今年の2月6日から22日イタリアのミラノ・コルティナで開催された冬季オリンピックのカーリング競技では、日本からは女子チーム「フォルティウス」が参加し8位入賞となりました。また今月、本コラムの配信直前までカナダのカルガリーで開催されていたカーリング女子世界選手権では、「ロコ・ソラーレ」が決勝トーナメントに進み4位に入りました。カーリング競技は近年の冬季オリンピックや国際大会では国内で大きく取り上げられる機会も増えており、今回もテレビやネットでカーリングの試合を視聴された方が大勢いらっしゃったのではないかと思います。
 唐突にカーリングの話題を出しましたが、実は筆者は日本でカーリング競技を統括している団体「(公社)日本カーリング協会」の競技委員を務めております。今回のオリンピック開催前に、せっかくの機会だったので弊社の社員向けにカーリング競技観戦ガイドを作成していたところ、なんとカーリング競技には「ビジネスの事業実行を成功に導くヒント」が隠されていることに気づきました。そこで今回のコラムでは、カーリング競技の特性に基づいてそのヒントをご紹介し、ストーン投球時のプロセスに沿ってご説明いたします。ビジネスとは異なる分野からの学びが皆様の実務に役立つきっかけになれば幸いです。

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 ヒントの紹介に先立ち、カーリング競技について簡単に説明します。カーリングというスポーツを一言で言うと「氷の上に描かれた約40m先の『ハウス(的)』に向かって、2チームが交互に『ストーン(石)』を投げ合って、最終的にハウスの中心により近いストーンを置いたチームが得点する」というスポーツです。「氷上のチェス」とも呼ばれ、体力や技術に加えて対戦相手や氷の状況に応じた作戦力、チームワークなど様々なスキルが要求されます。基本的には一チーム4人で構成され、ストーンの投球時は「ストーンを投球する人」「ハウスに立って作戦を指示する人(スキップと呼ばれる)」「ストーンの傍に立ってストーンと共に移動しながら適宜ブラシで掃く人が2人(スウィーパーと呼ばれる)」と役割が分かれています。なお、ストーンの投球は4人が交代しながら行う(スウィーパーも交代する)一方、スキップは試合を通して(本人が投げるとき以外は)固定で務めます。ルールの詳細については、日本オリンピック委員会のカーリング競技紹介ページをご参照ください。


【カーリングの試合の様子】
※画像は日本オリンピック委員会のカーリング競技紹介ページから引用

さて、このカーリング競技ですが筆者が考えるに他のスポーツと大きく異なる特徴が2つあります。それは
 ①球技において、球が投げられた後で軌道に影響を与えることができる(おそらく唯一の)スポーツであること
 ②試合中のチーム内での会話が、リアルタイムでテレビやネットの視聴者にも聞こえること
 の2つです。
 ①についてですが、ストーンが投球されてから止まるまでの間、チームメンバーがストーンの移動に合わせてストーンが進む先の氷上をブラシを使って適宜掃いています。この行為のことを『スウィーピング』または『スウィープする』と言いますが、スウィーピングによってストーンが進む軌道を変えることができます。具体的には、スウィープによってストーンが進む距離が伸びる(最大で2~3mほど変わると言われています)、もしくはストーンが曲がる幅が変わる(ストーンの曲がり幅をより抑えたり、より曲がるようにしたりする)という効果があります(注1)。このように、いちど放たれた物体に対して外形的な影響を加えて軌道に変化をもたらすことができるというのは、他のスポーツでは見られないカーリングならではの特徴でしょう。
 ②について、これは競技そのものの特性というよりはテレビ・ネット中継される機会ならではのことですが、放送中継される試合では、選手はピンマイクを装着しています。他のスポーツほど動きが激しくないためにピンマイクを装着しながらのプレーが可能なのですが、マイクを通して視聴者は試合中にチームがどのような会話をしているか聞くことができます。この会話を聞いていると、チームは「ストーンを投球するまでの作戦を考える間」だけでなく「ストーンが投球されて氷の上を滑っている間」も絶えずコミュニケーションをとっていることがわかります。試合会場のその場にいなくても、画面を通してチームの考えていることが常に手に取るようにわかり、「この後、ストーンがどう進んでいくのか」「チームがどうしたいのか」など自分でも想像できて一層試合が楽しめることに一役買っている特徴でしょう。

 これら2つの特徴を洗い出したところで、筆者はふと「カーリングでは、チームはストーンが投球されて氷の上を滑っている間のコミュニケーションを通じて情報収集(予測)~意思決定(計画変更を含む)~行動指示と実践を繰り返しているんだ」と気づきました。この気づきを得たのは、上記①で述べた特徴(ストーンが投球されてから軌道に変化を加えることができる)によって、チームは投球後もスウィーピングいかんではより良い結果をもたらすようことができるようになり、チームとしては当然この特徴を生かすべくスウィーピングをどのように行うのかベストなのかを総力挙げて導き出すために、必然的にコミュニケーションが生まれることになると筆者が考えたことによります(注2)。また、上記②で述べた特徴により、コミュニケーションが外部にも可視化されていることも、このヒントにより気づきやすくなった要因と言えます。

 この『情報収集(予測)~意思決定(計画変更を含む)~行動指示と実践』の一連のプロセスを、ストーンが投球されてから静止するまでのチームコミュニケーションと行動の流れに照らし合わせて具体的に説明します。

【ストーンが投球されてから静止するまでのチームコミュニケーションと行動の流れ】
※画像は日本オリンピック委員会のカーリング競技紹介ページから引用、吹き出しは(本稿の説明趣旨に沿うように)筆者が想像して追加

 なおご参考までに、チーム内でのコミュニケーションの際、ハウス近辺でのストーンの位置については簡潔に言えるように「1~10の十段階の数字」で表現することが一般的です。

※ハウス画像はワールドカーリング 競技規則より引用

<i) 情報収集(予測)>
 ストーンが投球された後、ストーンの横についているスウィーパーは、スウィープするかどうかを独断で判断して勝手に行うということは基本的にはしません。まずはストーンが滑っている様子を観察しながら、ストーンが滑るスピード感やハウスとの距離感を見ながら「このままストーンが進むと、どの位置にストーンが止まりそうか」という予測をハウスにいるスキップに伝えます。その際、カーリングではストーンが止まる位置を端的に伝えられるように、ハウス近辺の氷上のスペースを1~10の十段階の数字で表現するケースが一般的です。
 画像i)の例では、スウィーパーが『3!、、3!、、4!』と言っていますが、これはストーンが滑り出した当初は3の位置(ハウス手前で、ハウスに入らない位置)に泊まりそうだが、だんだんとストーンが滑っていくにつれて、当初思っていたよりもストーンの減速が見られず、途中で予測を更新して4の位置(ハウスの手前側でハウスに入った位置)に止まりそうになったことを表しています。このように、ストーンや氷の状況によってストーンが止まる見込みの位置は変わっていきますので、スウィーパーは常に予測をし直してスキップに共有する役割を持ちます。なお、ストーンのスピードを把握し止まる位置を判断する能力を「ウェイトジャッジ」と言いますが、これはスウィーパーに求められる最重要スキルの一つです。

<ii) 意思決定(計画変更を含む)>
 スウィーパーから伝えられたストーンの予測情報を元に、スキップは「投球前に考えていた当初の狙いのまま(プランA)で良い」または「当初の狙い通りにはいかなそうなので、代替案(プランB)に切り替える」のかを判断します。スキップはあらかじめプランA以外のプランB、プランC、、、を考えておくことが重要で、また必要に応じてチームメンバーにも前もって伝えておきます。ただ、時には事前の想定していた以上のことが起こる(例:思っていたよりもストーンが伸びる=進む距離が長くなりそう、曲がり方が大きい、など)ので、その時のあらゆる状況を踏まえてスキップは最善の策を選択します。また、スキップが一人で考えるだけではなく、スウィーパーや投球者からも「こっちの案はどう?」と意見が出ることもあるので、その意見も踏まえてスキップは意思決定します。
画像ii)の例では、ストーンが当初の狙い(例:ハウス手前の3の位置に置くガードストーンを作る)よりも滑っておりハウスの中に入りそうなので、ハウスの中心に近い6の位置にストーンを置くドローショットに作戦を切り替えています。

<iii) 行動指示と実践>
 スキップは、判断した内容に基づいて、当初の狙い(プランA)もしくは代替案(プランB)が実現できるように、進んでいるストーンに対してコントロールを試みます。つまりスウィーパーに対して「スウィープするのかしないのか(さらにはスウィープの仕方)」を掛け声で指示します。よく使われる掛け声としては『スウィープ!』や『イエス!』が「スウィープしろ」、『ウォー!』や『アップ!』が「スウィープするな」という指示ですが、最近はより細かくストーンをコントロールするためにスウィープする人(方向)を指定するケースも多く見られます。この際、スウィーパーや指示に従って行動するのですが、行動の最中も常にi) 情報収集(予測)は行っており、スウィープすることによってストーンがどこまで進みそうかを確認して予測をスキップに伝え続けます。そしてスキップはプランを切り替えるかどうかを継続的に判断し、スウィープの指示をし続けます。このやり取りが、一つのストーンが投球されてから静止するまでの間に何回も何回も繰り返されることで、チームとして少しでも有利な試合展開に近づけるようにします。
 画像iii)の例では、ハウスの中心に近い6の位置にストーンを置くドローショットに作戦を切り替えたので、このままだと4の位置にストーンが止まりそうで届かないので『スウィープ!』と指示を出してストーンの進む距離を伸ばすよう試みています。スウィーパーはスウィープし続けながらも、ストーンの止まりそうな位置を伝え続けます。スウィープによってストーンの止まりそうな予測位置が4から5、6と変化していけば、おそらくスキップからの指示も変わるでしょう。

 実際のオリンピックでの女子日本代表の試合でも、上記でご紹介した『情報収集(予測)~意思決定(計画変更を含む)~行動指示と実践』によって、ストーン投球後に作戦変更してショットを成功に導いた場面がいくつも見られました。このような、チームが一丸となって状況変化に適切に対処して良いプレーをもたらすという一体感が、カーリング競技の醍醐味の一つと言えるでしょう。

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 以上、長文でしたがカーリング競技に隠された「ビジネスの事業実行を成功に導くヒント」をご紹介しましたがでしたでしょうか。
最後に、このヒントをビジネスの実務に活用する際の重要なポイントを述べておきます。それは、「自分たちが実行している事業が、行動を変えて結果に影響を与えることができるのかどうか」ということです。例えば事業のライフサイクルが短くスピード勝負だと、いちど計画を立てて実行段階に移ってしまうと、後から計画変更して行動を変える余地が少なくなるため、事業が進行中のうちに何か手立てを打って事業成功の可能性を高めることが難しいと言えます。「実行段階でどのような手段を取ることができるのか」をあらかじめ把握しておくことで、状況変化に応じて予測を見直て(実践可能な範囲での)対策検討と実施が効果的に行えるようになります。

 今回ご紹介した内容以外にも、カーリング競技の様子がビジネスの現場で生かせる点はあると考えています(別の機会で取り上げるかもしれません)。皆様も、今後カーリングの試合を視聴する機会がありましたらぜひチームのコミュニケーションや行動に注目して見てみてください。実務に役立つ思わぬヒントが転がっているかもしれません。

(楠井 悠平)

(注1)スウィーピングがストーンの進む軌道に与える影響のうちストーンの曲がり幅についてですが、従来は専ら「スウィープすることでストーンの曲がり幅は抑えられる(ストーンを『より曲げたくないとき』にスウィープする)」と考えられていました。しかしここ10年ほどの技術と素材の進化により、スウィーピングの仕方によっては「スウィープすることでむしろストーンの曲がり幅を大きくすることも可能である」ことがわかってきました。この点に関するいわゆる「スウィーピング問題」は、ここ10年ほどの世界のカーリング界で最も悩ましい問題の一つとして大論争を巻き起こしてきました。現在は、ブラシの素材やスウィーピングの方法に制限を設けた上で、スウィーピングによりストーンの曲がり幅を大きくすることもテクニックの一つとして広く認知されるようになりました。例えば、今回のオリンピックでの日本女子代表の試合の映像を見ると、スキップからの「曲げ!」というコールは「ストーンをより曲げるようにスウィーピングをしろ」という指示であることがわかります。

(注2)同じカーリングでも、パラリンピック競技である「車いすカーリング」(選手は車いすにのってプレーする)では、スウィーピングがルールで禁止されています。そのため、ストーンが投球されてから静止するまでの間にストーンの軌道に影響を与えることができず、実際の試合でもストーン投球後に頻繁に会話をすることはなくストーンが進む様子をチームで見守ることが一般的です。