サッカーの世界一を懸けた「2014FIFAワールドカップ(W杯)」がブラジルで開催されています。日本では深夜から早朝にかけての時間帯に当たりますが、TVでご覧になっている方も多いのではないのでしょうか。筆者もご多分に漏れずその中の一人で、世界各国のスーパープレーに驚嘆しながら、日本代表を連日応援しておりました。その日本代表ですが皆様ご存知の通り、グループリーグを1分2敗の成績で終え、残念ながら決勝トーナメントに進むことができませんでした。

 今回結果が出なかった要因は様々言われているようですが、その一つに「決定力不足」ということが挙げられています(注1)。この「決定力不足」という言葉、日本がW杯に初出場を果たした1998年フランス大会の当時から、日本代表の課題として長らく指摘され続けていたように記憶しております。今回のコラムでは、この「決定力不足」について、その意味するところを筆者なりの視点で考えてみたいと思います。なお初めに断っておきますが、筆者はサッカーに関して全くの素人ですので、サッカー戦術面での見解は的外れである可能性がある点はご容赦ください。

 まず、「決定力」とは何でしょうか。筆者の解釈では、サッカーの試合においてチームが目指すべき目標であるゴール(得点)することを「自陣深くからパスをつないで中盤を経て、攻撃陣にボールを渡してシュートを放つまでの一連のプロセスの結果」とまずとらえます。その上で、プロセスの最後のステップに相当する「シュートを放つ」を確実に、かつ精度高く(=得点になりやすく)実行できる力である、と認識しています。今回の日本代表は「攻撃的サッカー」を掲げ、ヨーロッパの名門クラブでプレーする選手を中心とした中盤でのパス回しで得点チャンスを探るスタイルを強みとしていました。しかし、あくまで中盤でのパス回しは上記プロセスで言うところの途中経過の一部に過ぎず、いかにプロセスの終着点であるシュート(それも得点の可能性が高いシュート)、そして得点につなげていくか、という点が大事になります。

 この決定力が今回の日本代表に不足していた部分であり、ギリシャ戦後に本田圭祐選手が残した「攻撃的にいったが、ゴールを割れなかった。最後の部分でアイデアが足りなかった」とのコメントにも表現されています(注3)。実際に試合のデータでもこのことは如実に表れています。第二戦のギリシャ戦では、途中で相手チームに退場者が出たこともあってボール支配率は日本が68%と圧倒していたにも関わらず、守備を固めた相手を崩して得点につながりそうなシーンを十分に作ることが出来ずに0-0の引き分けとなりました。そして最終戦のコロンビア戦でも、日本のボール支配率は強豪コロンビアを相手に55%と上回っていました。しかし攻めながらシュートまで至らずにボールを相手に奪われてしまい(せめてシュートまで行けば守備体形を整える時間が稼げたのですが)、鋭いカウンター攻撃であっさり失点してしまう場面が2回ほど見られ、結果は1-4の完敗でした。

 他国の試合を観ていると、個人の力にしろ組織の力にしろ、シュート・得点に至るまでのプロセスがいかにチームとして確立されているか、という点で、日本は世界の強豪国と大きな開きがあったように感じました。例えば前回優勝国のスペインを相手に5点を取るなど3連勝10得点でグループリーグ首位突破を決めたオランダは、ロッベン選手の高速ドリブルで相手選手を振り切ってシュートを決めるシーンが何度もありました。また優勝候補の一角ドイツのクローゼ選手は、独特の「嗅覚」とも呼ぶべき、最終的にゴールを決めるためのポジション取りの妙を武器に、W杯歴代最多タイ得点となる15点目を挙げました。さらに、ウルグアイ・イタリア・イングランドという優勝経験国と同グループに入って前評判では圧倒的不利と言われていたコスタリカも、5バックという堅い守備からの速攻カウンターのスタイルを徹底して貫いた結果、2勝1分けの成績を挙げ今大会の台風の目となっています。

 ここで翻って考えると、筆者はこの「決定力不足」は何もサッカーの世界だけではなく、ビジネス、特に事業計画立案・意思決定の現場でも当てはまり得る事象ではないかと感じました。サッカーを得点に至るまでのプロセスとして見立てましたが、弊社は事業計画立案・意思決定業務に「戦略意思決定手法」に基づく意思決定プロセスの導入を提唱してまいりました。意思決定プロセスとは、大まかに言うと評価の枠組みを揃えるフレーミングからシナリオ・モデル・データの検討・設計・収集を経て分析・シミュレーションを実施し検討を重ね、戦略案を選択決定していくまでのプロセスを指します(注4)。

 この中で、「最も重要であるが不足しがちなステップ」として弊社がお客様に特に強調しているのが、プロセス終盤の「分析・シミュレーションを踏まえた実現性・妥当性の検討」です。往々にして、分析に至る前段階のモデル・データの設計・収集が現場の作業量としては膨大なものになります。そのため、現場の苦労がわかっている意思決定層は、一通りのデータが出揃って収益計算・基本的な分析結果が算出された計画案を見て「計画作成お疲れ様!」として、その後の十分なシミュレーション・検討をせずに意思決定をしてしまうケースがしばしば見られます。また、世の中には金融工学・統計分野を背景としたいわゆる「分析ソフト」が広く普及していますが、ビジネスの現場での使用を想定し、単なる分析に留まらずシミュレーション・検討の部分までカバーしたソフトはあまり多く見られないのが実情です。

 このビジネスの現場で見られる意思決定プロセスの課題が、筆者にとっては今回のW杯での日本代表の得点に至るプロセスにおける問題点と重なって映りました。中盤のパス回しからシュートの前段階まで磨きを掛けてきたことは、事業計画立案においてはモデル・データの設計・収集から基本的な分析結果の算出まで、多大な労力や分析ソフトでこなしてきたことを意味します。一方でシュート・得点に至るプロセスが不足していることは、分析に基づくシミュレーション・検討が足りていないことを表します。この分析・シミュレーション・検討のプロセスこそ、サッカーで言うところの「決定力」すなわち得点になりやすいシュートを放つために必要不可欠な要素に相当します。つまり、事業計画立案・決定に関して問題に感じている企業の現場でも「決定力不足」が起こっているのです。先日閣議決定された政府の「経済財政運営と改革の基本方針」いわゆる「骨太の方針」でも、アベノミクスの第三の矢である成長戦略の狙いとして「稼ぐ力の向上」という言葉が登場していますが(注5)、この稼ぐ力というのも、筆者が考える決定力に通ずる部分があるように感じます。

 決定力不足を解消するためには、そのプロセスが最終的な目標を達成するために有効なものかを全体に渡って検証し、最終目標につながるプロセスを再整備することが重要です。中盤のパス回しが本当にシュート・得点に結びつくための明確な意図を以て有効に機能していたのか、モデル・データの設計・取集から分析までの流れが「分析のための分析」に陥っていないか、いま一度振り返ることが必要ではないのでしょうか。

 筆者は、日本代表が今回の敗戦をバネに再び強く立ち上がることを大いに期待していますし、それは十分可能だと感じています。その際には余計なお世話ではありますが、今回のコラムでご紹介したようなビジネスの分野で用いられている理論もぜひ参考にしていただきたいと願っています。

(楠井 悠平)

(注1)W杯=日本は世界的『9番』不在、解消されない決定力不足(ロイター通信)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0EW01N20140621
(注2)試合データはFIFA公式ページより引用。
http://www.fifa.com/worldcup/
(注3)本田「最後でアイデア足りず」 遠かったゴール」(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASG6N4F7WG6NULZU00B.html
(注4)プロセスの詳細は弊社Webサイトの「基礎とする方法論」参照。
http://www.integratto.co.jp/bi/company/concept/
(注5)方針の全文は首相官邸Webサイト参照。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2014/2014_basicpolicies_01.pdf