NPV(エヌ・ピー・ブイ:Net Present Valueの略)は、投資の評価指標として、最も広く使われている指標の一つです。金融商品に対する投資評価指標として考案されましたが、製品開発や新規事業、M&Aなどの事業投資の評価指標としても、世界中の多くの企業で活用されています。今月のコラムでは、まず簡単にNPVの要点をご紹介いたします。そして、事業会社でNPVを活用する視点で、NPVの弱点を考察します。

既にご存知の方が多いと思いますが、NPVの要点は、簡単には以下の2点です。

(要点1)元本と儲けの目標を計算し、投資の回収見込みから差し引く

例:100億円を投資して、50億円の儲けを目標とする。投資の回収見込みは200億円。
NPV = 200億円 – (100億円 + 50億円) = 50億円

(要点1)は、差し引きしてお釣りを確認する、という意味で、「Net Present Value」のうちの「Net」(差し引き)の考え方に相当します。投資から得られる儲けの目標を設定する、というところがポイントです。一般的には、儲けの目標は年率で表現し、割引率と呼ばれます。目標とする儲けを含めた差し引きを計算しますので、NPVがプラスであれば投資可(目標とする儲けを確保できる)、マイナスであれば不可、というように活用されます。

(要点2)現在の価値を計算する

例:儲けの目標(割引率)が、1年間に投資元本を10%増やすことだとする。
100億円を投資すると、1年後には110億円になる。2年後の場合には121億円になる。

(110億円の現在価値) =  105億円 / (1+10%) = 100億円
(121億円の現在価値) = 121億円 / (1+10%)の2乗(複利)=  100億円

(要点2)は、現在価値で考える、という意味で、「Net Present Value」のうちの「Present Value」(現在価値)の考え方に相当します。現在価値で考えることによって、何年後の数値であっても、現在価値という共通の尺度で評価できることが大きなメリットです。例えば、3年後に利益が出る案件の現在価値と、10年後に利益が出る案件の現在価値を比較する、というように役立ちます。

このような単純な考え方ですので、NPVは便利な評価指標として、金融業界、事業会社等において、広く活用されています。投資評価指標のグローバルスタンダードと言ってよいでしょう。

しかし、どのような評価指標にも、長所があれば弱点もあることに注意が必要です。それでは、事業会社にとって、NPVの弱点とは何でしょうか?本コラムでは、弊社の経験から下記の4点を指摘します。

1.単純化し過ぎる
2.短期視点を助長しがち
3.目標管理しにくい
4.割引率の設定に悩む

以下、順にご紹介します。

1.単純化し過ぎる
意思決定者からよく聞かれる不満です。NPVは、未来の計画に基づいて計算されますから、本質的に不確実で、仮説に仮説を積み上げて算出されるものです。
それなのに、「NPVがプラスですから、投資しましょう」と結論らしく言われると思考停止のようで腹が立つ、という不満です。NPVの計算には、単年度の売上・利益の計算にとどまらず、5年~10年先までの多くのデータを扱います。しかし、NPVは計算結果として一つの数値になっていますから、不確実で複雑な事業が適切に説明されず、「NPVはプラスです」というように、あまりにも単純化されるおそれがあります。NPVは単なる計算結果ですので、計算の前提になる売上や費用の予測の妥当性が検討されなければ、単なる数字の遊びと言われてゴミ箱行きになるでしょう。計算結果ではなく、妥当性の議論が重要です。

2.短期視点を助長しがち
NPVには、会社の将来像を考えるという視点はありません。早く儲かることを推奨する評価指標です。そのため、NPVを評価指標に使うと、同じ投資規模であれば、会社の将来のための投資は、早く結果が出る投資よりも必然的に低い評価になります。例えば、開発初期のプロジェクトは、開発後期のプロジェクトよりも低く評価されます。これはNPVを使っている限り当然のことで、NPVの問題ではなく、使い方の問題です。中長期の将来のための投資を重視したい場合は、その時点の姿を具体的に目標設定すべきであり、NPVよりも、目標とする年度の売上・利益が評価指標としてふさわしいと考えます。

3.目標管理しにくい
NPVは、計画段階と意思決定にはよく用いられていますが、事業が実行段階に入ってからは、見かけることが少なくなります。毎年NPVを確認している会社はありますが、意思決定時のNPVと毎年比較して目標を管理している会社は多くありません。実行前の評価には重視されていながら、実行開始後は存在感の薄い、ある意味奇妙な指標です。主な原因は、実行開始後に、開始時に遡ってNPVを計算することが煩雑なことだと思われます。目標管理に使われない評価指標は、形骸化しやすいものです。多少手間をかけてNPVによる目標管理を実行するか、NPV算出に用いた売上目標などの管理しやすい部分を目標管理に用いることが必要です。

4.割引率の設定に悩む
事業投資の割引率は、基本的には目標利回りです。従って、事業の担当者が「この割引率で良いのかな」と思案しても、目標を設定する立場にないと結論が出ません。株式市場データに根拠を求める場合もありますが、近年の日本の株式市場の利回りが歴史的に低いため、事業投資の目標利回りに適用するには低すぎてしまう問題が起きます。「割引率の設定は目標設定である」と整理すれば、誰が決めるべきことなのか道筋がつくはずです。また、IRR(内部収益率)を評価指標に用いると、割引率を設定しなくて良いメリットがあります。

NPVは優れた評価指標ですが、事業会社の視点では、NPVだけを評価指標に用いると問題も多いのです。複数の評価指標・分析を活用し、なぜその売り上げが見込めるか、という類の重要な検討が抜け落ちないように徹底することが必要です。
具体的には、指標の明快さ・管理のしやすさから、5年後の売上・利益といった、伝統的な評価指標をNPVと併用して活用することをお勧めします。

(小川 康)