FacebookやTwitter、ミクシィといった、ユーザー同士がお互いに投稿した記事を評価し合う仕組みを特徴とした電子媒体「ソーシャルメディア」が日本の世間に広く浸透して久しくなりました。それらソーシャルメディアが社会にどのような価値をもたらすか、を考察したものとして、ソーシャルメディアの活用が食生活の改善につながる可能性を示唆した研究があります(注1)。今回のコラムでは、この研究成果を筆者なりに解釈し、ソーシャルメディアの特徴的機能である「評価」という行為が持つ意味合いを考えてみたいと思います。

 研究では、ユーザーが食事の写真を他者と共有し、他ユーザーからの評価をリアルタイムに受け取る仕組みのスマートフォン向けアプリを使用して、二段階に分けて実験を行いました。まず第一の実験では、食事写真に対する他者からの評価(「かなりおいしそう」から「かなりおいしくなさそう」までの7段階)がユーザーの食事満足度にどのような影響を与えるのかを検証しました。その結果、約半数(11名中6名)のユーザーで、他者からの評価がユーザーの食事満足度に影響している、つまり他者からの評価によってユーザーの食事満足度が操作された可能性のあることが示されました(注2)。そして第二の実験では、他者からは「ヘルシーかどうか」の7段階で評価してもらい、ユーザーにはヘルシーさの評価をおいしさの評価として提示し、ユーザーの食事満足度や食事メニュー選択への影響を調べました。その結果、やはり他者からの評価がユーザーの食事満足度に影響しているケースが多く(10名中7名)、また実験期間の中でヘルシーな食事を意識的に心がけるように変化する傾向も見られました。
これら二つの実験から、他者からの評価によって、ユーザーの食事満足度をコントロールし、食行動を改善する可能性のあることが示唆されました。

 この研究成果の解釈に先立ち、まず食生活を改善することの難しさについて明らかにしておきます。食生活の改善が、現代人の健康を脅かす最大の敵である生活習慣病の治療・予防のために大きな役割を果たすことは周知の事実です。ではなぜ食生活の改善が未だに課題であり続けるのでしょうか。それは、食事を摂ることについての本質的な欲求対象である「おいしい食事」は、往々にして「栄養バランスの取れた食事」とイコールでないからです(もちろん、おいしい食事を摂ることも、人間の精神的な充足感になるプラスの働きをします)。これを評価の概念を使って説明すると、食事の質を測る指標として「おいしさ」という評価軸と「栄養バランス」という評価軸が2つ存在し、(大変不幸なことに)この2軸は一種の反比例関係にあると認識されています。そこでどちらの評価軸を優先させるかという判断に立たされ、(後ろめたさを抱えつつ)おいしさを優先した食事に偏りすぎる結果、栄養バランスが失われることが重なり病気になってしまうことになります。この2軸構造が解消されない限り(例:味覚が変化して「おいしさ」を感じることができなくなる、誰にとってもおいしくて栄養バランスの取れた究極の食事が普及する)、食生活の改善は人類の永遠のテーマとなるでしょう。

 では、ご紹介した研究について見てみましょう。第一の実験結果の「他者のおいしさ評価が自分の食事満足度にも影響を与える」ということは、評価の枠組みで言うと、食事の質を測る指標として「(主観的な)おいしさ」「栄養バランス」の他に「他者から見たおいしさ」という新たな評価軸が加わっていることを意味します。そして第二の実験結果では、「(主観的な)おいしさ」と「(ヘルシーさからすり替えられた)他者から見たおいしさ」の評価が相反する構造になります。その結果、「(主観的な)おいしさ」の影響力を打ち消す方向に働き「他者から見たおいしさ」+「栄養バランス」に傾く場面が増えたことを表しているととらえられます。つまり評価軸の2元対立構造が解消されたのです。
なお、なぜ「他者から見たおいしさ」が食事選択の評価軸に加わったのか、という理由については研究成果からは明示されていませんが、筆者は「他者からの肯定的な評価を得たい」という人間の志向が影響したものと考えています。この志向は本質的に人間に備わっているものですが(マズローの欲求5段階説における尊厳欲求に位置付けられる)、特にソーシャルメディアを活用している人は、この欲求が強いことも考えらえます。

 ソーシャルメディアの普及により、他者からの評価を得る・他者に評価を伝えるためのコストは劇的に下がりました。ともすると、自分の考えを持つよりも簡単に(複数の)他者からの評価を得られてしまう状況も考えられます。確かに食生活改善に代表されるように、自分内部の判断基準だけでは解決できない問題は多くあります。しかし今回の実験では、他者からの評価がたとえ恣意的に操作されたものであっても、一定の影響力を持ちうることが示唆されました。同じ「おいしさ」という言葉に惑わされて自分自身の評価軸を失わないよう、留意する必要があります。また逆にソーシャルメディアで他者に自分の評価を伝える場合は、その評価行為が、ただ単に自分の所感を表現するだけではなく、当事者の価値判断に影響を与える可能性についても考慮に入れておくべきです。
 弊社はビジネスシミュレーションの理論に基づき事業性評価を支援するソフトウェアを提供しています。これらソフトから得られる評価結果は決して自分自身の主観的な価値判断を蔑ろにするものではありません。評価結果を賢く利用し、皆様の計画立案・検討業務にご活用いただければ幸いです。

(楠井 悠平)

(注1)廣瀬通孝、谷川智洋、鳴海拓志、小川恭平『ソーシャルメディアと食生活改善』(人工知能学会全国大会論文集、2013)
https://kaigi.org/jsai/webprogram/2013/pdf/814.pdf

(注2)提示された他者評価と食事満足度との相関分析を行うに当たり、食事満足度が従属変数であることを明確にするために他者からの実際の評価にシステムが疑似的に生成するダミーの評価を混在させている。