンプに挑む場合の期待値より3回転ジャンプの期待値の方が高いので、このスケーターにとっては今回の条件下では4回転ジャンプを回避して3回転を選ぶことが得策で、4回転ジャンプに挑むのは合理性の点で無謀であるということになります。
この期待値算出の計算式を逆算すると、4回転ジャンプに挑んだ場合に3回転ジャンプを選んだ場合と同じ期待値が得られるような4回転ジャンプの成功確率は約41%であることがわかります。つまり、このスケーターが練習を積んで4回転ジャンプの成功確率を4割以上に高めることができれば、4回転ジャンプにチャレンジすることが合理的に見ても妥当な選択となります。

このようにデシジョンツリーを用いることで、「現時点の状況では、自分にとって最も有利な選択肢はなにか」「現状から成績を伸ばすには、どの部分をどれだけ改善すれば良いか」といった点を定量的に把握することができます。
今回の五輪では、4回転ジャンプに対するフィギュアスケート男子の各選手の事前スタンスは様々で、事前に4回転ジャンプを跳ぶことを公言した選手、あるいは逆に跳ばないことを公言した選手、敢えて事前に明言しなかった選手がいました。これを先ほどのデシジョンツリーの計算式になぞらえると、日頃の練習方針や作戦が以下のように位置付けられます。
跳ぶことを公言した選手は、日頃の練習で「4回転ジャンプが成功する確率」を向上させることに重点を置き、さらに技の完成度を高めて「4回転ジャンプが成功した場合の得点」を上げる努力をしてきたことが考えられます。また、跳ばないことを公言した選手は、3回転ジャンプに磨きをかけて「3回転ジャンプを跳んだ場合の得点」を確実に高くすることを第一優先に練習をしてきたことが推測されます。そして事前に明言しなかった選手は、『意思決定のタイミングをできるだけ遅らせる』、つまり4回転ジャンプに挑むか挑まないかは本番の演技中に判断する(滑っている時の感覚に基づいて成功確率をぎりぎりまで見極めた上で、デシジョンツリーと同様の比較考量を無意識的に行って判断する)のではないか、と想定することができます。

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今回はフィギュアスケートの例でご紹介しましたが、例えばスキーのアルペン競技で「良いタイムを果敢に目指すべくスキー板を縦にして直線的に攻めるか、あるいは転倒のリスクを避けるためスキー板を横に振って(多少タイムロスしても)安定した滑りを心がけるか」、またカーリングで「スチール(不利な先攻で得点すること)を狙って石と石の間を通す難易度の高いドローにチャレンジするか、あるいは相手の点数を減らすことを第一優先にテイクアウトにするか」など、他のあらゆるスポーツにおいても、数ある選択肢から意思決定を迫られる場面があります。その際には、今回ご紹介したようなビジネスの現場で用いられている定量的意思決定手法を効果的に適用できれば、リスクとリターンを適切に見極めて、より良いパフォーマンスを得られるのではないかと考えています。
なお、ビジネスの現場で課題となる「信頼性の高いデータをどう入手するか」「分析自身は意思決定をサポートするものであって代替するものではない」等の懸念は、スポーツの場合でも同様に注意する必要があるでしょう。

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先日行われたフィギュアスケート男子では、高橋大輔選手が、フリーの演技で4回転ジャンプに挑んで失敗したものの日本男子史上初となる銅メダルを獲得しました。実は、高橋選手は4回転ジャンプを今季それまで試合で決めたことがありませんでした。今回ご紹介したデシジョンツリーの観点からは、高橋選手が4回転ジャンプに挑んだことは合理的な選択ではなかったのかもしれません。果たして実際に失敗はしましたが、しかし結果は素晴らしいものでした。合理的意思決定のスポーツへの応用を考えている筆者も、やはりスポーツの世界は合理性だけでは語れないな、と改めて感じた次第です。

(楠井 悠平)

(注)点数の設定根拠:4回転ジャンプの中で最も跳びやすいと言われるトウループを想定し、国際スケート連盟が規定する「ISUジャッジングシステム」に基づいて設定。4回転ジャンプに挑んで成功した場合は4回転ジャンプの基礎点9.8点が得られ、失敗した場合は回転不足で3回転ジャンプ(基礎点4.0点)と判断されて出来栄え面でのマイナス評価と転倒により4.0点の減点により0点とした。3回転ジャンプを選んだ場合は基礎点4.0点が得られるものとした。