こんにちは、インテグラートの渡邉です。最近、私たちの働き方に大きな変化をもたらしている生成AI。資料作成のサポートから、新しいアイデアの壁打ち相手まで、その活用範囲は日々広がっていますね。皆さまの職場でも、様々な場面でAIを試されていることと思います。
その一方で、実際に使ってみると、「なかなか思うような答えを引き出せない」「指示の仕方に、もう一つ工夫が必要な気がする」「何度かやり取りしているうちに、少し的外れな方向に話が進んでしまった…」といった、ちょっとした「壁」に突き当たることはありませんか? まるで、意欲はあっても、まだこちらの意図を汲み取るのが苦手な相手と話しているような、そんな感覚を覚えることもあるかもしれません。
高性能なはずのAIを前に、なぜこのような「空振り感」が生まれてしまうことがあるのでしょうか。そのヒントを探ってみましょう。
なぜ、AIは意図通りに動いてくれないのか? その理由を探るヒント
AIとの対話がスムーズにいかない時、その原因を探ると、多くの場合、AIの能力そのものというよりは、私たちからAIへの「指示(プロンプト)」の出し方に、改善のヒントが隠されているようです。
ご存知のように、AI(特にLLM:大規模言語モデル)は、与えられた指示に基づいて、膨大な学習データの中から確率的に最も「それらしい」応答を生成します。ですから、指示が具体的で明確であればあるほど、私たちの期待に近い応答が得られやすくなります。逆に、指示が曖昧だと、意図しない結果になったり、時には事実とは異なる情報(ハルシネーション)を含んだ応答が返ってきたりすることもあるわけです。
効果的な指示には、明確さ、具体性、そして適切な背景情報(コンテキスト)が重要だ、と言われます。しかし、これを意識して指示を出そうとすると、ふと、ある難しさに気づくのではないでしょうか。それは、自分自身の頭の中にある経験則や判断基準、あるいは言葉にするのが難しいニュアンスといった「暗黙知」を、誰にでも(AIにも)誤解なく伝わる明確な言葉(形式知)に置き換えることです。
「これまでの経験からすると、この方向性が良いと思うんだけど、その『経験則』をどう言語化すれば、AIにも伝わるだろうか…?」
「このプロジェクトの背景にある、社内の微妙な力関係や過去の経緯も、伝えるべきだろうか…?」
もしかすると、AIへの指示出しノウハウは「プロンプトエンジニアリング」と言われていますが、このプロンプトエンジニアリングで私たちが試行錯誤していることの本質は、この「自分の中の暗黙知を、いかに形式知へと変換するか」という、思考の整理と表現力の課題なのかもしれません。AIにうまく指示を出せないと感じる時、それはご自身の考えや知識を、改めて言葉にして整理してみる良い機会なのかもしれませんね。
AIに「良いチーム」を作らせる? 最新研究からの気づき
AI活用の研究は日々進んでおり、さらに興味深い視点も出てきています。より複雑な課題を解決するために、複数の専門的なAIエージェント(LLM)が、あたかもプロジェクトチームのように連携し、協力して一つの目標達成を目指す「マルチエージェントLLMシステム」というアプローチが注目されています。
これは、例えば「市場のトレンド分析が得意なAI」「斬新な企画を立案するのが得意なAI」「計画の潜在的リスクを洗い出すのが得意なAI」「それらを統合して最終報告書を作成するのが得意なAI」といった、異なる専門性を持つAIたちがチームを組んで課題に取り組むイメージです。
そして、非常に興味深いことに、このAIチームの「チームの形」――つまり、各AIにどのような専門性(役割)を明確に持たせ、どのようにスムーズに情報を連携させ、どのように協力させるか――をうまく設計することで、チーム全体としてのアウトプットの質が格段に向上することが分かってきています。単に優秀なAIを集めるだけでなく、例えば「分析担当」「アイデア担当」「品質管理担当」といった役割を明確にし、互いの意見をぶつけ合わせながら議論を進めるような「建設的なチームワーク」をAIの世界で実現することが、より質の高い成果を生み出す鍵となるようです。これはまるで、多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まり、それぞれの専門性を活かしながら議論を重ねることで、より良い結論に到達しようとする、私たち自身の組織活動にも通じるものがありそうです。
「あれ…? この話、もしかして…」 AIとチームワークの意外な共通点
個々のAIへの指示を明確にし(暗黙知の言語化)、さらにAIたちが効果的に連携できる「チームの形」をデザインする…。
…ん? こうして考えてみると、どこかで思い当たりませんか?
これって、普段、私たちがチームメンバー一人ひとりの経験や強みを活かしてもらおうとしたり、部署間の壁を越えて協力体制を築こうとしたり、あるいはチーム全体の目標達成に向けて議論を重ねたりする時に、日々、意識していること、あるいは「もっとこうできたらチームとして良くなるのに」と感じていることと、どこか本質的に似ているのではないでしょうか。
メンバー(AIエージェント)の役割や期待する成果を明確に伝え(指示・目標設定)、それぞれの専門性や知見を尊重しつつ(役割分担・多様性)、必要な情報がスムーズに共有され(報告・連絡・相談)、建設的な意見交換を通じて(チームワーク)、組織全体の目標達成を目指す。
もしかすると、AIへの指示出しで感じている難しさや課題は、私たちが長年、組織の中で経験し、試行錯誤してきたチームマネジメントや人材育成のテーマと、深く繋がっているのかもしれません。そして、AIにうまく指示を出そうと、自分の考えを整理し、言葉を選び、伝え方を工夫する経験は、結果的に、チームメンバーへの指示の出し方や、チーム内での役割分担・連携のあり方を見つめ直す、貴重なきっかけを与えてくれているのかもしれませんね。
解決への道筋:二つの「力」を伸ばすヒント
もし、このAIとの対話を通じて見えてきたことが、チーム運営や人材育成にも通じる普遍的な課題なのだとしたら、私たちがこれから意識的に伸ばしていくと良いかもしれない能力は、大きく二つあると考えられます。
1.「思考の解像度」を高める力: ご自身の経験や考え、ノウハウといった「暗黙知」を深く掘り下げ、それを誰にでも(AIにも、他のメンバーにも)理解できるように、明確かつ論理的な言葉(形式知)で表現する力。これが、的確な指示や円滑なコミュニケーションの基礎となります。
2.「連携のデザイン」を考える力: 個々のメンバー(AIであれ人であれ)の強みや専門性を最大限に活かしつつ、チーム全体として最高のパフォーマンスを発揮できるような、協力の仕組みやコミュニケーションの流れを設計し、実現していく力。
これらの能力は、AIと効果的に協働するためだけでなく、変化の激しい時代において、組織やチームをより良くしていく上でも、ますますその重要性が増してくるのではないでしょうか。
【レベルアップ版】今日からできること:AIの「考えるプロセス」に寄り添う
とはいえ、いきなり「能力を伸ばす」と言っても、具体的な行動に移すのは難しいかもしれません。そこで、まずは日常的に使うAIへの指示の仕方を、ほんの少し変えてみることから始めてはいかがでしょうか。「役割を与える」という基本的なテクニックも有効ですが、今回はもう一歩進んだ、AIの「思考力」を引き出すための実践的なヒントをご紹介します。
【今日から試せるAI指示出しテクニック:「思考連鎖(Chain-of-Thought)プロンプティング」の応用】
これは、AIに単に最終的な答えだけを求めるのではなく、「その結論に至るまでの思考プロセスや推論のステップも、段階的に説明するように」と促してみる、というアプローチです。
●試してみる価値は?
○AIに段階を踏んで考えさせることで、より慎重で論理的な思考を促し、特に少し複雑な問いに対する回答の質を高める効果が期待できます。いわば、AIに「じっくり考えてもらう」ための工夫です。
○AIがどのように考えてその結論に至ったのか、その「思考プロセス」が見えるようになるため、応答内容をそのまま受け入れるのではなく、「なるほど、こういう理由でこの結論なのか」「この部分の推論は少し弱いかもしれないな」といったように、その妥当性を吟味しやすくなります。
○これは、部下に報告を求める際に、「結論だけじゃなくて、どうしてそう考えたのか、その根拠やプロセスも一緒に説明してくれるかな?」と、思考の過程を尋ね、対話を深めていくことに似ていますね。相手の考えを引き出し、より建設的な議論につなげるきっかけにもなります。
もしAIの応答が少し物足りないな、と感じたり、もっと深く掘り下げてほしいな、と思ったりした時には、「最終的な答えだけでなく、その結論に至った理由や思考ステップも、順を追って説明してください」と、問いかけに一言加えてみるのはいかがでしょうか。 AIの応答が変わるだけでなく、ご自身の思考を整理する上でも、何か新しい発見があるかもしれません。
AIは、私たち自身とチームを映す鏡
AIへの指示がうまくいかない…。その悩みは、もしかするとAIだけの問題ではなく、私たち自身の思考の明確さ、コミュニケーションのスタイル、そして日々のチーム運営や組織のあり方そのものを、改めて見つめ直す良い機会を与えてくれているのかもしれません。
AIという新しいテクノロジーと真剣に向き合い、その能力を引き出そうと試行錯誤する経験は、図らずも、私たち自身の「言語化能力」や「考える力」といった、時代を超えて必要とされる本質的なスキルを向上させるきっかけとなり得ます。
AIを、単なる便利なツールとしてだけでなく、私たち自身と組織を映し出し、成長を促してくれる「鏡」として捉えてみる。そんな視点で、AIとの対話を楽しんでみるのも良いかもしれませんね。