今年に入り、「ポートフォリオマネジメントを始めたい」、「ポートフォリオを構築したい」といったご要望をいただくことが多くなりました。ビジネスにおけるポートフォリオとは、事業・製品・プロジェクト、およびそれらの戦略の組み合わせを表します。ポートフォリオマネジメントは、収益性・効率性・規模など、異なる特性をもつ事業・製品・プロジェクトをいろいろ組み合わせて、最も少ないリスクで最も大きなリターンを得られる組み合わせは何かを探索し、企業全体の最適化を図る意思決定・管理手法です。
このように全体最適を目指し、最適な意思決定をポートフォリオマネジメントによる定量評価を通じて実現する認識が浸透してきていることを実感します。
今回はポートフォリオ構築プロセスで起きやすい問題についてお話をしたいと思います。
ポートフォリオ構築プロセスでよく起きる問題は、目的を達成するための必要十分なデータが最初の段階ではそろわないことが多いということです。私たちがこれまでお手伝いしている会社の例では、ポートフォリオマネジメントを実施する目的は比較的明確な場合が多いです。例えば、ポートフォリオに含む製品・事業の範囲はどこまでなのか、何を評価のものさしとするのかといった項目です。
ところが、実際には目的が明確であっても、評価のものさしである評価指標がすぐに把握できるようになるとは限りません。ポートフォリオの対象となる個別案件に共通するポートフォリオの収益構造を定義することは容易でも、対象となる案件のすべてが評価指標を求めるために必要なデータをそろえてはいないことが多いのです。「データがそろっていない」とは、具体的には次のような例があります。
(1)評価指標の値が想定より足りない・・・売上などの評価指標の計算値が会社の計画値など、想定していた値に足りない場合。これはポートフォリオの当初の範囲設定が狭く、実は対象となる案件がもっと多いことがポートフォリオを構築してはじめて判明するためで、それらの案件に関する追加データを集める必要がある
(2)評価指標を求めるデータはそろっているが、その指標の目標値となるデータ設定がない・・・例えば評価指標が会社の費目と異なるため、予算上の目標値としては存在しないことがある。データ設定が目標と現状のポートフォリオの差を測定する「ギャップ分析」ができないので、評価指標として機能しない
(3)評価指標を求めるデータはそろっているが、データの精度にばらつきがある・・・例えば開発の評価指標を構成するデータは精度が高いが、売上の評価指標を構成するデータの精度が低いといったばらつきがポートフォリオの中に発生することによって、評価指標間の精度もばらついてくる
このような、見たい指標を導くためのデータが足りない、十分ではないことが判明するのは、収益構造を定義し、今あるデータを投入してから、現在のポートフォリオを確認している最中の場合が多くあります。この結果、ポートフォリオ構築の目的に合わせてせっかく多くの評価指標を準備しても、投入した各案件のデータの状態によって使えない評価指標が出てきます。
このような「見たい評価指標」と「使える評価指標」の齟齬を埋めるために、足りないデータを再度収集・整備する、あるいは収益構造の定義(モデリング)を見直すといった、いわば逆戻りのプロセスを経ることが頻繁にあります。このようなことが起こるのは、個別評価と異なり、ポートフォリオの構築ではどうしてもデータ収集の対象となる部門やステークホルダーが広がるため、その広がりを目的設定の段階だけではきっちり見極めることができないからです。また、ステークホルダーからデータを取りまとめてポートフォリオの構築する担当者自身も、ポートフォリオができてから初めて気づくことが多いからでもあります。したがって、ポートフォリオ構築の初期の段階には、このような逆戻りのプロセスも含めた試行プロセスがどうしても必要となるのが実際のところです。
昨年私が参加した医薬品ポートフォリオマネジメントのカンファレンスにおいても、ある製薬企業がポートフォリオマネジメントにおける成功要因として「ゆるぎないデータ収集と検証のプロセス」と「1回限りではない取り組みの継続」を挙げていました。ポートフォリオ構築のプロセスは、今までとは異なる鳥瞰図を描くようなプロセスですので、試行錯誤がつきものです。まさに「ポートフォリオは1日にして成らず」で、一見無駄な行きつ戻りつを繰り返しているようでも、着実に前進しているのです。
私たちもその一助となるべく、ともに前進したいと思っています。
(井上 淳)