年間売上高93兆円、純利益7.5兆円、時価総額は何と370兆円(注1)、という桁違いの姿を達成しているのが、Amazon.comです。この超巨大企業Amazon.comは、仮説検証型経営を実践している企業として有名です。今月号のインテグラート・インサイトのコラムでは、Amazon.comの創業者ジェフ・ベゾスのインタビュー動画から、仮説検証型経営に関する彼の「生の声」をお届けいたします。

 1994年創業のAmazon.comが、この30年で達成した歴史上他に類を見ない速度での成長の秘訣は、一体どのようなことでしょうか。早速、名言1からご紹介します。ちなみに名言の選定は、筆者の独断です。

名言1「私が実験を繰り返すのは、野球のホームランでは4点しか取れないが、ビジネスでは1,000点取ることができるからだ」

 ・ホームランを打とうとすれば、当然、三振も多くなる、というように、失敗を必要なこととして奨励する考え方がある
 ・このたとえは良いけれども、私の考えを示すには十分ではない
 ・野球では、ホームランを打っても4点までしか取れないが、ビジネスで思いっきり強く打つと1,000点取ることができる
 ・この魅力があるからこそ、私は実験をひたすら繰り返すのだ
 ・うまく行くとわかっていることは実験ではなく、失敗するかもしれないことが実験である
 (注2、3)

 これはジェフ・ベゾスの仮説検証へのこだわりがよくわかる発言です。そして、そのこだわりの理由が、満塁ホームランの4点を狙っているのではなくて、1,000点取ることを狙っているからである、という発想に驚かされます。シングルヒットを打って喜んでいる場合じゃない、と気付かされます。

名言2「私は、すべての社員に長期に考えることを求めているが、これは人にとって自然なことではなく、あなたが徹底しなければならない規律である」

 ・Amazonは長期指向の企業であり、私はすべての社員に2-3年ではなく、5-7年の時間軸で考えるように求めている
 ・今の四半期の業績が良かったとしても、それは3年前に入念に仕込まれたことに過ぎない
 ・長期的に考えるようになると、時間の使い方、考え方、どこに力を入れるか、そして先を見通す力を改善することができる
 ・しかし、これは人にとって自然なことではない
 ・これは、あなたが徹底しなければならない規律である
 (注2)

 この発言は、仮説検証型経営の理論Discovery-Driven Planning(DDP)の開発者の一人、コロンビア大学ビジネススクールのリタ・マグラス教授が、よく引用しています。そして、DDPの実践を支援している弊社としても、強く共感する内容です。仮説検証型経営は、いい考え方だね、程度では実践に至らず、規律が必要なのです。

 人は、目の前の仕事に集中することが自然であって、中長期の仕事を考えるのは自然なことではない、とジェフ・ベゾスは言い切っています。中長期の成長達成には、規律が必要である、というメッセージは、Amazon.comを超大企業へ育て上げたジェフ・ベゾスのものだけに、ズシリと重みがあります。規律というものは、現在の日本ではブラック企業的なものと勘違いされかねませんが、人間の弱さを克服し、中長期の仮説を考え続けるには、規律(discipline)のような厳しさが必要ということです。

名言3「あらゆる起業家や大企業の経営者に、2つか3つのビッグアイデアを定義して、実行することをお勧めしたい」

 ・経営者の仕事は、シンプルなビッグアイデアを定義して、実現することである
 ・ビッグアイデアとは、簡単に見つかるもので、あなたが考えるまでもなく、既に知っていることである
 ・例えば、Amazonのビッグアイデアは、低価格、すぐ届くこと、そして圧倒的な品揃えの3つである
 ・ビッグアイデアの良いところは、時代が変わっても変わらないことである
 ・例えば、Amazonの顧客が、頼むからもっとゆっくり配達してほしいというようになるとは思えない
 ・時代が変わっても変わらないことだから、時間をかけてビッグアイデアの実現に取り組むことができるのだ
 (注2)

 ここでジェフ・ベゾスの言うビッグアイデアとは、仮説検証型経営での「最重要仮説」であり、「我々は何に賭けているのか?」という問いに対する答えです。「価格が安ければ、顧客は買う」「すぐに届けば、顧客は喜ぶ」「圧倒的な品揃えがあれば、顧客は来る」という仮説は、シンプル過ぎるようにも感じられます。

 しかし、この3つのシンプルなビッグアイデアにこだわっているからこそ出来たと思われる、重要な戦略転換をAmazon.comは実行しています。例えば、Amazon.comが立ち上がった頃には、Amazon.comの強みは、インターネット通販として在庫を持たないことにある、と分析されていました。しかし、Amazon.comは在庫を持つことが迅速な配達に必要であると判断し、巨大な物流センターを持つようになりました。また、Amazon.comは強力な仕入れ力を活かした単独の販売業者として成長すると思われていましたが、圧倒的な品揃えを実現するために、マーケットプレイスでの他の業者による出品を可能にしました。つまり、最重要仮説は変わっていないが、最重要仮説を実現するための仮説は変わり続けているのです。

名言4「よく言われる“一夜にして成功を収めた”事業というものは、およそ10年かかっている、ということがわかった」

 ・(AWS: Amazon Web Servicesが目覚ましい急速な成長を遂げたことを称賛されて)あらゆる“一夜にして成功を収めた”と言われる事業は、およそ10年かかっている、ということがわかった
 ・10年前には、AWSがこれほど成功するとは、あなたは思っていなかっただろう
 ・そして、AWS事業では、こんな奇跡は二度と起きないだろうというほどの、最大の幸運に恵まれた
 ・AWSは何と7年間も、競争に直面しなかったのだ
 ・Amazon.comも、Kindleも、Echoも、2年で競争に直面した
 ・これからの10年も、我々は失敗を許容する辛抱強さを持ち続けて、成功するだろう
 (注2、4)

 新規事業は、「早く結果を出してくれ」とあちこちから期待されるものですが、時間がかかるものです。種からいきなり実を結ぶことはなく、種から芽が出て、枯れる芽の中から、葉っぱが育ち、そのうち競争を勝ち抜いて花が咲いたら、ようやく実を結ぶわけです。急ぎ過ぎると、事業部門だけでなく経営陣も目の前のことばかりに専念してしまい、まるで既存事業のようになりかねません。Amazonでも10年かかったというのですから、皆さんの新規事業の時間軸にも参考になると思います。

 いかがでしたでしょうか。私が「Amazon.comの長期視点経営」と題したコラムをこのインテグラート・インサイトに書いたのは、もう10年以上前になります(注5)が、Amazon.comがその時点から驚くべき成長を継続していることに敬服します。

 新年にあたり、このコラムの内容が、皆さまの事業の更なる発展のヒントになりましたら幸いに存じます。
 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

(小川 康)

注1:2024年9月末決算時点での直近12ヶ月のNet Salesは$620,128百万ドル、Net Incomeは $49,868百万ドル、2025年1月24日時点の時価総額は2.469兆ドルに対して、それぞれを1ドル150円で日本円に換算した数値 
業績数値 https://ir.aboutamazon.com/quarterly-results/default.aspx
時価総額 https://finance.yahoo.com/quote/AMZN/
注2:2017年5月5日Internet Association’s annual gala におけるJeff Bezosインタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=FJ3jw6TkVmc
注3:Amazon.com Letter to Shareholders 2015
https://ir.aboutamazon.com/annual-reports-proxies-and-shareholder-letters/default.aspx
(2016年のところにあります)
注4:2018年9月13日Economic Club Of WashingtonにおけるJeff Bezosインタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=xv_vkA0jsyo
注5:Amazon.comの長期視点経営
https://www.integratto.co.jp/column/070/