「意思決定」に関する学問は、その学術的進歩の大部分が20世紀の米国で起こりました。弊社ソフトウェア・サービスの基礎となる方法論である「戦略意思決定手法(Strategic Decision Management)」および「仮説指向計画法(Discovery Driven Planning)」はいずれも、米国における意思決定学の発展の中から生まれています。 しかし、意思決定そのものは時間・地域に関係なく、太古の昔から地球上のあらゆる場所で行われており、もちろん日本(日本人)も例外ではありません。そこで今回のコラムでは、日本人の意思決定についてその特徴を一冊の文献からご紹介します。
 ここで取り上げる文献は京極純一著『日本の政治』(東京大学出版会、1983)です。東京大学名誉教授である著者が担当していた政治学の講義内容をまとめたもので、日本政治の特徴について制度的視点および文化的視点から考察しています。今回は、意思決定が行われる典型例ともいうべき「政治」という観点から、『日本の政治』で述べられている意思決定のあり方についてご紹介します。

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 『日本の政治』では、典型的な日本人の集団の特徴として、新規事項の意思決定プロセスは以下のように位置づけられています。
(1) 現状維持ないし伝統志向(いわゆる保守主義)の共通背景
(2) 提案段階における「和の秩序」の働き
(3) 実行段階における結果の成否と集団の対応

(1)について、『日本の政治』では人々が行動する際の基準であり秩序と人生を保証する働きをするものを「ノモス」と呼んでいます。また、ノモスによって形作られた秩序が破壊された場合に、その混乱状態から回復し人生と社会と歴史に意味のあることを最終的に保証するものを「コスモス」(意味の宇宙)と呼んでいます。今日までの日本には、集合体を永遠の実在とする「集合体コスモス」が底辺にあり、その上にさまざまな規範が「ノモス」として存在していると論じています。その「ノモス」の代表的なものとして、集合体が集合体であり続けることを第一目的とする規範=伝統志向が働きます。特に、集団が新奇な局面に直面し、かつ対応する制度が不明確な場合には、権威者の決定に一義的に集団構成員が従い、決定には保守主義の路線が採用される確率が高くなります。

 (2)について、『日本の政治』では日本における秩序の特徴として、集団の内側と外側の世界を質的に区別し、内側の世界では対立抗争を回避し、内部平和を主眼としたコンセンサスの合意を重んじて決定がなされるとしています。そのような「和の秩序」の中で、新規事項が集団に受け入れられる手段として、それぞれ「根回し」と「甘え」の2つのキーワードが挙げられています。
 前者の方法は、根回し、つまり時間と手間をかけて周到に事前工作を行うことで、集団の中で予めコンセンサスを得ておく方法です。提案者は集団の成員とこまめに対話を行い、相手の真意を察して自らへの支持取り付けに腐心することで提案を支持する多数派を形成し、全員一致を目指すというものです。なお少数派がいて説得に応じない場合には、「決定手続きを役職者に一任すること」についての同意を少数反対派から取り付けることを狙います(この同意が得られれば、決定案の内容についてではなくとも、決定手続きについて全員一致が実現します)。それでもなお少数派の抵抗が強固で役職者一任の同意を得ることもできないときは、根回しの失敗、つまり集団の「和」を重視して提案を放棄し現状維持にとどまることになる(多数派の敗北)か、集団の「和」が崩壊し多数派少数派の対立抗争の表面化となります(兵乱の政治)。根回しにおいて大事なのは、集団の全員一致が最終目標であり、多数派の形成はあくまでその前段階に過ぎないということです。
 一方、後者の方法は、根回しのような事前工作なしに新規提案を主張し続けていると、時と場合によって支持が得られることがあります。ただ、それは提案内容の長所を評価されるのではなく、いわば子どものワガママのように受け取られ「そこまで言うのであれば、ともかくやらせてみるか」という「甘えの許容」から生まれるものです。『日本の政治』では、日本における集団関係の基準点は、母親と幼児の間の庇護と依存の関係であると述べられています(母性社会)。したがって、「母」=集団の権威者は、「子ども」=集団の構成員の自らへの依存を持続させるため、器量の大きさ・甘やかしを見せたがる傾向にあります(なお、このような慈母像は「親心の政治家」の志向すべき目標ともされ、地元への利益誘導に熱心な国会議員に垣間見ることができます)。このように集団の権威者が理解を示すと、その空気が(権威者の顔色をうかがっていた)集団の成員に瞬間的に伝播し、期せずして全員一致へとつながることがあります(ただし、この全員一致は積極的な全員一致ではないため、(3)で述べるような支持の崩壊が見られやすくなります)。

 (3)について、『日本の政治』集団の支持を得て新規計画が実行され、状況が良い(ように見える)間は、コンセンサスによる支持が持続するものの(勝てば官軍)、成果が思わしくない(という予想や不安が強くなった)場合、コンセンサスによる支持は分解し、「意思決定の時は空気に引きずられた」という過去の再構成により保守派と新奇派が対立します。その後は、保守派が復権して新規計画が白紙に戻るか、新奇派が乗り切って計画を続行するか、反揆が反揆を呼び内紛が続くか、のいずれかとなりますが、いずれにせよ過去のコンセンサスに縛られることなく、現在の状況によってその都度集団の支持を受け続ける必要があることを示しています。

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 以上、『日本の政治』より日本人の新規事項の意思決定プロセスについて簡単に紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。意思決定の品質向上に重要な役割を果たしている「合理性と合意性」という点では、日本型の意思決定プロセスは合意性をかなり重んじたものであるということができるでしょう。

 ただ、この合意性は日本的な文化を共有する集団という前提の下での話です。共有する文化が異なれば、意思決定プロセスで重要視されるポイントも異なるので、相互の文化への理解が欠けていると文化間の対立が引き起こされる恐れがあります。グローバル化が進んだ現代では、多様な文化をバックグランドにした人々がコミュニケーションを取って意思決定を行っていく必要があります。そのためには、意思決定のプロセスや基準などの各文化固有のフレームを統合し、各文化の長所を生かしたグローバルなフレームをつくる必要があるのではないのでしょうか。その第一歩として、京極教授の考察など、私たち自身の意思決定の文化をよく知っておくことが大切ですね。

(楠井 悠平)