最近、特に今年に入ってから、日本企業が海外の企業を買収する「海外M&A」が増えてきました。伊藤忠商事による中国中信集団傘下企業への出資、日立製作所の欧州鉄道車両事業の取得、ブラザー工業の英産業用印刷機メーカー買収、など、1月から3月に限っても海外M&Aのニュースが大きく報じられることが多くなりました。トムソン・ロイターの調べでは、昨年1年の日本企業に関連するM&A額は13年比9%増の11兆7000億円。その中で日本企業による海外企業の買収額は28%増の5兆9000億円。さらに今年1~3月だけで4兆3000億円の海外M&Aが発表されたとのことです。(※1)「日本企業が海外企業をM&A」というのはかつてのバブル期を彷彿とさせますが、その時と背景は異なり、成長の機会を海外に求める日本企業が多くなったことを表していると思われます。
 このようにM&A、特に日本企業が海外企業を買収するM&Aが増加し、M&Aという言葉は浸透しているようですが、どうやってM&Aを進めるのか、ご存知の方はそれほど多くはないかもしれません。今回のコラムでは、買い手の視点からのM&Aのプロセスをご紹介しながら、その中で弊社が手掛けるビジネスプランニングの考え方、手法が役立つポイントについて考えてみたいと思います。

 M&Aのプロセスは、大別すると次の3つに分かれます。
(1)プレM&A(戦略検討・アプローチ)
(2)M&Aの実行(条件交渉から最終契約まで)
(3)ポストM&A(最終契約から統合初日まで)

 (1)のプレM&AではM&A戦略の策定や戦略を基にしたターゲティング、ターゲットへのアプローチなどのプロセスがありますが、この段階で最も大事なのは、買収の目的を固めることです。買収目的が明確でないと、デューデリジェンスで検証すべき論点が定まらない、買収の是非が判断できず、買うことありきになってしまう、買収価格を正当化するための理由づけのみ考えられ、実現可能性の低い計画が策定される、といった後工程での問題につながります。
 これは、弊社が手掛ける事業投資のビジネスプランニングプロセスの最初の段階である「フレーミング」と全く同じです。「今回の意思決定の目的は何か」を定義するのがフレーミングで考えるべきことの1つですが、それと同じように「今回のM&Aの目的は何か」を明確化することがこの段階で考えるべきことです。

 (2)のM&Aの実行段階では、いわゆるデューデリジェンスを基にして、買収価格の算定と条件交渉を行うプロセスです。デューデリジェンス(DD)という言葉はよく聞かれますが、これは買い手が売り手企業に対してM&Aを判断するために行う実態調査です。したがってDDの対象は法務、財務、労務人事・あるいはITといった広範囲にわたることがあります。DDが広範囲となり、法務なら弁護士、財務なら公認会計士といったように専門の担当に分かれると、情報の一元化、共有が不十分になることがあります。したがって、それぞれのDDを集約するコントロールタワーが必要になります。これがビジネスデューデリジェンス(BDD)です。M&Aの目的から検討すべき論点(例:市場環境・競争優位性)を抽出し、買い手による売り手への仮説を立て、その仮説を検証するためにそれぞれのDDを行う、という目的からDDまでの一貫性の確保をビジネスデューデリジェンスが担うのです。それぞれのDDで発見された事項を成長ドライバーや事業の課題として分類し、それらの情報を基に売り手が提出した事業計画を修正した事業計画(修正事業計画)を作成します。この修正事業計画が、買い手の算定した買収価格の根拠となります。
 このBDDにおける修正事業計画の策定は、弊社のビジネスプランニングプロセスのモデルの設計‐データの収集‐分析・評価による実現性・妥当性の検討と同じプロセスと言えます。成長ドライバーやコスト削減によるバリューアップ効果をシナジーとして織り込む際、本当にそれらが実現可能かどうかをシミュレーションによって検討を深めるステップを加えることで、買い手のM&A後の成功のための要件を具体的に把握した状態で最終契約に進むことができます。
(弊社の方法論についてはhttp://www.integratto.co.jp/bi/company/concept/をご参照ください)

 (3)のポストM&Aでは、契約から統合の初日を迎える前に、修正事業計画を実現するためのアクションプランと、統合後のモニタリングの方法を設定する必要があります。また、契約前ではDDを行っても分からなかった情報が新たに得られることもあります。この場合、それらの情報を修正事業計画に反映し、計画の修正と、統合を成功に導くために押さえるべきポイントであるリスク要因の洗い替えを行う必要があります。
 統合後のモニタリングの方法を設定することや、新たに得られた情報を修正事業計画に反映することは、弊社のビジネスプランニングのプロセスの「実行管理」のプロセスにあたります。M&Aの契約という大きな意思決定を行った後、そのM&Aを成功に導く可能性を高めるためには、修正事業計画をM&Aの意思決定のためだけでなく、統合後のマスタープランとして位置づけ、その実現に向けてマネジメントを行う、これが実行管理の狙いです。BDDの段階で立てた仮説を実行段階で得られた情報と対比検証し、仮説が外れていれば修正し、次の打ち手を考えるというサイクルを定期的に実施する、この実行管理のプロセスを早く対象会社の中に構築することがポストM&Aのカギを握ると言えるでしょう。

 弊社のビジネスプランニングのプロセスは主として設備投資や研究開発投資といった社内の投資意思決定とその後のモニタリングに活用されてきましたが、今回ご紹介したM&Aのプロセスにも共通する部分は多いことが分かります。社内投資にもM&Aの投資にも共通することは、その投資を行うことが目的ではなく、投資は会社を成長させるための手段であること、そのためにその投資の是非を考えるための仕組みが必要であることと言えるでしょう。

(井上 淳)

<参考資料>
「ビジネスデューデリジェンスの実務 第2版」アビームM&Aコンサルティング、中央経済社、2010年
(※1)2015年4月12日日本経済新聞「日本企業、海外M&A加速 株主、成長へ圧力強く」