弊社が基礎としている方法論「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)」を体験するワークショップ・研修などを担当している中で、最近は特に(この方法論が当初対象としている)不確実性の高い事業や新規事業にとどまらず、既存事業の担当者が受講されるケースが増えております。その中で筆者が感じていることとして、「事業計画は、成功に必要な条件=仮説の組み合わせで成り立っていますが、皆さんが携わっておられる事業について、何が仮説と考えられるが洗い出してください」と説明しても中にはいまいちピンと来ない(既存事業でビジネスモデルも確立されており、今さら何が仮説なのかよくわからない)、とお感じになる方もいらっしゃるように見受けられます。確かに、「仮説(たられば)と知識(知っている、わかっている)」の割合に着目すると、例えば新規事業は仮説の割合が高い(=失敗しやすい)のに対し、既存事業は知識の割合が高い(=成功しやすい)ということができます。しかし、知識に偏りすぎてしまうと、変化への対応が遅れてしまうことにもつながるのではないかと筆者は考えています。今回のコラムでは、既存事業で変化に対応することがいかに難しいか、変化にどのように対応していけばよいか、について、筆者の知人を対象にサイコロを使って行った実験を基に探っていきたいと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 実験には、事業性評価や事業企画に関する業務を担当している6名が参加しました。「『サイコロの出る目ごとに金額を配分して賭け、一度にサイコロを複数個振って出た目の数に応じて配当を受ける』を繰り返して儲けの累計を大きくすることを目的とする」という名目で、「サイコロの目ごとに個別に設定されたオッズを参考に、各参加者が一定の金額を配分して1~6の目ごとに賭ける→一度にサイコロを8個振る→各参加者に出た目の数を知らせて出た目の数および1~6の目ごとに賭けた金額に応じた配当を返す」というプロセスを100回繰り返しました(もちろん、実際にお金を賭けたわけではなく、金額の配分と配当の受け取り計算はExcelファイル上での入力記録としています)。参加者は、賭け金の配分を回ごとに変えても良いものとしました。

 6名の参加者はそれぞれの戦略で臨み(例:オッズの期待値が良さそうな1つの目に賭け金を多く配分、全体的にバランス良く配分、ランダムに配分)ましたが、100回繰り返していく中でどの参加者も儲けの累計を徐々に増やしていき、最終的には全員が儲けの累計が賭けた金額の累計を上回ったプラスの成績で実験を終えました。しかし、各参加者に儲けの累計を増やしてもらうことはこの実験の真の狙いではありませんでした(どのような賭け方をしても、長い目で見れば儲けが増えるようにオッズを設定していました)。実は途中の51回目から、一部のサイコロについて特定の目が出やすくなるイカサマサイコロにすり替わって特定の目が出る個数が明らかに増えている状態になっていたのでした。もし、そのことに参加者が気付けば、おそらくその目に賭け金を多く配分するように途中から戦略を変更すると考えられます。しかし、残念ながらそのような戦略変更を行った参加者はおらず、実験終了後に参加者に確認してもサイコロがすり替わっていることに気付いた人はいませんでした。

 この実験を通して筆者が本当に確認したかったのは、サイコロの目に賭けて配当を受け取る、という一連のプロセスが繰り返されることを既存事業と見立て、「既存事業を営む中で、人は途中で環境変化に気付いて戦略変更ができるか」ということでした。結果として、参加者の誰も変化に対応した行動を取ることができませんでした。それはなぜだったのか、参加者の実験中の行動からいくつか理由を考えてみました。

 一つ目は、「実験開始時に既に刷り込まれている常識・知識を正しいものとして疑わない」ということです。今回の実験では「サイコロは1~6の目が均等に出る」「100回繰り返しても各回の条件は同じ(=確率的に最適だと思われる戦略を取っていれば、繰り返していけば正しい結果に収束するはずだ)」という2つの常識・知識を前提として、実験開始時点で検討した戦略を最後まで貫いた参加者が多く見られました。確かに、一般的にはこれらの常識・知識は正しいものとして受け入れられているでしょう。しかし、一般的に正しいということが、これから起こり得ること全てにも必ず当てはまるとは限りません。無意識な部分も含め前提と置いていることが、本当に前提として今後も成り立つのかどうか適宜検証する姿勢が必要だったと言えます。

 二つ目は、「実験中、専ら結果としての儲けの額にのみ注意が向けられていた」ということです。実験中は、それぞれの回について参加者の目の前でサイコロを振って出た目の個数と(参加者ごとに、それぞれの目に賭けた金額と出た個数およびオッズに基づいて算出された)儲けの額を伝えていたので、各回で出た目の個数に意識を向けていれば、途中から特定の目が出る個数が明らかに増えていることに気付いたはずです。しかし実際には、各参加者とも(実験中および実験終了後のコメントによると)自らの賭けた結果としての儲けの額にのみ関心が向いているようで、目の前で起こっていた事象を適切に把握はできていませんでした。

 三つ目は、上記の一つ目と二つ目が合わさって「立てた戦略方針に基づいて良い結果が出るというプロセスが繰り返されて慣れてしまうと、戦略を見直すということ自体の必要性を感じなくなりそのための行動を取らなくなる」ということです。自ら決めた賭け方を実行して回を重ねるごとに儲けの累計が増えていったため『自分の戦略は正しいんだ』と満足し、途中からサイコロがすり替わって出る目の個数の傾向が変わり一時的に儲けが減ったとしても『自分は正しいから目先の儲け減少には動じない』として戦略を曲げなかった参加者が複数名見られました。また、実験中は所々でインターバルを設けて戦略を見直すための機会を取っていたのですが、実験の後半以降では参加者の誰もインターバルを取ることを希望せず、「賭け金を(自らの戦略に従って半ば機械的に)配分してサイコロを振った結果を受けて儲けを受け取る」を惰性的に繰り返すような状態でした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 この実験で得られた教訓から、既存事業における変化への対応を可能とするためのポイントをまとめると「これまでの成功体験で確立してきた常識・知識(勝ちパターン)は、本質的にはどのような前提条件に依存しているのか、その前提条件は今後変わり得るということを明確に認識する」「結果指標だけで管理するのでなく、より現場に近く足元で起こっている事象に着目する」「たとえ成果が出ているとしても、予め認識している前提条件と足元で起こっている事象を定期的に突き合わせて、進むべき方針に懸念点がないか確認して必要に応じ再検討を行う」ということになるでしょう。これは奇しくも(?)仮説指向計画法の要点「事業計画は仮説(成功に必要な条件)で構成されており、仮説を明確にしたうえで(逆損益計算法)、仮説の外れを継続的に確認して事業計画を柔軟に修正する(マイルストン計画法)」そのものではないでしょうか。知識というのは再現性があってこそ初めて知識として役立つのですが、実は既に古くなってしまっているかもしれない知識に頼っているということは、いつ再現性が失われて失敗してもおかしくない状態なのです。

 弊社は、仮説指向計画法をはじめとした経営理論に基づき既存事業のリスクマネジメントも支援しております。また、今年の秋には既存事業をテーマにした大規模なイベントを企画しております。読者の皆様も、日頃の業務の中で課題に感じておられる点や今後に向けてレベルアップを図りたい点などございましたら、ぜひお気軽にご相談ください。

 

(楠井 悠平)