「経営者を取り巻く環境はますます不透明になっていると言われても、ほとんど新鮮味はない。先が読めない状況では、成功よりも失敗する方が普通だと聞いても誰も驚くまい。」

このような厳しい論調で始まるのが、『「知的失敗」の戦略』(原題:Failing by Design)です。この小論は、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの2011年7月号で紹介されています。著者は、新規事業研究の第一人者とも呼ばれるコロンビア・ビジネス・スクールのリタ・マグレイス教授です。

マグレイス教授は、この小論で、失敗を生かすための七つの原則を紹介しています。

原則1:プロジェクトの開始前に、成功と失敗を定義する
原則2:前提を知識に変える
原則3:迅速であれ。失敗は早々にせよ
原則4:被害を食い止め、損失を抑える
原則5:不確定要素を制限する
原則6:知的な失敗を称える文化を育む
原則7:学んだことを書きとめ、共有する

この7つの原則について、私なりに整理してみますと、原則1から5までの5つは、失敗を組織で生かす前に、プロジェクトで大きな失敗をしないためのもので、原則6と7は、失敗から学ぶための組織的な取り組み、と考えられます。このように考えると、原則1から5は、企画担当者がすぐに実行できるものと言えます。担当しているプロジェクトで、実行できることがあるか、考えてみませんか?

考える手がかりとして、原則4に関しては、2つの具体的事例が紹介されています。
一つ目は、やや古いですが、花王がフロッピーディスク製造への進出を検討していた時のことです。高い品質のフロッピーディスクを製造できたとしても、やや畑違いの花王ブランドのフロッピーディスクを消費者が買うのかどうか、花王にとって大きな疑問となっていました。そこで、花王は同社の品質基準を満たすフロッピーディスクを別のメーカーから購入し、花王のラベルを貼って販売してみたのです。結果は良好だったので計画を前進させたのですが、仮にこのテスト販売が失敗していたとしても、大きな損失を抑える優れた方法だったと言えるでしょう。

もう一つの事例は、ポストイットなど、画期的な新製品で有名な3Mです。3Mは、新たなアイデアを奨励する文化がありましたが、一時期は、全社的にシックスシグマの活動に取り組み、予想可能な結果を出すことが重視されました。そのため、実証されていないアイデアを試すことに、従業員が消極的になってしまったそうです。
2005年にCEOに就任したバックレー氏は、研究所におけるシックスシグマの活用を中止し、あらためて、マイナス面が小さい限りは、新しいアイデアを追求するように奨励しました。現在も、3Mは、新製品導入時には、少量生産・少量販売という方針をとっているそうです。

マグレイス教授は、弊社がビジネスシミュレーションの基礎とする理論の一つ、Discovery-Driven Planning(DDP、仮説指向計画法)を、ペンシルバニア大学ウォートンスクールのイアン・マクミラン教授と共同考案しました。弊社が1997年にDDPに基づくビジネスプランニングソフトを開発して以来、時折助言をいただいています。

先月マグレイス教授が来日した際に、夕食をする機会がありました。最近のマグレイス教授の論文の話や、中国・インド経済の話題、日本の消費税問題、家族・子育ての話などなど、とても有意義な時間でした。

実にミーハーな私は、食事が一通り終わった頃、マグレイス教授の著書「Discovery-Driven Growth」(マクミラン教授との共著、Harvard Business School Press)を差し出し、図々しくサインを依頼しました。マグレイス教授が、ふふふ、と笑いながら、さらさらと書いてくれたのが「Yasushi, Always learning!」というメッセージです。

教授に正面から、いつも勉強!と言われてしまった個人的な恥ずかしさはひとまず置いておきまして、Always learning という言葉は、マグレイス教授の新規事業研究の根本にある哲学を的確に表現していると思います。

『「知的失敗」の戦略』を最初に読んだときには、具体的で実行しやすい、と思った一方で、失敗から学ぶということが強調され過ぎると、ともすれば、失敗を起こさないことに専念し、成功しようという本来の目標を見失いかねないと懸念しました。
しかし、マグレイス教授は、失敗だけに注目しているのではなく、成功するためには、成功だけでなく失敗からも学びなさい、いつでも成功への手がかりを学びとることが大切だ、と語りかけているのだと思います。

学ぶということは、学んだことをどのように生かすかが楽しいところですね。
マグレイス教授から贈られた言葉を大切にし、これからもAlways learning!を心掛けたいと思います。

(小川 康)