今の時期、街を歩いているとリクルートスーツを身に付けた初々しい若者の姿をよく目にします。また、弊社が実施している新卒者を対象とした採用活動の中で、面接に来る学生さんに採用担当者としてお会いする機会もこの頃多くあります。 筆者も新卒として弊社に入社してから5年以上経ちました。筆者はこれまでの社会人経験、とりわけ「ビジネスシミュレーション」を提供している企業の社員であることを踏まえ、学生の皆さんに何かアドバイスはできないかと考えていました。そうした中、今週火曜日に放送されたNHK「クローズアップ現代」では、学生生活の新たな過ごし方として広がりつつある「ギャップイヤー」という考え方が取り上げられていました(注1)。筆者はこの番組を視聴し、ギャップイヤーを、弊社が基礎とする方法論の一部である「逆損益計算法」と関連した位置付けで捉えることで、人生設計において逆損益計算法をスムーズに導入する一種のステップのようなものが頭に思い浮かんできました。今回のコラムでは、(実際にどれだけの数の学生が本メールニュースを購読しているか、はさておき)人生の逆損益計算法におけるギャップイヤーの活用についてご紹介したいと思います。

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 筆者の考えをご紹介するに当たり、まず「ギャップイヤー」「逆損益計算法」とは何、をそれぞれ説明しておきます。
 ギャップイヤーとは人生の寄り道、あるいはすき間の日々、という意味で、学生時代に親・学校から一定期間離れ、ボランティア活動や職業体験などの社会活動に取り組むことを指します。もともと英国をはじめとする欧米諸国では定着している取り組みであるのに対し日本ではまだ十分普及してはいませんでした。しかし今年4月に東京大学が「FLY Program(初年次長期自主活動プログラム)」という、新入生が入学直後に1年間休学して国内外の社会体験体験を行うことのできる制度を新設し(注2)、政府や経済界にもギャップイヤーを経験した人材を高く評価する考えが広まり始めています。
 一方、逆損益計算法とは不確実性が高い状況下で用いられる計画法Discovery-Driven Planning(仮説志向計画法)を構成する方法論の一つであり、ゴール(目標)を設定した上で、その達成に必要な行動を検討・実行するアプローチです(注3)。将来予測として世の中に広く知られている「回帰分析」「ビッグデータ」などの各種手法はデータや経験に基づいた過去・現在の延長線上で考えるのに対し、逆損益計算法は未来のゴールから発想し、どうすればゴールを達成できるかを考える方法論という点で従来の手法とは大きく異なります。

 さて、大学で過ごす4年間を考えてみると、この期間は「人生についての考え方を従来型手法から逆損益計算法へと180度転換させる移行期間」と言えるでしょう。人間誰しも、生まれた時から将来の明確な目標を自覚してその実現に向けて生きているわけではありませんし、また逆に将来の目標がないままに過ごして人生を終える人もほとんどいないものと思います。どこかの時点で、将来の目標を設定してキャリアビジョンを設計する機会が訪れることになりますが、そのタイミングとして、環境変化の激しい大学4年間が最もありうるのではないかと筆者は考えます。実際、筆者自身のことを思い起こしてみても、大学入学時には将来の明確な目標があったわけではなく(某大学の入試を受けた際の面接にて、将来の目標を訊かれ『まだないが大学生活を通して見つけたい』と答えたところ、鼻で笑われたのを今でも鮮明に覚えています)、ただ何となく興味のあった政治学・行政学を専攻しました。その中で所属したゼミ活動を通じて、世の中をより良くすることに貢献したい、特に社会に対するお金の使い方をより上手に考えることが不可欠であると確信し、その実現に向けて就職先を考えた際に弊社が手がけている製品・事業に興味を持った経緯があります。
 ただ、いくら大学生活が変化・刺激に満ちたものであるとはいえ、必ずしも将来の目標に出会うことが確約されているわけではありません。むしろ、採用面接などで学生の皆さんにキャリアビジョンを尋ねてみると「『将来これをしたい』というものはまだないが、まずは社会人として必要なスキルを磨いていきたい」という声が多く返ってきます。これは、弊社の企業理念にある「輝く未来社会創出」の実現に向けては懸念すべき事態とも言えると思います。

 そこで、クローズアップ現代で取り上げられた「ギャップイヤー」という概念が有効ではないかと感じました。番組では、学生時代に海外での地雷撤去や井戸修復など行うNGOに参加した学生の例が紹介されていました。彼はその活動を通じ、本当に大切なのは持続的な支援を行うための組織体制であると認識し「それらの団体が活動していけるための支援に取り組みたい」と、入学当初は就職先として全く考えもしていなかった国際金融企業からの内定をもらったそうです。彼自身、ただなんとなく「国際貢献をしたい」という思いからギャップイヤーを経験したのですが、結果としてギャップイヤーの中で将来自分が実現したいことが見つかり、今後の人生で進むべき方向性が見定まったのです。また番組に出演されていた専門家の方も、「英国でのギャップイヤーの精神として、パッケージ化されたツアーに参加するのではなく、たとえビーチでのんびり過ごすだけだとしても自分で計画して行動し、自分の過去や将来に思いを巡らすことが重要である」とコメントされていました。

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 筆者がこの「ギャップイヤー」をコラムで取り上げたいと思った大きな理由は、その言葉の持つニュアンスが秀逸に感じられたからです。学生生活の合間にいったん空白期間を設けるという本来の意味合いに加え、筆者にはこの言葉が、人生の進路を考えていくに当たっての「従来型手法から逆損益計算法への転換」を行うための方法論上のギャップを埋める機会、という意図も感じられました。もちろん、日常の学生生活の中で将来の目標が見つかれば良いのですが、日々の雑事に追われる(=データや経験に基づいて考える従来型手法で日常茶飯事の意思決定をしている)中ではなかなか発想の転換はできないものです。そのためにも、一度日常から解放される機会を設け、過去や現在のデータ・経験と将来に対する考えを同じ土俵に並べた上で、将来の目標を定めその実現に向けたプロセスを考えていく逆損益計算法へとスライドしていくプロセスとして有効活用できるチャンスと思います。いわば、本来の意味合いとしては道程からいったん「離れる」ためのギャップイヤーであるのに対し、筆者が感じたのはその逆、つまり180度異なる2つの思考手法を人生設計において「つなげる」ためのギャップイヤーです。
 これからギャップイヤーを経験しようという学生の皆さんが、その中で自分を見つめ直し将来について思いを馳せる機会として、存分に活用されることを期待しています。

(楠井 悠平)

(注1)放送内容を以下の番組Webサイトでご覧いただけます。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3350.html
(注2)制度の詳細については、下記の東京大学Webサイトをご覧ください。
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/academics/fly/index.html
(注3)逆損益計算法の詳細については、弊社社長小川が執筆した下記記事をご参照ください。
http://www.integratto.co.jp/bi/publication/report/magazine_research_2012_07.pdf