先日、折に触れて助言をいただく方から薦められ「失敗の本質」を読みました。その際に、「目標が明確に共有されていないと、組織は必ず失敗する」という助言もいただきました。組織の全員が全力を尽くすとしても、何に向かって全力を尽くすのかを明確に共有しなければ必ず失敗する。この冷徹なメッセージを戦史の研究から導き出しているのが「失敗の本質」です。

「失敗の本質」(ダイヤモンド社、中央公論社)は、1984年初版で近年も版を重ねていますので、読んだ方も多いのではないかと思います。日本軍を題材にしており60年以上前のケースが考察されていますが、古すぎることはなく、複雑で不確実な状況での意思決定と実行が求められる現在にも、重要な示唆を与える著作だと考えます。

本書で論じられている失敗とは、個人の失敗ではなく、組織の失敗です。しかも、平時ではなく、危機においてどうであったかという問題意識です。日本軍という組織に、敗北に至る組織的な問題があったのではないか。日本軍という国家の命運を担った組織の問題を明らかにすることができれば、今後の企業や国家といった組織活動に役立てることができるのではないか。このような問題意識から、戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎の6名が執筆しています。

まず本書では、日本軍が実行した6つの作戦を紹介しています。ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦の6つですが、失敗を分析するために選ばれているだけあり、作戦の立案から実行へ、そして各作戦において敗北に至る記述は、ページを捲るたびに背筋が凍るような恐ろしさです。この恐ろしさがどこから来るのか、本書の考察を参考にし、私には特に以下の3点が感じられました。

1.目的があいまいなこと。
作戦の目的があいまいなため、現場で良かれと思い工夫することが、かえって作戦を崩壊させていく。また、短期志向(行き当たりばったり)を助長し、全員が努力してもいつまで経っても問題解決に至らない。個別最適と全体最適の不一致ともいえるが、そもそも全体最適が定義されていない。

2.科学的・論理的意見が無視されていくこと。
どの作戦にも事実に基づき科学的・論理的に警鐘を鳴らす人がいたにもかかわらず無視されており、楽観的な精神論が優先されている。事実から学習し、組織を変革する風土が欠落している。人間関係・組織内融和を尊重し、組織目的を見失っている。

3.状況の変化への対応が不足していること。
戦況は刻一刻変化しており、作戦立案時の想定が実行時には変わっているにもかかわらず、当初案を実行してしまう。特に、敵の変化を作戦に変更反映させず、惨敗を喫する。次の作戦に影響する情報を適切に収集せず(伝達せず)、作戦の立案段階で破綻している。

この「失敗の本質」についてご紹介しようと考えていたところに、今月発売のDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー2012年1月号(ダイヤモンド社)が「検証 失敗の本質」という特集を組みました。その副題は「リーダーシップ不在の悲劇」です。「失敗の本質」の考察を、リーダーシップの問題だけに絞り込むのは、いささか単純化しすぎているように思いましたが、以下のような興味深い指摘もありました。

「検証 失敗の本質」特集には、「失敗の本質」の著者から野中氏、杉之尾氏、戸部氏の3名が寄稿しています。その中で、杉之尾氏が、「失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか」という小論で、失敗から学習することの重要性を強調しています。

杉之尾氏は、まず真実究明の意義を強調したうえで、「日本では、軍事に限らず組織の失敗において、真実の解明が難しい。東日本大震災後の政府や東京電力の組織的対応を見る限り、不透明な意思決定、不明瞭な情報公開、非常時とは思えない対応の遅さ、また、中央と現場との葛藤など、「不都合な真実」を組織ぐるみで隠蔽する体質が透けて見える。」と指摘しています。日本の組織は、日本軍の時代から進歩していないということでしょうか。また、続く文章で、1924年に日本で発明された八木アンテナを、イギリスとアメリカがレーダー等の技術として活用・改善したにもかかわらず、日本の利用が遅れて甚大な損害を被ったことに対して「目利きのできないトップが、イノベーションの芽を埋没させる好例であろう」と述べています。科学技術の利用が不足したという指摘は「失敗の本質」にも見られますが、今月の特集ではより具体的な事例とともに紹介されています。

「失敗の本質」では、目的が不明確であることや、学習が不足していることは、それぞれ無関係なのではなく、一定の相互関係がある、と指摘しています。そして、このような組織特性を打破していくためには、組織の自己革新が必要である、と論じています。組織の自己革新には、不均衡の創造(変異、緊張、危機感)、自律性の確保(ガバナンス)、創造的破壊による突出、異端・偶然との共存、知識の淘汰と蓄積、といった条件を挙げたうえで、最後にビジョン(組織目的・理念)の共有を強調しています。

この結びの部分だけを読むと、他のビジネス書にも書いてあることのように思えます。しかし、人命を賭した国家の総力戦で決定的に敗北した事実から導き出された論考には、言葉に尽くせない重さを感じます。本書には、このコラムにはとても書ききれないほどの示唆があり、ご興味のある方には是非一読をお勧めいたします。

「失敗の本質」を読んで感じた一番の恐ろしさ、それは実際のところ、決して他人事ではないと思えたことでした。自己革新を怠らず、新たな地平に向かう決意を胸に、この一年を締めくくりたいと思います。

本年は、日本と世界にとって忘れ難い厳しい一年でありましたが、皆様には一方ならぬご厚情を賜り誠に有難うございました。皆様にとりまして、新たな素晴らしい一年が訪れることを心から祈念申し上げます。

(小川 康)