3月14日に北陸新幹線の長野~金沢間が開業しました。この新幹線開業により、東京~富山間・東京~金沢間がそれぞれ最速で2時間8分・2時間28分と従来の鉄道路所要時間より1時間以上も短縮されました。富山県出身の筆者としては、「北陸新幹線」イコール「県民の悲願(夢物語)」との認識の中で育ちましたので北陸新幹線の実現は大いに感慨深いものがあります。開業以降まだ北陸を訪れていませんが地元はさぞ盛り上がっていることでしょうし、その反面「開業フィーバー」が落ち着いた後、どの程度の新幹線効果が実際として見られるのか気になるところでもあります。
 北陸新幹線の開業による富山県・石川県への経済効果については、日本政策投資銀行の北陸支店・富山事務所が2013年3月にレポート(以下、「DBJレポートと呼びます)を発表しています(注1)。DBJレポートによると、新幹線開業に伴う首都圏からの観光客・ビジネス客の流入増加により、年間の経済波及効果は富山県で約88億円・石川県で約124億円もたらされると試算されています。
今回のコラムでは、弊社ビジネスシミュレーションソフト「デシジョンシェア」を使い、DBJレポートで用いられた経済効果推計モデルを簡素化した上で初期的なシミュレーションを実施してみたいと思います。

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 今回のシミュレーションに当たっては、基本的にDBJレポートで使用されている経済波及効果推定モデルを簡素化した以下のものを用います。またデータについてはDBJレポートと同じ数値を基準値として用い、変動要素を設定する項目については一律プラスマイナス20%分の変動幅(最小値は基準値より20%分小さい値、最大値は基準値より20%分大きい値)を設定します。評価指標については、経済波及効果合計の富山県分・石川県分・両県合計の数値を用い、また両県全体における各県の数値割合も算出しています。DBJレポートでのモデルの詳細やデータの出典につきましては、レポートをご確認ください(注1)。
<モデル>
・年間観光客増加数+一人当たり観光客消費単価=観光による年間経済効果(直接効果)
・年間ビジネス客増加数+一人当たりビジネス客消費単価14,622円/人=ビジネスによる年間経済効果(直接効果)
・観光による年間経済効果(直接効果)+ビジネスによる年間経済効果(直接効果)=経済効果(直接効果)
・経済効果(直接効果)×係数=第1次間接波及効果
・(経済効果(直接効果)+第1次間接波及効果)×係数=第2次間接波及効果
・経済効果(直接効果)+第1次間接波及効果)+第2次間接波及効果=経済
波及効果合計
 ※第1次間接波及効果(来訪客に提供する財・サービスの生産増加効果)・第2次間接波及効果(県民所得増加による消費増加効果)の算出については、DBJレポートでは各産業別に金額を分解した上で産業連関表を用いて投入係数・逆行列係数・自給率などを考慮して算出していますが、今回のシミュレーションで簡便化のため、波及効果の金額がDBJレポートと一致するように逆算して求めた係数を所与のものとして利用します。
<インプット項目(変動要素):基準値>
・年間観光客増加数:富山県約106,000人/年、石川県約182,000人/年
(ちなみに、増加率で表現すると富山県で23.3%、石川県で30.1%の増加に相当)
・観光客一人当たり消費単価:富山県38,839円、石川県33,435円
・年間ビジネス客増加数:富山県約106,000人/年、石川県約138,000人/年
(ちなみに、増加率で表現すると富山県で21.6%、石川県で27.8%の増加に相当)
・ビジネス客一人当たり消費単価:両県とも14,662円
 ※ビジネス客一人当たり消費単価については、DBJレポートでは県別の来訪者数データが得られないとのことで全国平均値を用いていますが、今回のシミュレーションでは、富山県・石川県でそれぞれ別箇のデータ項目(数値は同じ14,662円で入力)としています。
<評価指標:インプット項目を全て基準値で計算した場合の数値>
・経済波及効果合計:富山県年間約88億円/年、石川県年間約124億円/年⇒両県合計約211億円/年
・経済波及効果合計の両県全体における各県割合:富山県約41.5%、石川県約58.5%
・増加人数(観光・ビジネス)合計:富山県年間約212,000人/年、石川県年間約320,000人/年⇒両県合計約532,000人/年
・増加人数(観光・ビジネス)合計の両県全体における各県割合:富山県約39.8%、石川県約60.2%

 シミュレーションの方法は、上記モデル・データをExcelで表現した上で「デシジョンシェア」を用いて変動要素に変動幅を設定し、感度分析とリスク分析を使用します。感度分析は、変動要素の数値が最小値~最大値まで変化した時の評価指標に与える影響(評価指標の変化幅)を各変動要素一つずつ計算し、重要な影響要因を探索する分析です。またリスク分析は各変動要素の確率分布に基づき将来のシナリオを500回~最大10万回発生させ、評価指標に対する各種統計指標や目標達成確率を算出する分析です(注2)。

<感度分析結果>
各インプット項目(変動要素)にプラスマイナス20%分の幅を付けて感度分析を実施した結果は以下の通りとなりました。
・経済波及効果合計(富山県)
富山県観光客増加数(変動幅84,673人~127,009人):75億円~100億円
(25億円分の感度)
富山県観光客単価(変動幅31,071円~46,607円):75億円~100億円
(25億円分の感度)
富山県ビジネス客増加数(変動幅84,847人~127,271人):83億円~92億円
(約10億円分の感度)
富山県ビジネス客単価(変動幅11,698円~17,564円):83億円~92億円
(約10億円分の感度)
・経済波及効果合計(石川県)
石川県観光客増加数(変動幅145,600人~218,400人):105億円~142億円
(37億円分の感度)
石川県観光客単価(変動幅26,748円~40,122円):105億円~142億円
(37億円分の感度)
石川県ビジネス客増加数(変動幅110,400人~165,600人):118億円~130億円
(約12億円分の感度)
石川県ビジネス客単価(変動幅11,698円~17,564円):118億円~130億円
(約12億円分の感度)

 今回設定した変動幅が一律20%であることから、消費単価が高く(石川県では)人数も多い観光客の数値の方が、ビジネス客の数値に比べて変動幅が大きくなり、その結果経済効果に与える影響度も大きくなるのは自然な結果と言えます。
 なお、観光客の増加とビジネス客の増加についてWhat-If分析で個別に検証してみたのですが、富山県の観光客が20%増加した場合(105,841人→127,009人)には人数としては21,168人増加で両県合計の経済波及効果は224億円(基準値より13億円プラス)になるのに対し、富山県・石川県両県のビジネス客が20%増加した場合(富山県106,059人→127,271人、石川県138,000人→165,600人)には人数としては両県合計で48,812人も増加するのに両県合計の経済波及効果は222億円(基準値より11億円プラス)と、前者の場合より少ない結果にとどまります。目標を単に来訪者数の増加とするのであれば、観光でもビジネスでも同様に人を増やすことが等しい効果となります。しかしあくまで経済効果を狙うのであれば、より単価が高い観光客に重点的にPRするのが得策であり、もしくはビジネス客に対しては、個別ビジネスマン向けよりはより効率的に人数を増やせるように事業所単位など包括的にアプローチする施策を打つのが有効であることがうかがえます。

<リスク分析結果>
 各インプット項目(変動要素)にプラスマイナス20%分の幅を付けて、確率分布(三角分布、最小値確率10%・最大値確率90%)を設定した上でリスク分析(サンプル数1万回)を実施しました。その結果得られたサンプルに基づいて算出した各評価指標における信頼区間(90%の確率で、評価指標はこの範囲内の数値になる)は以下の通りとなりました。
・経済波及効果合計(富山県):65億円~112億円
・経済波及効果合計(石川県): 91億円~159億円
・経済波及効果合計(両県合計):172億円~255億円
・経済波及効果合計の両県全体における富山県の割合:32.5%~50.9%
・増加人数合計(富山県):175,674人~248,475人
・増加人数合計(石川県):264,965人~375,847人
・増加人数合計(両県合計):465,725人~598,405人
・増加人数合計の両県全体における富山県の割合:34.0%~45.8%

 富山県の経済波及効果に50億円近い変動幅が付いており、増加人数や消費単価の増減によって経済波及効果が大きく変わり得ることが示唆されます。また上記結果のうち特に興味深いのは経済波及効果合計の両県全体における富山県の割合であり、信頼区間90%の上限で50%を超えています。より詳細な確率を「区間データ再計算」機能で算出してみると、経済波及効果で石川県を上回る確率が6.44%あることがわかりました。北陸新幹線開業に当たり、富山県人の中には「北陸新幹線の恩恵は終着点である石川県が多くを享受し、途中点である富山県にはほとんど流れてこないのでは」という懸念を抱いている人もいるのではないかと思います。
その懸念に対して上記結果を以て答えるとするならば、「観光客・企業へのPR戦略や消費単価の増加策(例:宿泊を伴うような観光・滞在ケースの提案)が功を奏すれば、石川県に匹敵する・あるいはそれ以上の経済波及効果をもたらすことも全くの不可能ではない」ということが言えます。
 ちなみに増加人数の両県全体における富山県の割合で「区間データ再計算」機能を用いると、増加人数が石川県を上回る確率はわずか0.20%となりました。敢えて富山県と石川県の比較にこだわった見方をするとすれば、「(今後、新幹線開業効果を検証する際に指標として得られらすいであろう)増加人数ベースでの石川県との差に比べると、経済波及効果の金額ベースでは石川県との差は開かない」ということが示唆されます。

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 以上、初期的ではありますが北陸新幹線の経済効果シミュレーションをしてみましたが、いかがでしょうか。もちろん、モデル・データ(変動幅)とも簡易的なものを用いたので、シミュレーション結果をそのまま鵜呑みにすることはできません。ただ、こういった経済効果の推定も、あくまで一定の仮定を置いた状態で将来のことを推定しているのであり、今後より価値を高めていくための施策を検討する材料と位置付けることが望ましいと考えています。今回はスペースの関係で割愛しますが、この考え方を応用し、いくつか想定シナリオを置いたシミュレーションも考えることができます。例えば、DBJレポートでは首都圏客へのPR効果、企業進出、ビジネス客等の日帰り率向上といった要素は考慮されていません。
これらも、適宜モデル・データに反映させることでその影響度合いの検討が可能となります。また、いわゆる個別最適と全体最適の視点、つまり「ある県の過度な観光客PR戦略によって隣県の観光客が奪われてしまい(つまり地域内で観光客を取り合う)、結果として地域全体の経済効果が十分上がらない」といったシミュレーションも、あくまで仮想的な影響の把握という意味合いで実施することができるでしょう。
 読者の皆様にも、ぜひ身近な視点からでもビジネスシミュレーションの考え方を取り入れてみることをお勧めいたします。

(楠井 悠平)

(注1)レポートは日本政策投資銀行Webサイトよりご覧いただけます。
http://www.dbj.jp/investigate/area/hokuriku/
(注2)「デシジョンシェア」や分析機能の詳細については、弊社Webサイトをご参照ください。
http://ds.integratto.co.jp/