1月23日の日経新聞に「上場企業の『のれん』残高24兆円に拡大」という記事がありました。昨年1年間で日本企業による海外企業の買収が10兆円を超え、過去最高を更新しているそうです。

これに伴い、買収した会社の「のれん」の残高も増加しています。のれんとは、買収される会社(被買収企業)の純資産の額と買収金額の差分を指します。現在までに被買収企業が生み出してきた価値が純資産であり、これに対し将来生み出す価値を、あたかも店先にかかっている暖簾そのものには価値がないが、暖簾が示す、将来価値につながるブランド力や技術力を買っているようにみえるので、のれん代と称して買収価格に上乗せしています。

こののれん代も買収案件の増加に比例して増えています。前述の日経新聞の記事によると、上場企業ののれんの残高は昨年9月時点で約24兆円と14年度に比べて約5%増加していて、7年連続で過去最高となる見通しだそうです。

先ほど述べたように、のれんは将来生み出す価値、言い換えれば被買収企業が事業を継続することで生み出す超過収益を指しているので、純資産と同様に買収企業のバランスシートに組み込まれることになります。組み込まれたのれんは、かつて日本の会計では一括で償却することができましたが、現在は最長20年で定期償却することになっています。これに対し、欧米ではのれんの償却期間を合理的に算出できないとの理由で、原則として償却を行わない方針を取っています。国際会計基準(IFRS)ではこの方式を採っています。しかし、定期償却がない代わり、買収時に見込んだ通りの収益が上がらない場合、減損処理として損失を計上する必要があります。

こののれん代の減損を行う会社も増えてきています。一例をあげると、楽天は2015年12月期決算で8期ぶりの営業減益となりましたが、主な要因として、6年前に買収したフランスのECサイト運営会社「プライムミニスター」と、5年前に買収したカナダの電子書籍事業会社「コボ」ののれん代減損損失があります(プライム社が約172億円、コボ社が78億円計上)。IFRSでは定期的なのれん代の償却コストの負担がない反面、将来生み出す価値がのれん代を下回ると判断されると、突然巨額の損失を生み出すリスクを秘めています。

このようなのれん代の減損による巨額の損失を防ぐには、1つはM&A段階の被買収企業の事業計画の精査(ビジネスデューデリジェンス)を行う必要があります。但し、ビジネスデューデリジェンスの段階では被買収企業の情報が十分に集まらないこともあり、想定した事業計画は将来におけるブレ=不確実性があることを認識する必要があります。これをカバーするより重要な手立てとして、M&A時の事業計画とM&A実行後の実績との定期的比較と、それに基づく計画の修正-モニタリング-が必要だと考えます。より早く当初想定の事業計画とのずれを把握し、修正するには何を改善しなければならないかを把握する継続的な活動がモニタリングと言えます。

このモニタリングを遂行するために必要なポイントは次の4つです。

・明確なM&Aの目的に基づく評価指標(KPI)の設定
M&Aで買収企業が得るべき利益や効果が何かを明確にし、それを図る定量的な指標をKPIとして定義します。この際注意すべきは、目的とKPIの合致度合いと、KPIを作りすぎないことです。

・評価指標を求めるためのロジックの明確化
KPIだけをモニタリングしていては、KPIが計画からどれだけずれたかは分かっても、それがなぜ起こったのかという原因の検討には至りません。KPIを構成する被買収企業内の「儲けの構造」を可視化することが必要です。KPIを構成する要素とそのつながりをロジックとして明確にすることが、モニタリング実行段階でのKPI改善のための主要な要因(Key Success Factor・KSF)の把握につながります。

・実現可能なモニタリングプロセスの設計
モニタリングは買収企業と被買収企業の共同作業になります。KPIを導くロジックを構成する要素をモニタリングデータとして被買収企業から収集し、KPIの算出を行い、定期的にレビューを行い、計画との乖離と改善すべきKSFを探るプロセスが必要になります。この際に最も必要なのは、モニタリングの必要性を被買収企業に正しく認識してもらい、協力を得る仕組みをプロセスに組み込むことです。
得てして被買収企業は買収企業に支配されたという感情的なしこりが残りやすい中で、買収企業が「オペレーションや業績を監視する」といった姿勢を取ると、被買収企業の協力が得られなくなるおそれがあります。モニタリングは監視ではなく、定期健康診断のように定期的なチェックと改善策の共同検討作業であり、計画を遂行する主体者は被買収企業である、といった趣旨と姿勢を被買収企業と共有することが、その後の着実な実行の成否につながると考えます。 

・モニタリングプロセスの着実な実行
モニタリングプロセスは、定期的に買収企業と被買収企業がチェックとアクションを考える、PDCAサイクルのCとAにあたるプロセスです。買収企業は最終的にのれん代を上回る価値を被買収企業から生み出す必要があり、そのために被買収企業のどこに改善の手を加えなければならないかを、腰を据えて取り組む姿勢が着実な実行につながると言えます。

インテグラートのソリューションは、これまでは自社内の設備投資や研究開発投資計画の立案と定期的なモニタリングに使われてきました。上記にあげた4つのポイントもこれら自社内でのモニタリングと同じポイントです。これからは自社内だけでなく、M&A投資先の減損を防ぐ具体策として、被買収会社の事業計画見通しの立案とそのモニタリング管理をお勧めします。

(井上 淳)