日経ビジネスの4月26日号に、三井物産副社長CFOの松本順一氏が、「戦略的撤退は組織作りから」と題したインタビュー記事に答えています。この記事では、事業への「進出」と「撤退」の組み合わせを最適化することで経営を舵取りする「ポートフォリオ経営」について述べています。以下にご紹介するコメントは、その中の撤退の意思決定について述べたものです。
「現場からすれば各事業への思い入れもあり、一方で、経営からすれば、リスクは早めに摘み取りたい。現場主義が行き過ぎれば撤退は困難になり、トップダウンが行き過ぎればリスクを取った成長は難しくなるわけです。この、権限の『分権』と『集中』をリバランスすることに、これまで取り組んできました。」
私たちインテグラートは、これまで特定分野、あるいは全社のポートフォリオ作成、またポートフォリオマネジメント体制構築のお手伝いをしてきました。そのお手伝いの中で、上記の「現場主義が行き過ぎれば撤退が困難になる」という思いを感じたことが多くあります。
ビジネスにおけるポートフォリオマネジメントは、今まで見えていなかったビジネスの切り口を定量的に見せることができ、そこから新たな打ち手や方向性を検討できる糸口となりえます。しかし、ビジネスのある切り口だけを取り上げ、そこを強調すれば、別の面が結果的に隠れてしまい、ポートフォリオから見えなくなることがあります。これを現場が意図的に行うと、情報をコントロールし、現場が意図する方向へ意思決定を導く「恣意的なメッセージを発信するポートフォリオ分析」となります。 恣意的なメッセージを発信するポートフォリオ分析の例を挙げてみましょう。
・「販売中の製品だから撤退はありえない」という現場の意図の元、既存製品に
ついては売上のデータを詳細に分析し、コストを含めた利益効率の観点のデータを
示さない
・「足元の業績を固めることが重要」という意図の元、短期的な時間軸のポート
フォリオを詳細に提示し、中長期的に業績の谷がどこに来るのかといった予測
データを示さない
前者の例では、既存製品による売上の重要性が強調されることで、既存製品に対する投資縮小や中止の判断を回避する方向となり、後者の例では短期的なリターンと投資の重要性を強調することで、中長期的な将来投資より現在進行している投資案件を継続する判断へ傾くこととなります。
このような意図の下で行われたポートフォリオ分析は、トップを含めたマネジメントに強い現場寄りのバイアスを伝えることになります。また、マネジメントが、ポートフォリオの分析・評価結果が現場の意向のみを強く反映し、全社的視点を失っていると感じると、ポートフォリオマネジメント業務そのものに対して信頼を置かない、あるいはそのような意思決定プロセスの存在自体に疑問を抱く恐れもあると言えます。現場の利益を代表しているようで、結果的に逆に作用することになるでしょう。
このような現場とマネジメントの間の、異なる意図の対立・相克を乗り越えるにはどうすればよいのでしょう。結局、冒頭の松本氏の発言にあるように、現場とマネジメントがすり合わせを行い、双方の意図を共有することが重要ではないでしょうか。
つまり、現場からは現実に見えるそれぞれの製品・投資案件の将来像を提供し、マネジメントは、松本氏の言葉を借りれば「自分が抱えている事業だけでなく、『有限な経営資源をいかに最適に配分するか』という全社的な視点」を提供し、両者のバランスを均等に共有することが、経営と現場のすり合わせであると言えるでしょう。とは言え、言うは易しで、一朝一夕にすり合わせができるわけではありません。前掲記事の中で松本氏は、三井物産においても2001年から全体最適視点のポートフォリオ経営を開始し、現時点でようやく考え方が定着してきたと述べています。
私たちは今までのポートフォリオ作成、またポートフォリオマネジメント体制構築のお手伝いを続ける中で、現場が訴えたいことをポートフォリオとして見せることは十分にできても、それがマネジメントの戦略検討に貢献しているのか、常に自問自答してきました。特に、現場発のポートフォリオを通じて「撤退」の進言をマネジメントに上げるのはかなり難しいことと実感しています。私たちもマネジメントを担う方々へコンタクトの幅を広げ、双方の方々の意図をキャッチするよう努めています。それらの活動を通じて、現場とマネジメントの相克を乗り越え、ポートフォリオマネジメントが更に使える武器となるよう、ポートフォリオマネジメントのあり方について、検討と改良に努めています。それは、「権限の『分権』と『集中』をリバランスすること」という松本氏の発言に通ずるところがあると考えています。
(井上 淳)