私は、大手商社で約15年間、IPP(民間発電所)投資からノンジャンルのベンチャー企業投資まで、金融投資ではなく、事業投資を専門に行ってきた経験があります。

事業投資を行うに当たり、当然のことながら事業計画の策定が最初の大きな仕事になりますが、成功事例であれ、失敗事例ならなおさらのこと、いつも事業計画と実際の結果との乖離に悩み、なぜそのようなことが起こるのか、あれこれ考えたものでした。

もちろん最大の原因は、計画は未来の予測図ゆえ、予測と実際が異なるのが自然ということにあります。予測は限られた条件だけを頼りに導きだされた結論であり、実際はそれら予測時の条件、あるいはそれ以外の 多くの条件の連関に拠っておこる事態ですから、同一となることがあり得ないのが自然です。同一となること自体、宝くじに当たったのと同じ状態と言えるでしょう。

しかし、予測図と最終ゴールだけの二項対立の図式なら、上記の通りなのですが、もう少し柔軟に世の中の流れに即して考えてみると、予測と最終ゴールの間をいくつも分割すれば、当然それぞれのミニ予測図とミニゴール(途中経過)の距離は遥かに縮みますから、予測と実際の乖離が関連条件も含め相対的に小さくなります。さらに、乖離があれば次のミニ予測図を修正して新たなミニゴールに臨みますので、新たなミニゴールが実際になる時の乖離はさらに小さくなる、というマネジメントが可能になります。これが、事業計画策定時の陥穽を極力回避あるいは縮小するマイルストーンによる計画管理方式です。

残念ながら、小生の在籍していた会社では、事業投資プロジェクト毎のマイルストーンによる計画管理は本当の意味で行われていませんでした。なぜか?理由は、
1.各事業投資プロジェクトは、会社全体の事業年度に基づく予算管理という枠組みの中でのみ時系列的に監督されるだけで、各プロジェクト固有のマイルストーン管理が行われる意識も環境もなかった;
2.事業投資プロジェクトの主務担当は2年もすれば交代するが、プロジェクト自体の詳細なリスク構造を記録・継承する体制もシステムも無い(あるのはせいぜい契約書とエクセルシートぐらい、前者ではある程度のリスク構造は読み取れるが、後者では作者以外まず構造自体読み取れない)ため、新任担当は当該プロジェクトのリスク構造全体から見通すマイルストーン管理の方途を持たなかった;
といった点が大きなところだと思います。

上記の1は単に会社の管理方式、管理体制の問題ゆえ、経営陣さえ気づけば比較的容易に改善できます。しかし、上記の2から新たに深刻な問題が浮かび上がります。即ち、事業投資プロジェクトを適宜マイルストーン管理するには、その前に、つまり事業計画策定時に、詳細なリスク構造を明確化し、それを記録・継承する仕組みを持っていなければならないということです。

予測と実際の乖離をさける為の方途を考えると、三段論法的に、事業投資プロジェクトのこのリスク構造の明確化・公開化(記録・継承の為)の重要性にスポットライトがあたってきます。それでは事業投資プロジェクトのリスク構造の明確化・公開化とはどのようなことでしょうか?

まず、リスクとリターン(収益)は表裏一体ですから、プロジェクトのリスク構造とは、プロジェクトの収益構造でもあります。つまり、ある事業投資プロジェクトで、ROEを最大にすることが最終ゴールである場合、その為にはどのような要素がどのように関連してくるか、という相関図を作ります。売上げ、売値、販売量、仕入れ値、在庫、人員数、季節変動、資本、金利、店舗数、販売代理店数、仕入れ先数、部品点数、組立工数、土地建屋コスト、市場領域カバー率、市場占有率、仕入れ先優先権、燃料費、ボーナス、福利厚生、人員変動要素、政治変動要素、経済変動要素、法的コスト、知的財産コスト、その他あれやこれや、そのプロジェクト固有の関係要素は色々と挙げられるはずです。それらの大きな相関図を作って、関係者みんなで見てみると、何が抜けているか、重複しているか、よく分かります。計画段階でできる限り全ての要素を書き出すことで、プロジェクト全体のリスク構造が明確になり、関係者全員が共有することで、リスク構造が公開されます。あとは、それぞれの要素について、蓋然性や確率を十分議論し合って設定し、スプレッドシートに落とし込めば、当該プロジェクトのリスク構造の記録・継承は自然に可能となります。そしてこのリスク構造図にもとづき、プロジェクトの成否を決定する関係要素の重要タイミングを洗い出して、マイルストーン管理へと手渡すのです。

さて、賢明な読者の皆様は、ここまできて、予測と実際の乖離をさける為、さらに四段論法で重要な要素があることにお気づきになられたことでしょう。それは、上でたとえ話として述べた、「ROEを最大とすることが最終ゴールである場合」というように、何がこの事業投資プロジェクトにとっての最終ゴールかということの確認です。計画策定に当たり、真っ先に必要な確認事項がこの最終ゴールの確定です。

私がここでご紹介したかった、事業計画策定に当たっての構造的問題とは、上述のごとく逆から述べると:

(ア)プロジェクトの最終ゴールが当初より不明確;
(イ)プロジェクトのリスク構造が明確化もされず公開もされていない;
(ウ)マイルストーンによる個別プロジェクト進捗に沿った管理がなされていない;

ということに行き着きます。このような(ア)(イ)(ウ)の問題点を内蔵したまま事業投資を行った結果、いつも、

・幸運にも予測通りに行ったとしても、担当者として何となく満足できない;
・不幸にも予測から外れた場合(即ち事業投資が失敗だったと見なされた場合)、一体何が原因だったのか、百家争鳴の意見の出し合いになり、つまるところは外部原因に仮託して、みんなで責任逃れ;
・神風特攻のように、失敗を継承する者はいつも配置換えでいないから、いつまでたっても学習されない;

というようなことがよく起こりました。厳しい自己反省を込めてここに問題の構造を再確認する次第です。

(西村 昇)