先月5月の24・25日に、ペンシルバニア大学ウォートン スクールのウォートングローバル フォーラムが東京で開催されました。ウォートンはアメリカの代表的なビジネススクールの一つで、日本からの留学生が比較的多い学校です。もう十数年前になりますが、私も2年間留学してビジネスについて学んできました。その卒業生向けイベントであるグローバル フォーラムが十数年ぶりに東京で開催されることになり、これは一度行ってみるか、と参加してきました。興味深いメッセージがいくつかありましたので、その一部をご紹介します。

フォーラムは2日間のプログラムでした。アメリカから10名以上の教授陣が来日し、講義とパネルディスカッションを織り交ぜた、質が高く緊張すら感じる内容が提供されました。約650名が参加していましたが、講義によっては、明らかに日本人が少数派でした。日程を確保し交通費・参加費を払って、海外から東京にウォートン教授陣の講義を受けに来る卒業生がこれほど多いことに、正直なところ驚きました。親睦がメインと思ってノコノコ出掛けた私は(もちろん親睦もフォーラムの大事な目的ですが)、恥ずかしくなりました。

ファイナンスの看板教授、フランクリン・アレン氏は、リーマンショックと呼ばれたグローバルな金融危機はまだ解決していないこと、その一因はグローバルな低金利が引き起こす各国の不動産価格の上昇にあることをまず指摘しました。その上で、アベノミクスについて、下記のようにコメントしました。

・第一の矢:金融緩和によるインフレ率2%の達成には、長期金利の上昇が最大の難問となる。長期金利が上がらなければ利回りを確保できない資金が日本から海外に流出し景気を悪化させ、長期金利が上がれば国債の利払いが増加し財政を更に悪化させるだろう。

・第二の矢:財政政策は評価しない。日本が過去20年間やってきたことではないか。

・第三の矢:最大の関心は、構造改革が実現するかどうかだ(アレン教授は、第三の矢を、成長戦略とは言わずに構造改革と言っていました)。つまるところ、経済が成長しなければ、問題は解決しない。

更に詳しいフランクリン・アレン教授講演のレポートが下記リンクに掲載されていますので、ご関心のある方は是非ご覧ください。
http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/4805
また、今回のフォーラムには、ペンシルバニア大学学長のエイミー・ガットマン氏も参加していました。ウォートンは一学部(経営学部)に過ぎませんので、学長が海外のフォーラムに参加することは珍しいそうです。

ガットマン氏は、ペンシルバニア大学が目指す未来として、「専門教育とリベラルアーツ」の統合、「オンライン教育とクラス教育」の統合という、2つの統合が鍵になる、と述べました。

アメリカの3,500の大学を対象に、個人が大学に支払う学費が、その大学卒業後に得られる収入に見合うかどうかを分析した調査があるそうです。その調査の結果は、わずか4%の大学だけが学費に見合い、96%の大学は学費に見合わない、というものでした(注1)。それならば、多くの大学は、卒業生が収入を高めるように専門教育を強化すべき、という議論になりそうです。

しかし、ガットマン氏が「深い逆説(deep paradox)」と強調したのが、「最も高い収入を得る職業に就く卒業生を輩出している大学では、専門分野だけを狭く学ぶことがないように学生を指導している」という逆説です。ガットマン氏は、「専門教育(professional education)は、リベラルアーツ(歴史、美術、文学、基礎的な自然科学・社会科学等、幅広い視点を養うもの)を徹底的に学ぶことによって、豊かに力強く実を結ぶと深く信じている」と語りました。

また、昨年から開始された新たな取り組みとして、オンライン講座を実験的に開始した、という話題がありました。昨年1年だけで、100万人以上がペンシルバニア大学のオンライン講座に登録したということです。実に、キャンパスにいる学生の50倍にのぼります。

このオンライン講座については、「ここでとても重要なのは、ペンシルバニア大学の教授陣は、オンライン教材を開発するだけでなく、オンライン教材を教室での教育に統合している、ということである。それは何故か。私は、オンライン教育の将来を正確に占うことはできないが、オンライン教育は、クラスでの教育を代替するものではなく、クラスでの教育をより優れたものにする可能性があると考えている。」と語りました。

エイミー・ガットマン氏の講演内容にご関心のある方は、是非下記をご覧ください。
http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/4806
最後にご紹介するのは、マーケティングのジェリー・ウインド教授による講義です。「クリエイティブな組織を創造する」というテーマで、いくつもの具体的な取り組み手法や事例が紹介されました。その中で、バーチャルな、開かれた、ネットワーク型組織を活用しよう、という話題があり、具体例として「イノセンティブ社(注2)」が紹介されていました。

イノセンティブは、2001年に設立された、オープン・イノベーションを支援する企業です。オープン・イノベーションとは、一企業では解決できないような問題を、社外の専門家・知見を幅広く活用することによって解決しようとする取り組みです。イノセンティブは、世界中から登録された問題解決者が解決案を競い、賞金を獲得する仕組みです。賞金は、問題提示者が負担します。

どこまで実用的なのか、疑問に思われるところですが、イノセンティブには、およそ200か国から約30万人の問題解決者が登録しており、5,000ドルから、100万ドルまでの懸賞金が提示された膨大な数の問題の解決に取り組んでいます。P&Gや、イーライ・リリーといった、巨大なR&D部門を持つ企業でさえ自社では解決できない問題を、実際に解決しているそうです。このような取り組みが、対面ではなく、基本的にすべてインターネット上で行われています。
そして、更に興味深いことには、ウインド教授によると、問題に取り組む解決者の分野の幅が広ければ広いほど、問題は解決されやすいそうです。たとえば、化学者、数学者、マーケティング専門家など、一企業では到底集めることができない分野のメンバーが問題解決に取り組みます。提示される問題の範囲は、R&Dにとどまらず、多岐にわたっており、「これは、今までのやり方を根底から変えていく、ゲームチェンジャーだ」とウインド教授は語りました。

そうは言っても難しいのでは、と言う受講者に対して、ウインド教授は「消費者の行動が劇的に変化し、テクノロジーが進化し、競争が激化する今、戦略の最適化など、できはしない。戦略意思決定を改善していく唯一の方法が、実験である。」と述べました。まあ、まずは、やってみなさい、というわけです。

ジェリー・ウインド教授の講演内容にご関心のある方は、是非下記をご覧ください。
http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/4808
以上、ウォートン グローバル フォーラムの一部をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。
皆様のご参考になりましたら誠に幸いです。

今月6月は、インテグラートの決算月です。皆様のご支援のお蔭で、本年度も順調に締めくくることが出来ることとなりました。社員一同を代表し、皆様に有り難く厚くお礼申し上げますとともに、更なる努力をお約束いたします。

(小川 康)

(注1)アメリカの3,500の大学に対する、学費と卒業後の収入に関する調査を解説する記事
http://finance.yahoo.com/blogs/daily-ticker/only-150-3500-u-colleges-worth-investment-former-132020890.html
(注2)イノセンティブ社 ホームページ
http://www.innocentive.com/about-innocentive/facts-stats