野菜・果物と意思決定プロセス

東京はここ1ヶ月ほどずっと冷たく乾燥していましたが、今週初めは一転して雪と氷に見舞われ、通勤に苦労された皆様も多かったことと思います。まさに「冬まっただ中」という感じですが、そのような中でも春の足音を聞くことができる場所があります。それは「スーパーの野菜・果物売り場」です。先日スーパーに足を運ぶと、早くも「新じゃがいも」が並んでいました。これから「新にんじん」「新たまねぎ」など「新○○」という名称の野菜が次々と登場してきますが、これは通常のものと品種が異なるわけではなく、この時期に収穫・出荷されるものを指しています。みずみずしくて軟らかく、甘味の多いのが特徴で、さながら「春の使者」として顔を出すこれらの野菜を見ると、寒さも忘れて思わず微笑んでしまいます。

いきなり野菜の話になってしまいびっくりされた方もいるかと思いますが、実は筆者は「野菜ソムリエ」という資格を持っています。この資格は(社)日本野菜ソムリエ協会が2001年より設けている資格で、「野菜・果物の知識を身につけ、そのおいしさや楽しさを理解し伝えることができるスペシャリスト」(注1)と位置付けられています。元来野菜好きだった筆者は、この資格の存在を知った瞬間「この資格は、野菜好きでかつコンサルタントである自分のためにある資格だ」と直感し、2008年に「ジュニア野菜ソムリエ」および「野菜ソムリエ」の資格を取得しました。
資格取得のためには、野菜・果物に関するさまざまな講義を受講し修了試験をパスする必要があるのですが、講義の種類というのが各種野菜・果物に関する全般的な知識だけでなく生産・流通過程や栄養学、ビジュアルマーチャンダイジングなど実にバリエーションに富んでいました。今回のコラムでは、それら講義を受講した中で、弊社が基礎とする意思決定プロセスの観点で興味深く感じたことが1つありましたので、ご紹介したいと思います。

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それは、トマトの特徴についての説明の時でした。講師の方があることをおっしゃったのですが、筆者は耳を疑ってしまいました。それは「味重視で差別化が図られるようになった野菜はトマトが初めてである」ということです。「それまでは食べ物なのに味が重視されなかったのか」と驚きましたが、なるほどスーパーの野菜売り場を思い浮かべると納得しました。トマトは野菜売り場の顔よろしく、「桃太郎」「ファースト」「サンマルツァーノ」「フルーツトマト」など食味や栄養価・用途などに応じて品種・銘柄名で華やかに複数取り揃えられていますが、一方で他の野菜に目を転じると、「キュウリ」「ピーマン」「ハクサイ」「ニンジン」など「品目名」で表示されている単一種類が販売されているものが大半です。

もちろん、キュウリやピーマンなどにもさまざまな品種が存在しています。では、味による差別化以前はどのような観点で品種が開発されていたのでしょうか。それは、「たくさん収穫できる」「病気に強い」「形が揃っている」といった、均質な品質のものを安定して供給することを目指す生産者の立場に基づいたものでした。しかしそこには「味」や「栄養」など、野菜・果物の生産流通過程のゴールに位置する生活者(消費者)が直接感じるメリットは反映されていませんでした。かつての人口が右肩上がりに増加して「作れば売れる」という時代であれば安定生産は重要なテーマでした。しかし、食生活の多様化により野菜の消費量が明らかに減少した(注2)現代では、良く「作れる」よりも良く「売れる」野菜・果物の生産を志向しないと、生活者に選んでもらえない状況になり、生活者にとっての差別化要因である「味」や「栄養」などに基づく品種開発が実施されるように変わってきている、という背景が想定されます。

このことを、弊社が基礎とする意思決定プロセスに当てはめて考えてみたいと思います。生産者=提案者、生活者=意思決定者、野菜・果物=事業計画、ととらえると、「生産者が野菜・果物を生産して生活者に提供する」という一連の流れは、意思決定プロセスになぞらえて「提案者が事業計画を立案して意思決定者に提案する」というプロセスとみなすことができます。この構図のもとで従来の品種開発が行われていた状況をみると、生産者は「安定品質・安定供給」が可能となる野菜・果物の生産に力を注いでいた一方、生活者は野菜・果物を「味」や「栄養」といった観点で認識するので、いわば両者の持っている評価軸が食い違っている状況でした。つまり、そもそもフレーム(評価の枠組み)がずれていたのです。さらに、生産者から生活者をつなぐ市場や卸などの流通経路が複雑で、生活者に生産に関する十分な情報が伝わりにくい状態であったために、生活者にとっては「フレームがずれている」(「味」「栄養」でない観点を重視して野菜・果物が生産されている)ということ自体も気付きにくい、プロセスの不透明な状態だったとみなすことができます。戦略意思決定手法において意思決定の品質を決める2つのアプローチに照らすと、提案者と意思決定者で評価軸が異なっておりプロセスも明確でない、合理性(結果が客観的に正しいこと)も合意性(結果が導かれるプロセスに納得していること)も欠いていた状況ととらえることができます。そして「味」「栄養」重視での品種開発が行われるようになった状況では、生産者が生活者の持っている評価軸に合わせた提案をするようになった、と考えるとフレームが揃ってきたことになります。また、最近は情報通信技術が発達し、また表示基準の厳格化(注3)や生産情報のトレーサビリティーの普及が図られるなど、生活者が野菜・果物に関する情報を格段に得やすくなっています。先ほどの意思決定の品質を決めるアプローチに従うと、合理性も合意性も改善しており、意思決定の品質が高まってきていることがわかります。

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以上、多少強引ではありましたが、野菜・果物の品種開発や生産・流通過程を戦略意思決定プロセスの枠組みで考えてみましたが、いかがでしたでしょうか。野菜ソムリエは、野菜・果物の生産者でも流通業者でも小売業者でもありません。しかし、「野菜・果物の魅力や感動を周囲に伝えていく」という使命のもと、野菜・果物が生活者に届くプロセスの一員として活動しています。生産者と生活者をつないで双方のコミュニケーションを促進することで意思決定プロセスにおける合意性の向上に寄与し、より豊かな野菜・果物ライフの実現を支援する役目を担っています。そして弊社は、「スペシャリストのスペシャリスト」として、野菜ソムリエのように各方面で活躍するスペシャリストを意思決定の側面で理論的・実務的に支援してまいります。

(楠井 悠平)

(注1)(社)日本野菜ソムリエ協会ホームページより。
https://www.vege-fru.com/contents/hp0002/?No=141&CNo=2
(注2)第2回野菜需給・価格情報委員会資料『生鮮野菜の家庭内消費量変化』
(注3)農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)が1999年および2002年に改正され、消費者に販売される全ての食品に表示義務が課され、また違反した場合の罰則が強化された。