欧米の企業と比較すると、日本企業の利益率やROE(自己資本利益率)が低いことは、昨今よく指摘されています。しかし、実績の比較数値が詳細に示されている一方で、日本企業の利益率が低いことについて、その原因は示されていないようです。

 そう感じていたところ、日本経済新聞電子版で、「なぜ、日本企業の利益率は低いのか?」というコラムを読みました。著者は、一橋大学大学院商学研究科の中野誠教授です。そこで、早速中野教授の著書「戦略的コーポレートファイナンス」を購入し、詳しく拝読しました。

 まず、ROEの国際比較ですが、2012年の数値で、日本企業全体の平均は5.3%であるのに対して、米国企業全体の平均は何と22.6%、欧州企業全体の平均は15.6%です。一橋大学の伊藤邦雄教授が中心となってまとめ上げたいわゆる「伊藤レポート」で掲げられているのは、これから日本企業はROE8%を目指そう、という目標ですので、彼我の差は相当大きい状況にあります。

 ここから中野教授は、新たな視点を示します。ROEの平均値は、いわゆるリターンの平均値です。リスクとリターンは、対になる概念ですから、リターンだけでなく、リスクの方にも着目し、リスクとリターンの関係はどうかを研究されたのです。ここでいうリスクとは、ROEの標準偏差です。つまり、ハイリスクであれば、ROEの標準偏差は大きくなり、ローリスクであれば、ROEの標準偏差は小さくなります。ROEの平均値比較からは、国際的に見て、日本企業がローリターンであることは間違いなさそうです。では、リスクについてはどうなのでしょうか。

 中野教授の研究によると、日本企業はリスクについても、国際比較で最低水準です。即ち、日本企業は、明確にローリスク・ローリターンなのです。ローリスク、ということは、年毎にROEがあまり変動しない、つまり、高くなることもないが、低くなるということもない、ということです。日本企業のリスクが国際比較で最低水準ということは、日本企業の業績は、国際比較で最も安定していることが明らかになったわけです。

 日本企業のリターンは低いけれども、安定している。果たして、これは良いことなのか、悪いことなのか、どの程度なのか、気になるところです。そこで、中野教授は更に分析を進めて、リスクとリターンの関係を国際比較しています。例えば、リスク(変動)が大きい割にリターンが低いのであれば、ハイリスク・ローリターンで割に合いません。そこで、各国のROEの平均値(リターン)を標準偏差(リスク)で割った数値で比較を行っています。この値が大きければ、リスクと比較してリターンが高いことを示しますので、大きいほうが良い数値です。この数値のことをリスク調整済みリターンと呼んでいます。

 すると、日本企業のリスク調整済みリターンは2.7%で、フランス(4.0%)・アメリカ(3.5%)・ドイツ(3.3%)・スペイン(3.3%)・イタリア(2.8%)よりは低いものの、韓国(2.5%)・イギリス(1.8%)・カナダ(1.4%)・オーストラリア(1.1%)よりも高いのです。この10か国の中で、リスクとリターンの関係を考慮すると、日本はちょうど中程度であり、イギリス・カナダ・オーストラリアでは、リスクの大きさに見合うリターンが得られていない、と中野教授は指摘しています。

 中野教授の研究が示しているもう一つのことは、単純にハイリスク・ハイリターンの関係が成り立つのではなく、イギリス・カナダ・オーストラリアのように、リスクは大きくても、比較的リターンが低いことがある、という事実です。ということは、日本企業がむやみにリスクを取るようになっても、リターンが高くなるとは限りません。

 この分析結果には、日頃の様々な経験から、共感するものがありました。アベノミクスで、政府・日銀等から、企業が事業投資を増やすように工夫された数々の施策が打たれています。しかしながら、単にリスクを取るようになっても、リターンが容易に高くなるわけではないことを、各企業は知っているのだと思います。

 では、具体的にどうすればよいのか、ということまでは、中野教授の著書には解説はありませんでした。それでも最後まで読み進めると、中野教授から読者へのメッセージとして、「自分の頭で考えれば解が見つかる」とありました。このメッセージも、新鮮に感じました。仕事ではよく使う言葉ですが、大学の先生から「自分で考えろ」と言われたことは、あまりないような気がします。そして、「学ぶことは、生きることそのものだ」、という中野先生の力強いメッセージで結びとなっていました。中野教授の「戦略的コーポレートファイナンス」は、経営者の視点と担当者の視点を織り交ぜ、新書版で大変読みやすく書かれていますので、皆様にも是非お勧めいたします。

 国際比較や、学ぶ、ということについては、最近とても気になることがありました。私は、MBAで2年間学んだペンシルバニア大学のウォートンスクールに少しでも恩返しができればと思い、日本での卒業生の委員会の委員を務めています。そこで、何が恩返しになるのかを聞いたところ、「日本で、エグゼクティブ・エデュケーションを広めてほしい」ということでした。

 エグゼクティブ・エデュケーションとは、経営幹部向けの教育プログラムです。聞いてみますと、ウォートンでは毎年9,000名を対象にエグゼクティブ・エデュケーションを実施しているそうです。ウォートンのMBAは毎年800名ですから、実に10倍以上の人数です。プログラムの期間は短期主体ですから、単純に比較はできませんが、ウォートンだけで毎年9,000名ですから、全米では数万人から、もしかすると数十万人の経営幹部が毎年受講しているかもしれません。

 つまり、アメリカでは、経営幹部に昇格する際に、あらためて学び直す仕組みが当たり前になっているようなのです。経営幹部になると、責任の重さや範囲、求められるスキルも、MBAレベルとは異なります。だからこそ、あらためてしっかりと学び直す必要性が出てくるわけです。

 ところが、日本企業では、経営幹部レベルに昇格すると、サラリーマンが目指すゴールを達成したように感じて勉強しなくなるのか、米国企業に比べると、エグゼクティブ・エデュケーションが知られていないようです。グローバルに競う相手企業と、実は経営幹部育成の面で違いが出ているのかもしれません。

 リスクを取り、リターンを実現するのは、まさに経営力そのものではないでしょうか。もし、エグゼクティブ・エデュケーションに興味を持たれましたら、ぜひこのメールにご返信ください。ウォートンのエグゼクティブ・エデュケーションの資料をお送りします。

 ウォートンのエグゼクティブ・エデュケーションの中心的なプログラムは、5週間のアドバンスト・マネジメント・プログラム(Advanced Management Program : AMP )です。AMPには、インテグラートのソフトウエアやコンサルティングの基礎となっている仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)を開発したイアン・マクミラン教授が登壇しています。最近AMPに参加された複数の方に聞きましたところ、受講者にも大変好評なようです。

 マクミラン教授の講義を直接聞いていただくのが間違いなくベストですが、まずは仮説指向計画法の要点を少し知りたい、または、マクミラン教授は英語で話しますので日本語の方がいい方には、11月30日(水)に開催されるインテグラートのフォーラム「研究開発投資の意思決定とガバナンス~事業のリスクを可視化し、中長期の成長を達成する~」をお勧めいたします。
http://www.integratto.co.jp/bi/seminar/bsf201611.html

 既に350名以上の方にお申し込みをいただいていますが、大きな会場ですので、まだ余裕があります。たくさんの皆様のご参加をお待ち申し上げております。また、仮説指向計画法を、経営幹部向けに2時間程度でご紹介する経営幹部セミナーも、別途、各企業個別に実施していますので、是非ご検討ください。

 日本企業の利益率を改善する処方箋は、単純ではなく、一つではないと思います。数々の取り組みの一つとして、インテグラートでは、仮説指向計画法を活用したソフトウエアとコンサルティング・研修をご提案いたします。皆様のご活躍に貢献できることを、心から願っております。

(小川 康)

出典:
日経BizGate「戦略的コーポレートファイナンス」
http://bizgate.nikkei.co.jp/series/011610/index.html
戦略的コーポレートファイナンス (日経文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/453211361X
参考:
「日本企業に警鐘を鳴らす『伊藤レポート』」
http://www.integratto.co.jp/column/110/
「日本企業の競争力はなぜ回復しないのか」
http://www.integratto.co.jp/column/091/
Wharton Executive Education
http://executiveeducation.wharton.upenn.edu/