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研究開発投資の事業性評価と意思決定
Part2.ポートフォリオマネジメントによる
研究開発ポートフォリオの最適化

Part2. ポートフォリオマネジメントによる研究開発ポートフォリオの最適化

Part1は個別の研究開発プロジェクトの事業性について、不確実性を定量化し、事業化の意思決定に活用する方法について紹介した。しかしながら、個別のプロジェクトについて戦略性や収益性を吟味し、部分最適が実現されても、企業全体あるいは事業部の視点から各プロジェクトがポートフォリオの構成要素として管理されなければ、経営資源の最適配分など全体最適を実現することは出来ない。本稿では、定量的なアプローチによるポートフォリオマネジメントにより、研究開発ポートフォリオを最適化する手法を紹介する。

  1. 1.研究開発ポートフォリオマネジメントの概要

    「ポートフォリオ」と言うと、一般的には金融資産の組み合わせの意で用いられることが多いが、「製品ポートフォリオ」や「事業ポートフォリオ」、或いは「プロジェクト・ポートフォリオ」として用いられる場合、企業が投資対象とする単位の組み合わせという広義の意で用いられる。従って、「研究開発ポートフォリオ」とは、各企業が取り組む研究開発プロジェクトの組み合わせのことである。
     近年、研究開発の領域においても、ポートフォリオマネジメントの重要性が謳われるようになっているが、その背景には企業の研究開発や事業環境における下記のような変化が影響していると考えられる

    • 新しい技術や分野に取り組む研究開発プロジェクトが増え、プロジェクトのリスク(不確実性)がより一層高まったことにより、リスクの管理・分散がより重要視されるようになった。
    • プロジェクトの大規模化や長期化等により、研究開発投資額が増大し、「選択と集中」による資源の適正配分の重要性が高まっている。
    • ビジネスサイクルの高速化により、より迅速に戦略的意思決定を行う必要が生じ、研究開発プロジェクトについても常にその全体像を把握しておく必要がある。

    上記の変化により、研究開発プロジェクトに関する意思決定や管理に「全体最適」という視点が求められるようになり、ポートフォリオマネジメントに対する関心が高まっていると思われる。
     研究開発ポートフォリオを初め、実業における「ポートフォリオマネジメント」は、これまで、ボストンコンサルティンググループのプロダクトポートフォリオマネジメントモデルやGE社のビジネススクリーン等に基づく、定性的な方法が中心であり、ほとんど定量評価の対象とされることはなかった。これは、個別の事業やプロジェクトの定量評価に比べ、ポートフォリオの定量評価は、必要とするデータ量が多く、且つ計算も煩雑である他、評価指標や評価方法が一般化されていないことが原因によるもの推察される。しかしながら、個別事業やプロジェクトの定量的な事業性評価の浸透により、ポートフォリオ評価データの入手が容易になりつつあることや、ポートフォリオマネジメントに適当な評価ツールが開発されてきたことで、事業ポートフォリオの定量評価についても今後浸透していくものと考える。

  2. 研究開発ポートフォリオの最適化

    研究開発ポートフォリオマネジメントの目的は、研究開発ポートフォリオの成果を常に最適化するように管理することである。ここでいう、ポートフォリオの「最適化」とは、下記の3点に整理される。

    • a. リターンの最大化とリスク・投入リソースの最小化
    • b. 制約条件や目標条件を満たす
    • c. 事業戦略や研究開発戦略との適合を図る
    • a. リターンの最大化とリスク・投入リソースの最小化

      リターンとは、研究開発ポートフォリオに含まれる研究開発プロジェクトより生み出される事業の価値であり、評価指標としては、評価期間におけるNPVや累積売上、累積利益などが用いられる。一方、リスクとは生み出される価値の不確実性(触れ幅)であり、投入リソースとは研究開発に費やされる資源である。具体的には、リスクの評価指標としてリターン指標の不確実性の幅(標準偏差)、投入リソースの評価指標としては、投資額や要員数などが用いられる。ポートフォリオマネジメントでは、より少ないリスク又は投入リソースで、より大きなリターンをもたらすポートフォリオを探索する。

    • b. 制約条件や目標条件を満たす

      研究開発に投入可能なリソースは、限りのあることが多く、リソースの制約を満たすことは研究開発ポートフォリオの必須要件である。研究開発ポートフォリオを評価する場合の制約条件の例としては、研究開発投資額、研究員の人数、研究設備のキャパシティ、或いは、モニター数などがあげられる。一方、ポートフォリオの成果であるリターンや、その不確実性(リスク)がある一定の閾値を越える、又は超えないことが求められることがあり、リターンの指標やリスクの指標の閾値が目標条件として、設定される場合がある。ポートフォリオマネジメントにより、ポートフォリオが設定された条件を満たしているか否かを確認し、満たしていない場合には、条件を満たすようなポートフォリオを再設計・探索する。

    • c. 事業戦略や研究開発戦略との適合を図る

      企業の事業戦略や研究開発戦略の中で設定された研究開発の重点分野や方向性との一致も、研究開発ポートフォリオに求められる要件である。近年、多くの企業が多角化した事業領域を絞り込む傾向にあり、研究開発についても事業の方向性と一致させた絞り込みが必要となるケースが多くある。又、新しい分野への進出を狙う企業の場合、新規領域と既存領域とのバランスのとれた研究開発テーマの取組みが求められる。ポートフォリオマネジメントでは、このような戦略との適合性についても評価や管理をする。

      本稿で紹介する定量的アプローチによるポートフォリオマネジメントでは、部分最適の結果であるプロジェクトの組み合わせを、上記三つの視点より最適化し、全体最適を実現するよう、プロジェクトの組み合わせを再設計する。ポートフォリオの価値、及びポートフォリオに含まれるプロジェクトの価値を定量化することにより、代替オプションをより柔軟に考えることや論理的シミュレーションを可能にしている。

  3. 3. ポートフォリオマネジメントのプロセスの例

    ポートフォリオマネジメントのプロセスは、次のような流れとなる。以降、このプロセスに沿って、研究開発ポートフォリオマネジメントの各ステップの内容を紹介する。

    図1:ポートフォリオマネジメントのプロセス例

    • Step1. ポートフォリオ要件の設定

      ポートフォリオマネジメントの最初のステップでは、ポートフォリオマネジメントの目的を確認し、目標達成に求められる要件を整理・設定する。設定する要件は下記の3つに分けられる。

  4. a. スコープ

    目的に照らし合わせ、ポートフォリオのスコープ(対象プロジェクト範囲、評価期間)を設定する。対象のプロジェクトの範囲は、最適化したい単位で考えればよい。例えば、企業内の研究開発プロジェクトを一つのポートフォリオとして捉え、最適化することも出来るが、領域毎に分けて、複数の領域ポートフォリオとして領域単位に最適化し、管理することも可能である。一方、評価期間は研究開発期間の長さや事業のライフサイクルの長さに応じて設定する。

  5. b. 評価指標

    ポートフォリオの評価指標は、下記の4つの視点で整理される。

    1. 1. 財務評価指標
      ex. NPV、期待NPV(NPVに開発成功確率を乗じたもの)、 累積利益

    2. 2. 客観的評価指標
      ex. 開発成功確率、開発ステージ、市場サイズ、市場成長率

    3. 3. 戦略的評価指標
      ex. 競争優位性、自社ブランドイメージへの影響度、知財活用度

    4. 4. リソース指標
      ex. 研究員人数、モニター数、設備キャパシティ、総投資額

    評価指標の内、財務評価指標については、前回紹介した利益構造図を利用すると整理して考え易い(図2)。又、ポートフォリオに求められる目標条件や制約条件となるものについては、別に条件となる閾値を設定する。
     研究開発ポートフォリオを定量的に評価する場合、リターンやリスク、投入リソースなどの評価指標について、テクニカルリスク(開発が成功しない確率)を反映した「リスク加重値」を用いる場合がある。医薬業や新しい技術を用いた研究開発プロジェクトのようにテクニカルリスクが高い研究開発テーマが多い場合、プロジェクトが成果を遂げる前に中止されるケースが多く、ポートフォリオの評価値を、単に各プロジェクトの合算値として捉えることが困難である。このような場合、プロジェクトが進行する確率、すなわち成功確率を想定し、各プロジェクトの成功確率と評価指標の値を掛け合わせた「期待値」を合算し、ポートフォリオの指標値とする。

    図2.利益構造図

  6. c. スコアリング・ルール

    評価指標のうち、数値で表現されない指標については、得点として表現し、定量化する。点数化の対象となる事柄、配点方法、重みづけの仕方など、得点付けのルールを決定する。

    • Step2. データ収集・整備

      Step1で設定したポートフォリオ評価のスコープに含まれる全プロジェクトについて、同じくStep1で設定した評価指標データを収集する。この時、収集するデータは、各プロジェクトの現在計画に基づくデータの他、既に計画変更が予定されている場合には変更後のシナリオに基づくデータについても収集する。
       データ収集の際に重要なのは、各プロジェクトの評価指標データが標準化された物差しにより測られた結果であることである(プロジェクト単位の事業性評価のプロセスについては、6月号の「技術の事業性評価における不確実性のマネジメント」を参照いただきたい)。又、ここで収集するデータは、実現可能な、現実的な計画に基づくものでなければならず、プロジェクトの計画担当者、又は実行担当者により提出されることが望ましい。各プロジェクト担当者より標準化された物差しに基づくデータを収集するために、ポートフォリオマネジメントの担当者より各プロジェクト担当者へ、充分なガイダンスやデータ生成・提出に利用可能なテンプレートが提供されることが有効である。

    • Step3. 現行ポートフォリオ分析・ギャップ分析

      Step2で収集したデータを利用し、現在のポートフォリオの状況を把握する。現在のポートフォリオからもたらされるリターン、及びリスクや必要な投入リソースについて、目標条件や制約条件が達成されているのか、或いは戦略要件が満たされているか否かを確認・評価する。
       現行ポートフォリオの分析には、下記のような分析ツールが利用できる。

    • 1. 合成グラフ

      合成グラフでは、ポートフォリオに含まれるプロジェクト、及びその合算であるポートフォリオの指標値、そしてポートフォリオに求められる目標条件(或いは、制約条件)の閾値が一つのグラフ上に表現し、一度に確認する(図3)。

      図3. 合成グラフ

      又、ポートフォリオの指標値と目標条件(或いは、制約条件)の値との乖離を「ギャップ値」としてグラフ表示すると、どの期間に、どの程度、ポートフォリオが目標を下回る(制約を上回る)かを捉えることが出来る(図4)。

      図4. 合成グラフーギャップ分析

      図3の合成グラフと、図4のギャップ分析を含むグラフとを併せて利用することで、ポートフォリオ内のどのプロジェクトがギャップをもたらしているのか、或いは、どのプロジェクトの計画シナリオを改善することによりギャップが解消されるのかを確認することが出来る。

  7. 1. バブルチャート

    バブルチャートでは、ポートフォリオに含まれる各プロジェクトを4つの指標と属性(Y軸、X軸、円の大きさ、円の色)によりグラフ上にマッピングする。図5は、Y軸をNPV、X軸をテクニカルリスク(1より開発成功確率を引いたもの)、円の大きさを研究開発投資額とし、研究領域毎に色分けをして作成したバブルチャートである。ポートフォリオ内のプロジェクトのリターンとリスクの状態を捉えることが出来、リスクが高く、NPV の低いプロジェクトを特定し、それらの計画シナリオを見直すことで、ポートフォリオとしてのリターンとリスクを改善させる可能性などを検討できる。

    図5. バブルチャート(X軸:数値指標)

    又、横軸をプロジェクトの属性にしたバブルチャートが図6である。図6は、Y軸をNPV、X軸を研究領域、円の大きさを研究開発投資額とし、開発ステージ毎に色分けをしたバブルチャートである。研究開発戦略で設定された重点領域、及び重点領域外の領域について、それぞれ、プロジェクト数、リターン、及び投入リソースの状況などを捉えることが出来る。

    図6. バブルチャート(X軸:属性指標)

    • Step4. 代替案の検討

      Step3で洗い出したギャップを解消するポートフォリオ代替案を設計するため、プロジェクトの代替案を検討する。各代替案についても実行可能性を担保するため、出来るだけプロジェクト計画担当者又は実行担当者に立案・提出を依頼する。しかしながら、現行計画がベストと信じている担当者にとって、代替案を策定することは容易ではなく、代替案検討のためのガイダンスを提供することが望ましい。又、ギャップを解消することが目的とした代替案でなければならず、プロジェクト毎にポートフォリオへの影響をふまえた代替案の要件をポートフォリオ担当者からプロジェクト担当者へ伝える必要がある。
       プロジェクトの代替案は、おおまかに分けると、現行計画よりも積極的に投資を行う「積極案」、投資をより消極的に行う「消極案」、そしてプロジェクトを中止するという「中止案」の3つに分けられる。積極案や消極案の策定のポイントとして、投入リソースのボリュームやスキルセットの分配方法の変更による研究開発スピードや成功可能性(テクニカルリスク)のコントロール、或いは研究開発スコープを狭めたり、広げること等が考えられる。

    • Step5. 最適化シミュレーション

      Step4で策定したプロジェクトの代替案を加えたポートフォリオの代替案について、評価を行う。複数のプロジェクト代替案を策定した場合には、その組合せの分のポートフォリオ代替案が考えられ、それぞれについてStep3で利用した合成グラフやバブルチャートを用いて、ギャップの解消具合や、リターンやリスク・投入リソースの状況を確認し、価値が最大化され、最適化されたポートフォリオを探索する。
       効率フロンティアグラフは、最適なポートフォリオの探索シミュレーションに有効である。

      図7. 効率フロンティアグラフ

      図7は、Y軸をNPV、X軸を研究開発投資額とした効率フロンティアグラフである。NPV及び研究開発投資額のそれぞれに閾値が設定されており、グラフ上の小さな丸印は全て閾値の範囲におさまるポートフォリオ代替案である。そして、ポートフォリオ代替案の内、一番左上にある代替案、すなわちY/Xの絶対値が大きい代替案を結んだ線が「効率フロンティア」である。図7の場合には、研究開発投資額あたりのNPVが一番大きい代替案を結んだ線が効率フロンティアとなる。効率フロンティアを利用すると、リターンを最大化させ、リスクや投入リソースを最小化させるポートフォリオ代替案の探索が容易となる。

    • Step6. 新ポートフォリオ計画の決定・リソース配分

      ポートフォリオ代替案の中から、最適と考えられるポートフォリオを幾つかに絞込み、各ポートフォリオについて、実現可能性の点から再評価を行う。実現可能性について充分な検証が行われた後、最終的に採用する「新ポートフォリオ計画」を意思決定し、新ポートフォリオ計画で採用されたプロジェクト計画案に基づいて、各プロジェクトに研究開発費や研究人員などのリソース配分を行う。

      以上の例のようなポートフォリオマネジメントは、プロジェクトの実施実績や計画変更を反映させて定期的に実施し、ポートフォリオ計画の進捗状況のモニタリングやリソース配分の意思決定に利用することが出来る。又、主要プロジェクトのステータスの変更や、新規にプロジェクトが起案されたタイミングで実施し、プロジェクト計画の意思決定に利用することも有効である。

  8. 4. おわりに

    日本インテグラートでは、企業のポートフォリオマネジメントについて、プロセスの構築や担当者のスキル向上のための支援を行っている。本稿で紹介した研究開発ポートフォリオマネジメントは、欧米企業で採用されているトップダウンのポートフォリオマネジメントのプロセスを、日本の企業風土に合わせてローカライズし、「ミドルアップダウン」のアプローチへと修正したものであり、研究開発ポートフォリオマネジメントへの取組みが進んでいる国内の医薬企業などで実施されている。
     尚、本稿で紹介したポートフォリオマネジメントでは、金融ポートフォリオで用いられるリスク分散効果は取り入れていない。分散効果を考慮するためには、ポートフォリオの構成要素間の相関の測定が必要であるが、研究開発プロジェクトの場合、金融商品のように市場ベースのヒストリカルデータを収集することが難しく、結果として相関の測定も難しいことによる。又、研究開発ポートフォリオをはじめ、事業ポートフォリオを考える上で、考慮に入れたいシナジーやカニバリゼーションについてもその定量化について議論の余地があり、今回は触れていない。これらは実業におけるポートフォリオマネジメントを考える上での課題として認識している。
     これまで、どちらかというと技術的な視点からの評価が中心であった研究開発領域に、「リターン」や「リスク」、「投入リソース」といったビジネス視点の評価指標を用いて意思決定を行うことに、抵抗を感じる読者も少なくないであろう。しかしながら、企業が研究開発という機能を重視し、重要な投資先として意識すればするほど、ビジネスの視点からその取組みを評価し、判断するのは当然と言える。本稿が、読者各位の研究開発プロジェクトに関する意思決定の質の向上の一助となれば幸いである。

■ 執筆者

宮本明美
日本アイビーエム、日本アーンスト・アンド・ヤング・コンサルティング(現日本キャップジェミニ)を経て現職。
ノースカロライナ大学キーナンフラグラービジネススクールMBA

小川 康
東京海上火災保険、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンを経て現職。
ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA

■ 掲載元

月刊テクノロジー・マネジメント
株式会社フュージョン アンド イノベーション
2004年7月号 P78-85 「ポートフォリオマネジメントによる研究開発ポートフォリオの最適化」