PUBLICATION研究レポート

研究レポート

「研究者・技術者のためのファイナンス基礎講座」
~シミュレーションソフトを活用して開発投資の価値を考える~
日本インテグラート
小川 康

R&D投資のROI ( Return on Investment ) 向上は、R&D機能を持つ企業に共通した課題として、さまざまな取り組みが進められている。開発テーマの事業性評価( ※1 ) や、ポートフォリオマネジメント( ※2 ) などの手法の活用にあたっては、経営企画部や技術開発本部が主体となっている場合が多いようだが、この1~2年は、研究者・技術者個人がR&Dの投資対効果に関する知識を習得することによって、経営に貢献しているという実感を持っていただく研修を実施する機会が多くなってきた。本稿では、その経験を踏まえ、ファイナンスの基礎知識をコンパクトにご説明し、シミュレーションソフトを活用して事業価値を向上させる要因を実感するところまでを解説することとした。ファイナンスに関して初心者の方を対象にしているため、やさしく説明することを心がけ、理論的な解説を最小限にとどめている点、あらかじめご了解いただきたい。

  • ※1 月刊テクノロジー・マネジメント 2004年 6月号
    P64-71「技術の事業性評価における不確実性のマネジメント」
  • ※2 月刊テクノロジー・マネジメント 2004年 7月号
    P78-85「ポートフォリオマネジメントによる研究開発ポートフォリオの最適化」
  1. 1.ファイナンス知識の必要性

    • 1-1.企業や事業には値段が付く

      村上ファンドやライブドア・楽天などによる企業の買収が社会的な話題となり、企業には値段が付くものだということが広く理解されるようになってきた。モノの売買と同じように、ある値段で企業も売買されるようになっているのである。さらに、企業という単位ではなく、事業という単位の売買も行われている。有名な例では、IBMがPC事業をレノボに売却した件や、NECがプラズマディスプレー事業をパイオニアに売却した件などがある。

      このような企業や事業の買収・売却にあたっては、具体的な数字が公表されることはあまりないが「企業価値」及び「事業価値」が算定され、判断材料とされている。買収側の立場で考えると、企業または事業に対してある値段を想定し、その値段よりも安く買収できるようであれば買収に踏み切り、その値段よりも高い金額を払わなければならない場合は買収を思いとどまる、ということになる。つまり、その値段が物差しとなり、判断が行われるわけである。

    • 1-2.企業や事業の値付けの共通言語-ファイナンスの知識

      それでは、企業や事業の値段はどのように決まるのだろうか。企業の値段を決めるためには、株価が参考にされたり、保有資産の価値が参考にされたり、とさまざまなアプローチがあるが、企業や事業の価値を理論的に算出する際に活用されるのがファイナンスの理論である。当事者の共通言語となりうる理論に基づいて価格を決めることができると、価格の妥当性が検討しやすくなる。社内・社外を問わず、事業の価値を共通言語を用いて論ずる場合には、ファイナンスの知識が不可欠なのである。次項では、ファイナンスの基礎知識を簡潔にご説明する。

  2. 2.ファイナンスの基礎知識

    • 2-1. 資金の時間的価値

      今、手元に100万円があったとする。 1年後の100万円と比べると、どちらの価値が高いだろうか。ファイナンスの理論ではここである想定をする。手元にある100万円は、タンスにしまっておかれるのではなく、お金を増やすように銀行に預けられたり、事業に投資されたりする、ということにする。さらに、国債は安全確実な運用方法であり、元本・金利とも保証されているということにする。この想定の元では、手元にある100万円で国債を購入すると、1年後には金利の分、確実にお金が増えるということになる。ここで国債の金利を年2%ということにすると、手元の100万円は1年後には102万円になる。つまり、1年間の金利分、手元の100万円は1年後の100万円よりも価値が高くなる。即ち、ファイナンスの理論では、同じ金額でも、現在のお金と将来のお金では、現在のお金の価値が高いのである。お金の価値は、同じ金額であれば早く手元に入るほうの価値が高い、という考え方がファイナンス理論の重要なポイントである。

    • 2-2. 現在価値による比較

      2-1の例では、現在の100万円と1年後の100万円を、1年後の価値で比較をした。それでは、現在の100万円と、1年後の100万円を、現在の価値で比較をしてみると、結果はどうであろうか。この場合、1年後の100万円は、先ほどの想定に基づいて、ある金額が現在から1年間国債(金利は年2%)で運用されて100万円になったと考えるのである。すると、

      (ある金額)× 1.02 =  100    であるから、 (ある金額)=  100 / 1.02 =  98.0392

      このことから、98 万392 円を金利2%で運用すると 1 年後に100万円になることがわかる。即ち、1年後の100万円の現在における価値は、98万392円ということになる。この98万392円を、1年後の100万円の「現在価値」という(金利が2%の場合)。この現在価値という考え方は便利なもので、様々な将来のタイミングで得られるお金を同じ物差しで比べることができるようになる。例えば、現在の100万円と、金利が2%の場合における30年後の200万円とを比較することも、現在価値に置き換えると同じ物差しで比較ができる。例えば、計算方法は後で説明するとして、金利が2%の場合、30年後の200万円の現在価値は110万4,142円である。従って、現在の100万円よりも、30年後の200万円の価値が高いと判断できる。同じように、30年後に200万円を回収できる事業と、20年後に150万円を回収できる事業の比較も、現在価値を計算すると、同じ物差しで比較ができる。事業によって、投資した資金を回収できるタイミングが異なるものであるが、回収が見込める資金の現在価値を計算すると、事業間の比較が容易になるわけである。

    • 2-3. 資金のコスト(資本コスト)とキャッシュフロー

      さて、今までの話では手元に100万円があったら、という想定をしたが、企業が資金を用意する場合には、コストがかかる。このコストとは、銀行から資金を借り入れる場合の金利などである。仮に銀行からの借り入れ金利が年 5%だとし、今日100万円を借り入れたとすると、1年後には105万円を返済しなければならない。つまり、今日の100万円を1年後に105万円に増やさなければ、事業は赤字になってしまう、というわけである。1年後の105 円と、今日の100万円の差額の5万円は、100万円の資金を1年間借り入れたことによるコストであり、このコストを「資本コスト」という。資本コストは、通常はパーセントで表すので、この場合の資本コストは5%となる。

      また、この例における105万円は、返済にあてられるものであるから、1年間の事業活動のための支出(製造コスト、人件費、広告宣伝費など)を行った後に、手元に残っている現金でなければならない。この事業活動の結果手元に残る現金収入を、キャッシュフローと呼ぶ。 2-2 でご説明した現在価値の算出には、このキャッシュフローを用いる。詳細な定義は省略させていただき、ここでは事業活動の結果、いくらの現金が得られるかが重要であり、現在価値はキャッシュフローと資本コストから算出される、と理解いただきたい。

    • 2-4. 加重平均資本コスト( WACC )

      資本コストは、資金の調達方法によって異なる。 2-3 の例では銀行からの借り入れとしたが、株式を発行して投資家から資金を調達することも代表的な資金調達の方法の一つである。株式を発行して調達した資本のコスト計算は、やや複雑な手法が用いられるためこの基礎講座では解説を行わないが、ここでは、株式の資本コストは、借り入れの資本コストよりも一般的に高い、ということだけを頭に入れておいていただきたい。簡単に説明すると、株に投資をする場合には、銀行に預金をする場合よりも高いリターンを期待するのと基本的には同じ理屈で、株式の資本コストは借り入れの資本コストよりも高いのである。

      資金調達の方法によって資本コストが異なるため、ある企業の資本コストを算出する場合には、調達方法別の資金の割合で加重平均を行って資本コストを算出する。例えば、企業が10億円の資金を調達する際に、3億円を株式で調達、7億円を借り入れで調達をしたとする。株式の資本コストを10%(借り入れよりも高い)、借り入れの資本コストを5%とすると、加重平均の計算は以下のようになる。

      (加重平均資本コスト)=  { (株式で調達した資金)×(株式の資本コスト)+(借り入れで調達した資金)×(借り入れの資本コスト) }  / (調達資金の合計)

      =  { ( 3 億円)× 10% +( 7 億円)× 5% } / (3 億円 + 7 億円 )

      =  6.5%

      この加重平均資本コストはWACC(ワック、 Weighted Average Cost of Capital の略)と呼ばれ、企業の資本コストを表す代表的な指標である。WACCはコストを表すので、値が小さいほど望ましい。上記計算式からは、WACCを小さくするためには、株式による調達を減らし借り入れを増やすこと(株式の資本コストが借り入れよりも高いため)及び、株式と借り入れの資本コストを下げることであることが読み取れる。借り入れを増やすことができる、資本コスト(特に借り入れ金利)を下げる、ということは、企業の信用が高くなければならない、ということである。コストの削減は企業の重要な取り組みの一つであるが、信用を高めることがコストの削減につながる、ということをここで学んでいただきたい。

      2-5. NPVと投資の判断

      先ほど資本コストを考える例で、借り入れ金利が5%で100万円を調達する場合には、1年後に105万円のキャッシュフローが得られなければ赤字になると説明をした。この説明を、現在価値の考え方を用いて一般化すると、投資から得られるキャッシュフローの現在価値が、投資額の現在価値を上回らなければ損をする、ということになる。

      (投資から得られるキャッシュフローの現在価値)―(投資額の現在価値)がプラスかマイナスか?

      この数値を「NPV」 ( 正味現在価値、 Net Present Value の略 ) という。将来得られるキャッシュフローの現在価値から元本を差し引き、正味でプラスかマイナスかを考える指標である。

      また、資本コストをリターンが上回るかどうかを知るためにNPVを算出する場合、資本コストを割引率( Discount Rate )と呼ぶ。前述のとおり、企業は株式及び借り入れという資金調達方法を持っているため、加重平均資本コスト(WACC)が割引率として一般的に利用されている。割引、という表現が用いられているのは、現在価値を算出するために、WACCで割戻し計算をするからである。

      ( n 年後キャッシュフローの現在価値)=( n 年後のキャッシュフロー)/ { (1+WACC) ^ ( n ) }

      ここで、 ^ は乗数を表す。1年後であれば、(1+WACC)で将来の金額を割戻し、2年後であれば(1+WACC)の2乗で割り戻す。 2-2 の例で、30年後の200万円の現在価値を計算する場合には、(1+WACC)(2-2の例ではWACCは金利の2 %となる)の30乗で割り戻すことになる。

      NPVは、事業の経済性を評価し、投資の判断を行うために用いられる最も一般的な指標の一つである。NPVがプラスであれば資本コストを上回る収益を上げることができるため投資を実行する価値がある、と判断でき、また、複数の事業案がある場合には、NPVが最も大きな案を選択する、というように活用される。

      投資の判断を行う場合は、資本コストを考慮したNPVというリターン面だけでなく、リスクについても考慮する必要があるのだが、この基礎講座では、リターンを考慮していくこととし、リスクの考慮については別の機会に譲ることとしたい。

  3. 3.シミュレーションソフト「デシジョンシェア」

    • 3-1. デシジョンシェアとは

      デシジョンシェアとは、ビジネスのシミュレーションを行うソフトウェア( Excel のアドインツール)である。シミュレーションとは、実際に試すことができないことをコンピュータなどを使って仮想的に表現し、それを使っていろいろなアイデアを試し、結果を評価しながら、最適な意思決定をすることである。例えば、事業計画を作成する際に、様々な前提条件(データ)から、収益(結果)計算するといった関係式(これを「モデル」と呼ぶ)を作り、前提条件を変えて収益がどうなるかを試行錯誤することもシミュレーションである。

      デシジョンシェアの名前には、より確信を持った意思決定を支援するために、意思決定に関わる情報とプロセスを共有していただきたい、という開発者の願いが込められている。そのため、豊富な分析機能に加えて、視覚化をはじめとした情報の共有機能に重点を置いた設計となっている。

      図 1 のように、デシジョンシェアは、 Excel 上のセル参照で作られている表計算式を利用して、データが変わったときの計算結果の変化をシミュレーションする。デシジョンシェアを使うと、多くのデータや計算式から成る表計算式を使い、より便利に試行錯誤をすることができるようになるのである。

    • 3-2. 仮説とゴール

      デシジョンシェアでは、変化させたいデータを「仮説」、評価指標としてウォッチしたい計算結果を「ゴール」と呼んでいる。以下、各々について解説する。

    • 3-2-1. 仮説

      デシジョンシェアでは、自社製品の価格など、意思決定によって決定できる「内的仮説」と、競合商品の価格など、事業環境の不確実性にかかわる「外的仮説」、および内的仮説のうち、達成が成功の必須条件になる「チャレンジ仮説」の3種類の設定ができる。これらはデシジョンシェアの機能上は何ら違いはないが、戦略と事業環境による不確実性を区別して考え、またシミュレーションを行い、リスク及びリターンの分析を効果的に行うため、区別しておくと良い。どの仮説にも、各々、基準となる値(基準値)、上限の値(最大値)、下限の値(最小値)、およびその他の付加情報が設定される。デシジョンシェアでは、最大40の仮説を定義することができる。

    • 3-2-2. ゴール

      ゴールは、意思決定をする際に評価指標として参考とする計算結果である。デシジョンシェアは、ゴールとして定義されたセルの値を常に追跡し、 3-3 で説明する各種分析の結果として表示する。 What-If 分析では、ゴールの値がグラフで表示され、仮説の動きに応じて動的に変化する。感度分析やリスク分析では、仮説の動きに対応した、ゴールの変化がグラフの縦軸または横軸で表される。デシジョンシェアでは、最大6つのゴールを定義することができる。

    • 3-3. デシジョンシェアの機能

      デシジョンシェアの機能の構成は図2の通りである。以下、主要な5つの機能について概説する。

    • 3-3-1. モデル開発機能

      Excel のワークシート上に作ったセル参照を含む表計算式において、評価指標としてウォッチしたい計算値セルを「ゴール」として指定、また、変動させたいデータを「仮説」として設定する。操作は対象とするセルを選択、設定ボタンを押して、表示されるパネルに必要なデータを入力するだけで完了である。これまでに作った Excel の表計算式があれば、同様の操作でその表計算式を簡単にモデル化することができる。

    • 3-3-2. What-If 分析機能

      What-If (もしこうなったら)分析は、デシジョンシェアの最も強力で、ユーザー各位に好評を博している分析機能である。本稿のこの後の演習でも、 What-If 分析機能を多用している。この分析モードに入ると、設定した仮説のデータを、スライドバー(マウスで動かす)で簡単に変化させることができる。また、設定したゴール値がグラフで表示され、仮説の変化に対応して動的に動くので、シミュレーションの結果を視覚的に理解しやすい。将来のビジネス環境の想定や、その際にとる戦略によって、利益や売上などのビジネスゴールがどのようになるか瞬時に捉えることを支援する機能である。

    • 3-3-3. 感度分析機能

      感度分析とは、設定した仮説が変化したときのビジネスゴールへの影響度をシミュレーションし、重要な影響要因( Key Value Driver )を探索する分析である。感度分析によって、戦略的に重要な要因を優先して検討することができる。また、戦略を替えたときの要因の感度を並べて評価する「合成感度分析」によって、戦略ごとに変化する影響要因を一覧することができる。

    • 3-3-4. リスク分析機能

      リスク分析は、不確実性に対するリスクやチャンスを評価する分析である。仮説の不確実性に基づいて将来のシナリオを自動的に生成し、各々のシナリオにおける評価指標を計算する。その結果を分析し、グラフィカルに解りやすく表示を行う。目的とする評価指標を達成できる確率(例:「利益が2億円を超える確率」)、評価指標がとり得る最小と最大の値や最も出やすい値、および評価指標のリスクの大きさなどを出力する。また、異なる戦略によるリスクの違いを、一目で比較できる合成リスクグラフ生成機能も搭載している。

    • 3-3-5. シナリオデータ管理機能

      モデルに適用するデータは将来のシナリオによって大きく変化する。シナリオデータ管理機能は、モデルのデータをシナリオごとにすべて保存・管理することができる。これによって、 Excel のロジックをそのままに、異なるシナリオのデータにすばやく変更してシミュレーションをすることが可能となる。

    • 3-3-6. モデルひな型管理機能

      組織で共通に利用するモデルを、ひな型書庫に保存しておくことで、必要なときに簡単にコピーして効率的に利用することを支援する。事業計画の標準様式、事業評価のためのモデル、過去の事例やケーススタディなどを共有・再活用することができる。ひな型書庫は、自分のパソコンに置くだけでなく、ネットワーク上のサーバーに置くこともでき、組織で標準のひな型を共有利用することも可能である。

      以上、簡単にデシジョンシェアの機能をご紹介した。ご興味のある方は、日本インテグラート株式会社のホームページ( www.integratto.co.jp )から、無料の 30 日間試用版をダウンロードできるのでお試しいただきたい。また、2006年夏には、ユーザー各位からのフィードバックを反映し、デシジョンツリー機能を追加し、各種分析機能を強化すると共に操作性を更に向上させた新バージョンをリリースする予定となっている。是非ご期待いただきたい。

      ビジネスシミュレーションについてご関心のある方は、大江建・北原康富著 「儲けの戦略-新規事業の計画・評価・検証」 東洋経済新報社を是非ご一読いただきたい。また、製品付属のものであるが、デシジョンシェア操作説明書・ビジネスシミュレーションガイドにも詳しい記述がある。なお、日本インテグラート株式会社のホームページでも、デシジョンシェアを使ったビジネスシミュレーションに関する情報や知識を得ることができるので、ご参照いただければ幸いである。

  4. 4. 事業価値を高める要因の探索

    この章では、2章で学んだファイナンスの基礎知識と、3章でご紹介したビジネスシミュレーションソフト・デシジョンシェアを活用し、3つの演習を通じて開発投資の価値を考える。

    演習1 : キャッシュフローの発生のタイミングの違いによる事業価値の違いを見る

    演習1では、2-1で学んだ、「同じ金額であれば早く手元に入るほうの価値が高い」ということを確認する。以下の4つの場合を想定してみよう。

    1. 安定 : 5 年間毎年同じキャッシュフローが発生する場合
    2. 逓増 : 5 年間の間、ゼロから次第にキャッシュフローが増加する場合
    3. 早期収穫 : 1 年目にすべてのキャッシュフローが発生する場合
    4. 後期収穫 : 5年目にすべてのキャッシュフローが発生する場合

    すべての場合において、5年間のキャッシュフローの金額の合計はすべて同じで、キャッシュフローが発生するタイミングだけが異なるとする。また、割引率は 6.5%とする。
    各年のキャッシュフローに仮説を設定し、デシジョンシェアの What-If 分析を活用して、NPVにどの程度の差が出るのかを視覚的に理解する。(図 3 What-If 分析画面)

    図3 : What-If 分析画面

    また、上記1~4のNPVをグラフで表示すると図4のようになる。最もNPVが大きいのは早期収穫であり、最も小さいのは後期収穫である。キャッシュフローが逓増していくパターンは、成長が持続する場合にはNPVが大きくなる可能性があるが、比較検討のために評価対象期間を他のパターンと同じにすると、安定したキャッシュフローよりもNPVは小さくなるのである。3と4を比較すると、同じ金額であっても早く投資を回収できると NPV が高くなることがより明らかである

    1. 1. 現行計画案 : 2006 2007の2年間を開発期間とし、2008年に発売開始
    2. 2. 開発期間短縮案 : 一年前倒しで、2007年に発売開始、開発費の金額は期間短縮のため計画案の2年分を1年間に投資し、発売開始後のキャッシュフローは現行計画案と同じ金額が1年前倒しになると想定
    3. 3. 発売が一年前倒しになったことにより、競合他社に先駆けることができ、発売開始後のキャッシュフローが2よりも30%増加したと想定した場合。(開発費は2と同じ)
    4. 4. 開発遅延ケース : 発売が2009年からとなった場合(発売開始後のキャッシュフローは、現行計画案と同じ金額が1年遅れて発生すると想定)
    5. 5. 発売が一年遅れたことにより、マーケットシェアが上がらず、発売開始後のキャッシュフローが5よりも30%減少したと想定した場合

    すべての場合において、割引率は6. %とし、製品発売後5年間のキャッシュフローを考慮することとする。また、計画案での開発費は、年間3億円とする。

    上記1から5までのNPVをグラフに表示したのが以下の図5である。最もNPVが大きいのは3であり、2と3を比較すると、競合他社に先駆けることができたことがNPVの増加に貢献していることがわかる。さらに、4と5を比較をすると、開発の遅延によりマーケットシェアを失うと、最もNPVが損なわれることが理解できる。

    演習3 : 事業価値を高める要因は?

    演習3では、ある製品の開発計画を例にとり、事業価値に影響を与える要因を考える。

    演習の背景 : 現在開発中の製品Aは、2007年に発売予定となっている。発売時の単価の見込みは5万円程度、発売から5年後には、年間3万台程度の販売を見込んでいる。収支は以下のように見込まれている。

    図6:製品Aの予想キャッシュフロー

    (本演習でとりあげている事業計画は、ファイナンスの基礎知識を振り返ることを目的として、税金を無視するなど意図的に単純化されたものとなっている点、ご了解いただきたい)

    演習3-1 : 各変数は、プラスマイナス20%変動するように設定されている。2009年度(発売後3年目)単年度のキャッシュフローがマイナスになる、要因の組み合わせを探す

    この演習では、デシジョンシェアの What-If 分析を活用する。各要因の数値をスライドバーで変化させ、 2009年のキャッシュフローがマイナスになるように試行錯誤する。この演習では、マイナスが最大になると考えられる組み合わせを一つと、キャッシュフローがゼロになる場合の組み合わせを二つ探索することとする。

    演習3 - 2 : 各変数は、プラスマイナス 20 %変動するように設定されている。この変動幅で各変数が変化する場合、キャッシュフローに最も大きな影響を与える変数はどれか?
    この演習では、感度分析を活用する。図7の左側のチャートでは、キャッシュフローへの影響度が大きい要因から順番に表示されている。このチャートは竜巻のように見えることから、トルネードチャートと呼ばれている。トルネードチャートによると、キャッシュフローに最も大きな影響を与えるのは、変動費率であり、歩留まり、販売台数、単価、固定比率と続いている。右側のチャートは、各要因が最小値から最大値まで変化したときのキャッシュフローの変化を表示している。

    図7 : 感度分析結果

    演習 3-3. : 製品Aについて、具体的な製品を設定し、2009年度のキャッシュフローについて、起こりうる最善の場合、最悪の場合を想定し、そのシナリオを発表せよ

    先日は以上の研修を一日で実施し、締めくくりに演習3-3 のグループディスカッションを行った。各グループとも、最善・最悪のシナリオを考えることによって、いかに事業価値が変動しやすいものなのか、また、その変動要因のうち影響度の大きい要因を把握し、対策を考えることの重要性を理解いただいたようであった。

    このファイナンス基礎研修を通じて受講者に考えていただいたことは、さまざまな変動要因が事業の価値に影響を及ぼすということ、その変動要因への対応を具体的に考えるためにシミュレーション及び分析を活用すること、今まで考えていた案とは違う戦略的なアイデアが必要ではないか、ということである。本稿でご紹介したファイナンスの基礎知識とシミュレーションソフトが、研究者・技術者の立場で事業価値の向上を考えることに役立つことを願ってやまない。

    日本インテグラートについて

    「マネジメント戦略とテクノロジーを統合 (integrate) し、真に経営に貢献するシステムを提供する」ことを企業ミッションとしているソリューションプロバイダー。コンサルティングとソフトの開発の双方を行い、コンサルティング結果が顧客に定着することに重点を置いている。戦略系コンサルティングファームとも連携し、研究開発の評価に関するソリューションを提供している。

    小川 康

    東京海上火災保険、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンを経て現職。
    ペンシルバニア大学ウォートンスクール MBA 。