「前任者がExcelで作った事業計画を修正しよう。当時からの変化を踏まえて、現状に即した形に…できない…時間が…(そうこうしているうちに経営会議を迎えてしまい、思わず結果にコミットさせられてしまう)」

 上記例のように、事業を取り巻く状況(以下、「事業環境」という)の変化に合わせて事業計画を修正しようとした際、うまくいかずに時間切れになってしまうというような経験はないでしょうか。ここで事業環境とは、マクロ・競合・顧客等の外部環境や企業文化・人事組織等の内部環境をすべて含めたものと定義します。本稿では、まずこうした問題の背景を整理した後、問題を解決するには何が必要なのかを考えます。

 事業計画はある時点での事業環境に関する情報(以下、「情報」という)を要約して何らかの手段で表現したものです(※1)。

 例えば、Excelで作られた事業計画(以下、「Excel」という)は数式と手入力の数字(以下、数字という)で構成されています。手入力の数字としたのは、数式に従って計算された結果としての数字と区別するためです。これは些末なことのようで、実は非常に重要です。なぜなら、計算結果としての数字は手入力の数字と異なり、情報から要約されたものではないからです。計算間違いがないかどうかは、チェックが簡単ですが、手入力された数字が適切かどうかは、どのような情報が要約されてその数字になったかを理解しない限り、判断できません。

 このことを踏まえず、計算結果としての数字だけを見ていては、適切な事業の未来を描き、効果的な行動に繋げることはできません。計算結果としての数字だけを見て何かを決めるというのは、テスト結果だけ見て、子どもの将来を嘆いたり、叱ったりするようなものです。必要とされているのは、日々子どもとコミュニケーションを取って状況を正しく理解することに努め、その上で適切なアドバイスをしてあげることであり、決して嘆いたり叱ったりすることではないはずです(※2)。

 誰かがある時点までに取得した情報を要約して、数式・数字に落とし込んだものがExcel(※3)ですので、情報が更新されると、当然Excelもそれに合わせて更新する必要が出てきます。要するに、ある時点で情報を要約したものに過ぎないExcelは経年劣化していくため、適宜更新していくことが必要になるということです。

 上記のように考えると、事業計画を修正しようと考えた際に、まっさきにその基になる情報を更新すべきであるということが分かります。

 冒頭の「…当時からの変化を踏まえて、現状に即した形に…」というのは、まさに情報を更新して、それを事業計画に落とし込もうとしている場面ですが、「できない…時間が…」となってしまうのは、情報をある時点で一気に収集しなければならないことと、更新した情報を適切に要約することの二つの作業が困難だからです(作業のあとの、関係者との調整は、もっと大変ですが)。ここで、みなさんに馴染みの深いであろう決算報告に例えます。以下は、決算報告の流れと前述の考え方を類比したものです。

 a. 日々の取引情報の記録(情報)→b. 決算報告(ある時点での情報の要約)

 a.をある時点まで実施しておらず、b.を出してくれと言われても困難なのは当然です。決算報告の場合は、情報の蓄積方法も要約方法もルールで定められていますので、こうした問題は起こりません。しかし、事業計画についてはルールが定められておらず、属人的になっている場合が多く見受けられます。

 前述の課題を解決するには、変化する事業環境に目を向け、情報を随時蓄積していく業務と情報を適切に要約する業務、そしてそれらを組織の仕事として定義し、継続的に行っていくためのルールが必要になります。会計に例えると、簿記や決算報告に当たる業務とそれを仕事として定義する各種法律や社内のルールです(※4)。

 弊社ソリューションの背景としている経営理論「仮説指向計画法 Discovery-Driven Planning(以下、「DDP」という)」は本稿で述べた課題に対処するための手段として有効でしょう。以下、DDPの考え方を簡潔に示した経営学者の意見をご紹介します。

 「不確実性の高い事業環境では、事業計画とは単に計画を練るためのものではなく、事前に不確実性を洗い出し、仮定は仮定としてつねに認識し、それを恒常的にチェックするために行うものである、ということなのです」(入山章栄『世界の経営学者はいま何を考えているのか』、2012、p243より引用)

 「DDPと通常の事業計画との違いは,前者が不確実な状況についての学習に重点を置くのに対し,後者では計画値にいかに実績値を近づけるかという点に求められる。暫定的な解(事業計画)は作成するものの,事前に目標値とすべき,解を持っていないのが前者のアプローチであり,事前に解を設定し,その達成に向けて努力し,計画と実績の差異を最小化しようとするのが後者のアプローチである。DDPが生成した背景には,通常の事業計画策定プロセスが不確実性の高い場合には、うまく機能しなかったことがある。」(伊藤克容『新規事業評価のためのDDP(discovery driven planning)に関する考察』、2014、成蹊大学経済学部論集 第45巻第2号、p102より引用)

 経年劣化し、賞味期限が切れた事業計画を修正するには、事業計画自体を切羽詰まった状態で修正するという発想ではなく、事業計画の基になる情報を絶えず更新・蓄積して、必要に応じて事業計画に落とし込むという発想が必要なのではないでしょうか。

 「よし、まずは蓄積してきた当時からの変化を確認してみよう。ふむふむ、なるほど。そうすると、前任者が作った数式のこの部分は使えて、この部分はより単純化できる。数字もアップデートしてと…できた!?(準備万端で経営会議を迎える。そこでは、そもそもこれは現時点での最良でしかなく、状況に応じて行動を変えていくことを共有する)」

 上記のような未来を作っていくことに関心がある方は、是非ご意見をお聞かせください。率直なご意見・ご感想をお待ちしております。

 なお、本コラムで引用をさせていただきました早稲田大学の入山章栄先生に、10月25日(水)開催の弊社フォーラムでのご講演をお願いしております。詳しくは、本メールでご案内しておりますので、是非皆様お誘いあわせのうえ、ご来場くださいますようお願い申し上げます。

(松下 航)

※1事業計画を経営会議資料や戦略などに置き換えても同じことが言えます。

※2管理部門に求められているのは、手入力数字の理由(意図)を聞いたり、事業現場の活動を見たり、コミュニケーションを取ったりすることで、状況を正しく理解することに努め、その上で、そもそも何のための事業計画なのかを考え、それを踏まえて指標一つだけ見て一喜一憂するようなものではないと言ってあげたり、より大きな目的(事業で何を得ようとしているのか)を考えられるような視野を身に付ける重要性を説いたり、代替案を提示し、さらにその実行を妨げる障壁を取り払ってあげたりなど、適切なアドバイスをしてあげることであり、決して嘆いたり叱ったりすることではないはずです。

※3情報を要約して数式・数字に落とし込む際に生まれるものを弊社では仮説と呼びます。例えば、同業他社はある技術を持っていないという情報から、競合となる企業は居ないだろうという仮説に基づいて、Excelにあるシェアという項目の数字に落とし込むという時、そこには競合となる企業が居ないのであれば、という仮説があることになります。

※4社内での情報蓄積とそれらの要約・共有を円滑に行うという目的ですので、法律と言うと大袈裟かもしれませんが、近年高まるコーポレート・ガバナンス改革の一環で、今後公のルールとして定義される可能性も十分考えられるのではないでしょうか。

【参考文献】
・入山章栄(2012)『世界の経営学者はいま何を考えているのか』、英治出版
・伊藤克容(2014)『新規事業評価のためのDDP(discovery driven planning)に関する考察』、成蹊大学経済学部論集 第45巻第2号