イノベーションという言葉が企業のあちらこちらで言われるようになって久しくなりました。変化が早い時代、不確実性と向き合いながら新しいビジネスに取り組まれる企業が多くなっています。
新規事業、研究開発投資、M&A、これまで経験したことのない不確実な新規投資を成功に導くために重要なことは何でしょうか。
今回のコラムでは、そのキーワードになると筆者が考えている「Break the bias(バイアス)」についてお話を進めたいと思います。
先月久しぶりにZibaエグゼクティブフェロー、monogoto CEO濱口秀司氏のご講演を聴く機会を持ちました。USBフラッシュメモリ、イントラネットなど数々の画期的なコンセプトを創り出し、実用化に導くストラテジックビジネスデザイナーです。
テーマは「創造とコラボレーション」。最近企業内外で行うことが増えたコラボレーション(ここでは、グループワークによって人数以上の成果を出すことと定義)について、「正しい」コラボレーションのあり方を検証すべく行われた実験からという、大変興味深い内容でした。(関連する内容が今月のダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されていますのでご参照ください。)
ご講演内容を要約すると以下のようになります。
「凄い」作品を作ることをゴールに、1チーム8名、AからDの4チームに分かれ、ワークの進め方以外は全て同条件とし、60分間のワークを行います。
Aは60分全時間、進め方に指定なし(コラボレーション)、Bは最初の20分間個人ワーク、その後各自のアイデアをシェアし、以降の40分間コラボレーション、Cは最初の20分間個人ワーク、上記同様にシェアし、次の20分間個人ワーク、シェア、最後の20分間コラボレーション、Dは最初の40分間個人ワーク、シェア、以降の20分間コラボレーションという進め方です。
Aは途中、アイデアが散発しますが、そもそも凄いとはどんなことかなど、議論が分散し、深い議論に及ぶことはありませんでした。
B及びDは、個人が出したアイデアの中にあったユニークなアイデアが、そのままチームのアイデアとなりました。
Cは、最初の20分間で出たアイデアに特に目立つものはなかったものの、その後ワークが進み、チームのアイデアが出ました。
より凄い作品はどれか、参加者の判定を数値化したところ、A:7%、B:23%、C:49%、D:21%という結果になりました。
Cはワークの過程で、まず各人が出したアイデアの切り口に着目し、そこに共通のバイアス(既存の思考枠組み)があることを見出しました。
そして、そのバイアスの外に出て発想し創作したものを最終アイデアとしていました。
この結果を受け、メインメッセージとして取り上げられたのは、個人が考え切らないコラボレーションは他人への責任分散と思考停止を生む、よって、そこをいかに刺激するかがコラボレーションによる創造性の鍵である、個人の能力を極大化するための刺激が必要である、というものでした。多くの方々が深く頷いておられました。まさにコラボレーションの盲点が明らかになった瞬間でした。
このことと共に筆者がもう一つ大変興味深かったことがあります。それは、個人が考え抜くことで、アイデア(具体)とともに切り口(抽象)が明らかになること、それが出発点となり、個人のバイアス、さらにグループのバイアスが明らかになり可視化できることでした。さらに、そのバイアスを構造化することによって、バイアスを超えた新規のアイデアに到達するということでした。
バイアスの外にイノベーションの種であるイノベーティブなアイデアが存在しています。その方法は、考え切って出たアイデアの切り口を俯瞰し構造化し(メタ認知と言っても良いのではないでしょうか)、その上で、破る(リフレーミングと言い換えることもできると思います)というのが、Break the biasする方法だということです。 イノベーティブな案の創出に関わる企画者、またその企画を推進するプロセスにも効いてくる方法、ひいてはマインドセットだと言えます。
Break the biasは企画スタッフのみが必要なマインドセットではありません。不確実な投資を意思決定する方々にとりましても重要なマインドセットになります。
イノベーション理論の大家クレイトン・M・クリステンセン氏はその著書の中で、大企業が破壊的イノベーションを起こせなかった理由を分析し、イノベーションに必要な要件として、RPV理論を提示しています。
RPVとは、リソース、プロセス、価値基準のことで、これらが合わさって、組織としての強み、弱み、死角を決定しています。これまでとは異なる新たな取り組みの際には、この3つ全ての見直しが要件となります。しかし、大企業ほど、また、成功体験があるほど変えることを困難にするのです。中でも、最も難しいのが価値基準です。新たなリソースの投入が必要なのは誰もが理解できるところであり、プロセスにおいても概ねそうです。しかし、価値基準は、長年続けてきたこと、習慣、常識、先入観、思考パターンから成り立っているため、容易には変えられない、まさにバイアスとなるのです。
複雑で不確実性の高い投資を可視化し、プロセスをマネージし、組織で共有できるツールがあるからこそ、有効に考え切り、考え続けることができます。また、その手法やツールが、根付き、日々の活動に活かされ続けるためには、新たな手法やプロセスを活用できる価値基準がセットで存在していることが前提となります。そのためのマインドセットがBreak the biasなのではないでしょうか。
Break the biasのためには、まずバイアスを知ることがその始まりとなります。不確実性と対峙しながら未来を創っておられる皆様に、見えない未来を数値化するプロセスの中で、Break the biasにつながるよう、弊社のソリューションを通じバイアスに気づいていただくことを心掛け貢献していきたいと思います。
(大西 美江)
<参考資料>
濱口秀司:Diamond Harvard Business Review, October 2017
クレイトン・M・クリステンセン他:イノベーションの最終解, 2014, 翔泳社