先日、某企業の元副社長の方が以下のように仰っていたことが印象に残っています。

 「半年かけて策定した事業計画が、実行後すぐに外れてくる。しかも計画策定は、年に2回も行っているので1年中計画を立てていることになる。たまらず事業計画はもう立てなくて良い!と言ったことがあるよ……」(※1)

 要するに、相当な労力・時間を掛けて作成した事業計画が驚くほどはやく使いものにならなくなってしまうことに憤りを感じ、そんなことであれば事業計画策定を止めてしまいたいと考えた、ということです。

 このような問題意識を頻繁に伺うのですが、みなさんはいかがでしょうか?本コラムでは、この問題の本質を考察し、解決の方向性を探ってみます。

 事業環境に変化がなく、ある時点で立てた計画通りに(あるいは、計画など無視して各自適当に)実行していけば事業が成功するのであれば、冒頭のような問題は起きません。しかし、現実には、経験豊富な既存事業ですら、技術革新による根本的なビジネスモデルの転換に曝されており、安泰ではないのが昨今の状況です。ある一時点で将来を完全に見通せるはずがないため、計画は多かれ少なかれ外れていくものなのです。

 いかがでしょうか?当然だろうと思われたのなら、筆者としては安心です。つまり、問題は“計画が外れること”ではないのです。“計画が外れたまま放置されること”なのです。

 「計画放置」が恒常化すると、やがて計画は策定されたと同時に捨てられるようになり、労力・時間を浪費するだけの形骸化したものとなってしまいます(以下、「計画放置の罠」と呼ぶ)。みなさんも意思決定までは血眼になって策定されていた事業計画がいつの間にか忘れ去られ、その後は当初計画とは別に作られた数字の羅列を追っている、という場面に遭遇したことはないでしょうか。

 では、“計画は外れるもの”という事実を前提として、事業計画を捉え直すと、どのように考えられるでしょうか。例えば、経営学者の入山氏は、弊社が基礎としている仮説指向計画法 Discovery-Driven Planning(以下、「DDP」とする)に言及し、以下のように表現しています。

 「不確実性の高い事業環境では、事業計画とは単に計画を練るためのものではなく、事前に不確実性を洗い出し、仮定は仮定としてつねに認識し、それを恒常的にチェックするために行うものである、ということなのです」(※2)

 DDPを基に、事業計画を以下のように定義してみます。

 「将来の成功している姿を定義し、“成功に必要な条件”=“仮説”=“数式や数値の設定根拠となっている要素”を洗い出す。それら仮説を検証していき、検証で得られた気付きを基に更新し続けるもの」

 ここまでで、“計画は外れるもの”という事実を認識し、“計画は更新し続けるもの”と定義しました。前回の筆者のコラムでは、「賞味期限が切れた事業計画を修正するにはどうすれば良いか」と題して、“計画を更新し続ける”にはどうすれば良いのか考察しました(※3)が、今回は解決の方向性として、以下の二点を考えました。

1. 視点の長期化(あるいは、長期視点と短期視点の統合)
2. 現場部門への権限移譲(とその際のデメリットを解消する組織体制)

【1. 視点の長期化(あるいは、長期視点と短期視点の統合)】
 短期視点を重視した場合、ゴール達成にはあまり影響のない些末な部分にも目が行き、結果として負担の割には効果が薄いという事態を招きがちです。計画は長すぎて統制できないというより、寧ろ短すぎて統制できないのではないでしょうか。
 重要なのは、成功に必要な条件がどうなっているのかを把握し、状況に合わせた計画を実行に落とし込み続けることです。(※4, 5)
 DDPでは、計画の更新を重大な挑戦課題の仮説検証を行う大きなイベント(試作品作成や市場調査、など)ごとに行うことを推奨しています(※6)。弊社では、これをより単純化し、四半期や半期ごとに更新機会を設定しておくことを提案しています。

【2. 現場への権限移譲(及び、その際のデメリットを解消する組織体制)】
 事業のことを一番分かっているのは現場ですから、計画の適宜更新を担うのは現場(現場のトップ)であるのが自然です。しかし、多忙や情報の偏り等から、どうしても視点の短期化・近視眼化に陥りがちです。そうしたデメリットを解消できるような、現場を適切に援助する(環境変化の伝達や打ち手の提示など)仕組みがあればより良いでしょう。優れた企業には、スタッフ部門が事業部門を支援する仕組みがあります。例えば、ネスレのCo-pilotや3Mのビジネス・カウンセル(※7)、などが挙げられます。
 また、「事業部門や主要なグループ会社などに配置され、個別事業の戦略立案支援や事業分析、それを踏まえた提言、他の事業部門との連携などの機能を果たすビジネスパートナー」としての役割が、スタッフ部門に期待されているという論もあります。(※8)

 「計画放置の罠を回避し、計画を更新し続ける」というのは、言うは易く行うは難しです。筆者は、実現のための組織・仕組みをより具体化できるよう、これからも考えていきます。

 みなさんの企業では、どのように考えられているでしょうか?忌憚なきご意見・ご感想をお待ちしております。

(松下 航)

※1 DDPを紹介した際に、「その通りだけど、改めて言われると新鮮だね」という共感とともに、吐露された言葉です
※2 入山(2012)p.243参照
※3 弊社コラムVol.137(2017年9月号)にて、「賞味期限が切れた事業計画を修正するにはどうすれば良いか」と題して論考した以下のコラムをご参照ください
http://www.integratto.co.jp/scripts/bi/mailnews/column_detail.asp?vol=137
※4 例えば、バランスト・スコアカードのような手法を活用し、長期視点と短期視点を統合することも考えられます。(清水(2013)pp.63-86参照)
※5 弊社コラムVol.111(2015年7月号)にて、「中長期の戦略は、なぜ実現できないのか」と題して論考した以下のコラムをご参照ください
http://www.integratto.co.jp/scripts/bi/mailnews/column_detail.asp?vol=111
※6 ハーバード・ビジネス・レビュー・ブックス(2000)p.240参照
※7 昆(2011)第4章pp.153-201参照
※8 デロイト トーマツ グループ(2018)pp.97-110参照

【参考文献】
・ハーバード・ビジネス・レビュー・ブックス(2000)『不確実性の経営戦略』pp.219-243、リタ G. マグラス、イアン C. マクミラン(1995)「未知の分野を制覇する仮説のマネジメント」、ダイヤモンド社
・入山章栄(2012)『世界の経営学者はいま何を考えているのか』、英治出版
・昆政彦(2011)『効果的な企業会計システムの研究―GE, パナソニック, 3Mの事例―』、中央経済社
・清水孝(2013)『戦略実行のための業績管理―環境変化を乗り切る「予測型経営」のすすめ―』、中央経済社
・デロイト トーマツ グループ(2018)『実践CFO経営―これからの経理財務部門における役割と実務―』、日本能率協会マネジメントセンター