先月の本コラムでは、プロ野球のチームメンバーの構成を例に、事業ポートフォリオマネジメントについて述べていました。
(先月のコラムバックナンバー)
http://www.integratto.co.jp/column/037/先月の執筆者よりプロ野球に詳しいと自負している筆者としては、今月のコラムも野球に関わるトピックを取り上げたいと考え、プロ野球の記録を通して評価指標について考えてみたいと思います。

 スポーツ、特に球技はいずれも数値化され、定量的な評価が行いやすい側面がありますが、とりわけ野球と定量的な評価との関わりは深いといえます。既に19世紀には現代でも最もポピュラーな打撃の評価指標である「打率」という評価指標が考案されています。

*打率=安打÷打数

打率とは、過去の安打を打った実績を確率で表した指標です。高打率の打者としてイチローを思い浮かべる人も多いでしょう。この指標は過去の実績を示すと同時に、今後の安打を打つ期待値として評価される場合もあります。例えば、いま打率3割の打者が、1試合4打数の機会があれば、1試合で0.3×4=1.2本のヒットが期待できるということになります。
ところが、分母である打数には四球や死球などは含まれません。また、分子の安打は安打の内容がシングルヒットでもホームランでも、安打1として記録されます。これは、「四球や死球は投手のミスによるもので、打者の評価には加えない」「安打を打つ確からしさを評価するのに、安打の内容は関係ない」という一種の「割り切り」があると思われます。

 しかし、野球は多くの他の球技と同様、チーム対抗でより多く得点したほうが勝利するルールであるため、打者であればより得点に貢献したことがより高く評価されるはずです。その視点で考えると、四球はシングルヒットと等価値であり、同じ安打でもシングルヒットよりホームランがより価値が高いと評価すべきでしょう。それらを反映した指標が次の2つです。実は、打率は得点との相関は以下の2つの指標ほど高くないことが既に明らかになっています。

*長打率=塁打数÷打数
塁打数:安打の内容をシングルヒット=1、二塁打=2、三塁打=3、ホームラン=4として累積した数

*出塁率=(安打+四球+死球)÷(打数+四球+死球+犠牲フライ数)

長打率は、打率に安打の内容を加えた獲得塁数の平均値といえます。また、打率と同様に期待値として見る場合もあります。例えば長打率5割の打者が、1試合で4打数の機会があれば、0.5×4=2塁打、もしくはシングルヒット2本が期待できるということになります。しかし、長打率も打率同様、四球や死球による出塁を反映しないため、指標として欠陥があるとの指摘があります。もう1つの出塁率は、四球や死球による出塁も評価に含めており、打率よりも指標として優れているといえますが、残念ながら長打率が表現している塁打数という概念が含まれていない、という弱点があります。

 野球に関する評価について3つの指標を比較して書きました。野球に限らずビジネスにおいても通じる評価指標について、本コラム前半の内容を踏まえて、次の2点を提案してみたいと考えます。
まず1点は、「指標を疑え」です。どのような評価指標であれ、ある部分を切り捨てて、別のある部分をクローズアップさせて優劣を判断しようとします。ビジネスで使っている指標にも、切り捨てられた、あるいは反映されていない部分が見落とされていることがないでしょうか?これを乗り越えるには、野球の例で言えば打率では反映されない安打によって生まれた得点を「打点」として評価するように、見落とされた部分を別の指標で補い、複視眼的に評価することが必要ではないでしょうか。
2点目は、「くせになるまで待つ」です。いかに論理的に別の指標より優れていることが明確でも、以前から共通言語として浸透しているからという理由も含めた「分かりやすさ」が優先され、新たな指標の浸透には時間がかかるということです。アメリカで生まれたセイバーメトリクスという統計的視点からの分析手法の流行を背景に、長打率や出塁率も近年は有意な指標として注目されていますが、打率と同等に評価指標として通用するには今しばらくの時間がかかると思われます。この壁を乗り越えるにはやはり共通言語としての定着を目指した粘り強い取り組みが必要といえるでしょう。「見える化」で有名な早稲田大学ビジネススクールの遠藤功教授は、見える化のための継続的な取り組みを10年続ければ「くせ」として定着すると述べておられます(※)が、評価指標の定着による新たな視点での見える化についても、同じような継続的取り組みが必要ではないかと考えます。

 最後にもう1つだけ、このコラム執筆のため野球の評価指標を調べていて気づいたことがあります。それは、これら3つの指標は、プレイヤー自身が考案し、広めたことはないということです。この3つを含めた多くの評価指標は、プレイヤーでない人が考案し、それらを使って分析と評価を行ってきたのです。プレイヤーは現場で目の前の勝負に集中し、分析と評価は第3者が行うからこそ、ファンを始めとした多くの人々に共通認識として評価結果が受け入れられるのではないでしょうか?
(※)インテグラート 第10回 ビジネス・インテリジェンス フォーラム基調講演:「現場力と経営意思決定」

(井上 淳)