インテグラートは、不確実な事業環境でのビジネスプランニング手法「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning、以下DDP)」をソフトウエアやコンサルティング・研修に活用しています。弊社の小川が執筆した先月のコラム「『逃げの一手』を打てますか?」(http://www.integratto.co.jp/column/121/)でもご紹介しましたので、繰り返しになりますが、DDPの主な特徴は、以下の2点です。

 ①事業は、仮説の割合が高いと失敗しやすいので、仮説を知識に変えていく必要がある
 ②得られた知識(Discovery)を活用して、新たな戦略オプション(事業の修正)を実行する

事業は、仮説の割合が高く、知識の割合が低いと失敗しやすい、逆に言えば、大きな失敗を防ぎ、成功を達成するためには、計画段階では仮説であったものを、早く・安く、知識に変えていくことが肝心です。(詳しくは上記URLをご参照ください)

このようにDDPで非常に重要になってくるのが「知識」です。本コラムでは、まず知識に関する課題のうち、インテグラートと特に関係のある課題を挙げます。次に、知識に関する経営理論を一つご紹介した後に、インテグラートに引きつけて考えてみたいと思います。

知識に関しては、膨大な課題があり、様々な議論が為されています。その中でも特にインテグラートと関連するのは、「知識の属人化」という課題です。「知識の属人化」とは知識が個人にしか蓄積されず、ブラックボックス化してしまう現象です。一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は著書『知識創造企業』の中で、「ある個人のきわめて主観的な洞察や勘(暗黙知)は、形式知に変換して社内の人たちと共有しないかぎり、会社にとっては価値がないに等しい」(注1)としています。また、早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄氏は「特に大きな日本企業では、社員それぞれは優れた知を豊富に持っているのに(個人に保存されているのに)、組織としてそれらを効果的に引き出せないために『宝の持ち腐れ』になっているところも多いように見受けられる」(注2)と述べています。

「知識の属人化」を防ぐには、業務を通して、個人に蓄積されていく知識を組織的な学習に結びつけることが、まずは必要となります。これは、「知の保存」と呼ばれるもので、具体的には「個人が記憶する、モノ・ツールへの保存する、行動習慣や決まり事を埋め込む」という行動になります。重大なテーマではありますが、そこからさらに課題として出てくるのが、いかに、知識を必要なタイミングで引き出せるようにしておくか、ということです。言い換えれば「知の引き出し」をどうするか、ということです(注3)。

入山氏は「日本企業の課題の一つは、個人に知が保存されているのに、それが組織として引き出されないことにある」としています。これは、「個別対応で業務が属人化してしまう。ブラックボックス化して、うまく引き継がれない」というインテグラートがお客様によく聞く課題です。筆者はこの課題をはじめて聞いた際、端的にもったいない!と感じました。折角組織で行動しているにもかかわらず、知識が引き継がれず、結果ゼロからのスタートというのをずっと繰り返しているのは非常に虚しいことです。企業の存在意義にも直結する事業投資業務関連の知識であれば、尚更のことではないでしょうか。

ここで、入山氏が『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』の連載の中で知を引き出す力を高めるのに有用な経営理論として挙げているトランザクティブ・メモリー・システム(以下TMS)についてご紹介します。入山氏は以下のように述べています(注4)。

TMSは、世界の組織学習研究所ではきわめて重要なコンセプトと位置づけられており、その要点は、組織の学習効果、パフォーマンスを高めるために大事なのは、「組織のメンバー全員が同じことを知っている」ことではなく、「組織のメンバーが『ほかのメンバーの誰が何を知っているのか』を知っておくことである」というものです。英語で言えば、組織に必要なのは”What”ではなく、”Who knows what”である、ということです。

このTMSは、弊社の小川がよく話している「個別対応に終始しがちな事業投資の分野に“ものしりおじさん”が居れば良いのに」という考えに似ていると筆者は感じます。“ものしりおじさん”とは、「何か疑問が出てきた際に、まずは誰に聞こうか」(入山氏はこれを「知のインデックスカード」と表現しています(注5))と考えた時に思い浮かぶ人のことを表しています。結果が出るまでに長い時間のかかる事業投資の分野では人の入れ替わりもあり、特に計画数値の根拠等の定性的な情報が失われ易く、“ものしりおじさん”は非常に生まれにくくなっています。また、居たとしても個別対応が多く、ブラックボックス化されており、その人が居なくなると途端に分からないことが多くなります。まさに冒頭に述べたような、「知識の属人化」が起こっているのです。

インテグラートのソリューションは、“ものしりおじさん”(入山氏の言う「知のインデックスカード」)をソフトウエアで実現しようとしています。数字の背後にある根拠等の定性的な情報を重視し、それを蓄積していくことで“ものしりおじさん”を育成していくのです。ご関心のある方は、是非ご意見をお聞かせいただけますと幸いです。

※知識とはなにか、ということについては、様々な議論がありますが、ここでは各人の思い描く知識をすべて知識として捉えることとし、知識とはなにかを定義せずに話を進めました。読者のみなさんが思う知識を当てはめて読んでいただければと思います。また「知」と「知識」という言葉が出てきますが、同じ意味で使っております。

※「知識」に関心のある方は、企業が短期的には「知の深化>知の探索」になりがちであるということを整理した理論「コンピテンシー・トラップ」をご紹介した「短期・長期の視点と、コンピテンシー・トラップ」を是非ご一読ください。
http://www.integratto.co.jp/column/115/

※仮説指向計画法にご関心のある方は、以下の記事をぜひご一読いただければと思います(インテグラートの基礎とする方法論をまとめた全7回の連載記事の第4回がDDPに関する記事となっております)。
「戦略投資とファイナンス(第4回)」http://bizzine.jp/article/detail/134?p=4

(松下 航)

参考文献
(注1)野中郁次郎、竹内弘高著『知識創造企業』1996、東洋経済
(注2,3,4)『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2015年12月号
「世界標準の経営理論第15回 組織学習・イノベーションの理論②」』2015、ダイヤモンド
(注5)入山章栄著『世界の経営学者はいま何を考えているのか』2012、英治出版