皆さんは、このようなことを聞いたことはないですか?(A)役員が、将来の生産設備の拡充のため、ある工業団地の土地購入を事実上決めてしまい、それを通すための計画を後付けで作った。(B)上司から問題提起や意思決定の指示が出されても、やり過ごしているうちに、立ち消えになった。
笑えない話ですが、このようなことがよくあるのです。社会経済性本部による51社約7000人のホワイトカラーを対象とした調査によると、(B)を経験した人は53.4%に上ったとのことです。合理的な意思決定が、(1)決定の枠組みと評価基準を決める、(2)すべての選択肢を出す、(3)選択肢を評価する、(4)最も好ましい選択肢を選ぶ、という規範的な手続きで行われることは、ときどきご紹介しています。また、現実の経営においては、このような規範的手続きはとてもできないので、(1)そこそこの枠組み、(2)2~3の選択肢、(3)限られた時間内での評価、(4)満足するものがあればそれを選択する、といった「限定的な合理性」で意思決定されていること・・・もお話ししたことがあると思います。しかし、冒頭にご紹介したような、「先に決まっていることを後で検討する」、「決定しなくてはならないことを、やり過ごす」などは、これまでにご紹介した意思決定の手続きでは、どうしても説明できません。
経営学者マーチは、古典的な意思決定の考えにはなじまない、組織における現実の意思決定を説明するための枠組みを提唱しました。変な名前ですが、これは「ゴミ箱モデル(Garbage can model)」と呼ばれています。少々抽象的でわかりにくいですが、まずはモデルの説明をして、それから具体的な例をご紹介することにしましょう。ゴミ箱とは、会議や委員会など、意思決定を行う「選択機会」を例えていいます。この選択機会には「参加者」、「問題」、「解」が出たり入ったりします。参加者はもちろん人で、一人ひとり問題を解決するエネルギーを持っています。ここでいうエネルギーは、能力ということではなく、どちらかというと解決しなくてはならないという、モチベーションの大きさに近いニュアンスです。また、ひとつの問題も、解を得るために必要なエネルギー量を持っています。今、ある選択機会に投げられた問題があるとします。もし、その問題に解をもたらすために必要なエネルギーより、参加者のエネルギーの総和が上回るとき、「決定=解」となります。このときは、前述した古典的な意思決定の手続きと同じになります。たとえば、会議の中で、選択肢を出し、評価し、選択するということが行われます。一方、もし問題に解をもたらすのに必要なエネルギーが、参加者のそれを上回っているとき、解は得られません。しかし、ここからがややこしいのですが、それでも「決定」が行われる場合があります。たとえば、人材採用の決定を考えてみます。毎年採用シーズンがくると、採用の決定をする会議は、応募してきた人材から選別するという決定をします。しかし、何かのきっかけで、たとえば景気がよかったりすると、売り手市場となって、応募者数が不足していたり、質が悪かったりすることが生じます。本来なら、募集する方法に根本的な問題があり、それを解決しなくてはなりません。しかし、採用シーズンは限られており、採用担当者は、根本的な問題解決をするヒマもなく、とりあえず採用の決定をします。たとえ、経営トップから採用する人材の質を上げるように指示されたとしても、採用シーズンが終わればとりあえずその問題は通り過ぎていくわけです。ゴミ箱モデルではこれを「やり過ごしによる決定」と呼んでいます。本当なら正面きって解決しなくてはならない問題でも、解決するためのエネルギーがあまりにも大きいと、解決はやりすごし、決定だけを行うというわけです。「とりあえず」とか、「そうはいっても」など、よく聞かれるフレーズには、この状況を表すような気がします。
上司の命令をやり過ごすなどあってはならない、そんなことになったら組織が成立しないじゃないか・・・との声も聞こえてきます。しかし、不確実性の高い環境で仕事をする場合や、上司の命令に盲目的に従うのではなく、現場の判断で「さばく」能力など、組織にとって必要である理由もあげられています。また、上司から中止の命令が出ても、それをやり過ごし、隠れて研究開発を続けてプロジェクトが成功した物語は、昔ヒットしたテレビ番組でよく取り上げられていましたね。さて、「やり過ごし」はこのモデルで説明できましたが、冒頭の(A)のように、上司が先に解を持ってきてしまい、あとで決定するということは、どのようにして説明できるのでしょう。この例でいう、ある役員が土地購入を事実上決めてしまっている場合、それを承認する会議(選択機会)では、2つのことが起きます。ひとつは、役員の鼻息の大きさに応じて、参加者のエネルギーレベルが一気に大きくなります。もうひとつは、(工業団地を買うという)解が提示されてしまったので、選択肢(この場合、将来の生産設備拡充に対する最善の選択肢)はひとつしかありません。すなわち、解を導くのに必要なエネルギー量が少なくなります。参加者のエネルギー>必要エネルギー量・・・となり、その会議では決定するための「後付けの」評価でトントンと承認されてしまうというわけです。
かくいう私も社長時代、「何で社長のいうことが聞けないんだ!!」などと腹を立てたことが何回もありました。しかし、これもゴミ箱モデルで説明できるとは・・・意思決定の世界は奥が深いです。
(北原 康富)
参考文献:「組織と意思決定(朝倉書店)」