皆様、日々大変お忙しく過ごしている方が多いのではないかと思います。かく言う私も、毎日あれこれと仕事の山に向かっています。日頃たくさんの方にお会いしますが、懸命に努力している人がとても多いと感じます。皆様の周りでも、多くの方がひたすら熱心に仕事をしている状況は同じではないでしょうか。

 そこで、ふと私は思うのですが、これだけ多くの人が、日々懸命に努力しているのに、何故日本の景気は良くならないのでしょうか?もしかすると、何かが大きく間違っているのではないでしょうか?この答えが簡単に見つかるようなら、安倍首相以下、誰も苦労しないと思いますが、景気浮上に国を挙げて取り組んでいる今、成果が出るべく正しく努力できているのか、闇雲に努力しているだけなのか、あらためて考えるべきタイミングではないかと考えます。

 企業間の競争がグローバルに激化している今、ヒントになるのは、他国との比較です。他国との比較という視点で、日本企業の競争力に関する通説を覆す論文を読みましたので、読者の皆様にご紹介したいと思います。タイトルは「日本企業の競争力はなぜ回復しないのか」で、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の野間幹晴准教授が一橋ビジネスレビューの2010年8月号に掲載した論文(注1)です。

 論文では、株主への配当や設備投資等多岐にわたる分析が行われていますが、特にご紹介したいのは、研究開発(R&D)投資に関する分析です。一般的に、「アメリカ企業は短期的あるいは近視眼的な経営を行うのに対して、日本企業は長期的な視点に基づいて研究開発投資を行っている」と言われることがあります。しかし、この通説が成立していないことを、この論文ではデータを分析して示しています。分析の結果、研究開発投資では、アメリカ企業と比較して、日本企業の方が近視眼的と言える、と指摘しています。

 野間先生の分析は、日本・アメリカ・イギリス・カナダ・ドイツ・フランス・韓国の7カ国で、1985年から2009年までの間で研究開発投資を行っており、2年連続でこれらのデータが取得できる企業を対象に行われました。データベースにはトムソン・ロイターのWorldscopeが使われています。研究開発投資に関する主な発見事項は以下の4点です。

1.7カ国を対象にした分析によると、研究開発投資は競争優位の源泉なので安易な削減は望ましくない、という考え方については、国によって大きく異なる可能性がある。

以下ご紹介する内容と合わせて考えると、7カ国の比較のうえでは、日本では研究開発投資の安易な削減が望ましくない、とは考えられていないようなのです。

2.1985年から2009年までの全期間において研究開発投資を削減した企業の比率が最も高いのは日本であり、しかも、比較7カ国の中で、その高さが際立っている。

3.研究開発投資を削減したアメリカ企業の比率は、7カ国中2番目に低い。日本と相対的に比較すると、アメリカ企業の経営者は長期的視野に立っており、安易に研究開発投資を削減しないと解釈するのが妥当である。

4.日本企業の国際競争力が賞賛された1980年代後半でも、日本企業が研究開発投資を削減する傾向は他の国の企業よりも高く、一方、アメリカ企業はそれほど研究開発投資を削減しなかった。

 この分析は、前年からの削減に注目したものですから、そもそもの研究開発投資の絶対額や売上比率が気にはなるものの、増減が頻繁にあるということは、野間先生が指摘するように長期的視点が弱いと言えると思います。更に、この論文では、日本の全上場企業を対象に行われた調査結果(有効回答数619社、須田・花枝(2008)(注2))も紹介されています。その中でも、野間先生の分析と関連するのは、「自社が公表した利益予想値を達成するためには、企業価値を犠牲にしてもよい、と回答した企業は56.1%」という結果です。

 以上が、野間先生の論文の一部の紹介です。研究開発投資は結果が出るまで時間がかかる投資であり、長期視点を要するものです。しかし、残念ながら、日本企業が長期視点に立った研究開発投資を行っているという通説は、7カ国の相対比較では成立していませんでした。経営者から約束されたと思われていた研究開発費が年度後半に削減されてしまう、というのは弊社が顧客企業の研究開発部門の方からよく聞くことでもあり、現場感覚がデータに基づく分析によって、裏付けられたように感じました。

 長期的な努力を要することを、短期に変動させてしまっては、成果が出ないのは当然です。しかも、企業間の競争がグローバルになっている今日、他国との比較で日本企業が近視眼的と指摘されていることは、長期的なグローバル競争に負ける原因を指摘されているわけであり、看過してはならないと思います。日本の景気が良くならない要因は多岐にわたると思いますが、研究開発投資の長期的視点を強化することを再考すべきではないでしょうか。

 長期的視点と言えば、コラム70号でご紹介した、Amazon.comの経営方針が思い出されます。Amazon.comの経営者ジェフ・ベゾス氏は、「株主・顧客・社員への手紙」にこう書いています。「会計上の見かけを良くするか、将来のキャッシュフローの現在価値を最大するかを選ぶとしたら、私たちは後者を選択します。」
http://www.integratto.co.jp/column/070/
とは言ってもこれはなかなかできることではないな、などとは言わず、今こそ長期的視点の強化を実行すべきではないでしょうか。

 告知になりますが、弊社では来る12月10日(火)に、「未来を構想するテクノロジー」~経営理論とITの活用による中長期の成長実現~と題したセミナーを開催します。NTTドコモのiモード立ち上げで有名な夏野剛氏が「IT時代に求められるリーダーの責任」について講演し、大阪ガス様から「大阪ガスにおける投資評価の取り組み」、千寿製薬様から「千寿製薬における事業投資評価の取り組み」と題した、中長期の取り組みに関する貴重な事例をご紹介いただきます。既に250名以上の申し込みをいただいていますが、大きなホールですので、まだ席には余裕があります。セミナー出席のお申込みは、こちらのホームページからお願いします。
http://www.integratto.co.jp/bi/seminar/20th201312.html
皆様のお越しをお待ち申し上げております。

(小川 康)

(注1)野間幹晴 2010. 「日本企業の競争力はなぜ回復しないのか」『一橋ビジネスレビュー』58(2): 74-89
(注2)須田一幸・花枝英樹 2008. 「日本企業の財務報告-サーベイ調査による分析」『証券アナリストジャーナル』46(5): 51-69.