前々回のコラムになりますが、意思決定の規範モデル(フレーミング→代替案の抽出→選択)と、その最初の要素であるフレーミングについてご紹介しました。

さて、フレーミングにはもうひとつ重要な作業があります。それは評価尺度とその優先順位を決めることです。前にご紹介したように「意思決定は選択である」ため、複数の選択肢(代替案)から最終的にひとつを選択しなくてはなりません。その選択のときに必要なのが評価尺度、すなわち選択肢の良し悪しを測るモノサシです。評価尺度を間違うと当然選択を誤ります。たとえば、利益を上げたいのに評価尺度を「売上高」としてまうと、利益がなくても売上が最大の案が選択されてしまいます。

経営意思決定においては、評価尺度の定義というのは大変難しく、重要な作業です。経営者がこの意思決定に対して「何がしたいのか」を正しく汲み取り、それを測定可能な尺度にしなくてはなりません。「何がしたいのか」のことを意思決定プロセスでは、嗜好(Preference)といいますが、これは初めから測定可能な尺度になっていることは少ないでしょう。経営部門からの方針、年間の経営計画、中期の経営戦略、株主向けメッセージなどから関連する戦略を洗い出し、それを最も良く説明できる評価尺度に変換していかなくてはなりません。

ここでJohnson & Johnson の医薬部門の例を見てみましょう。

戦略目標1:より強い未充足医療ニーズ(満足な治療法が存在しない治療領域において新規薬剤を待望する社会全体の期待)に対応した製品で利益を増大させる。

戦略:当社のコアコンピタンスに適した未充足医療ニーズの領域に注力する。

事業目的:2010年までに抗がん剤の製品郡でリーダー企業(トップ3)になる。

評価尺度:①2008年~10年の間の利益合計、②抗がん剤領域の製品数

字数の関係で戦略目標1しか紹介できませんが、実際には複数の戦略目標から複数の評価尺度への展開がされています。いずれにしても、定性的に表わされた戦略を、測定可能な評価尺度に変換していることがわかりませんか?

評価尺度の定義で、もうひとつ大切なことがあります。それは、評価尺度はひとつではなく、複数あるということです。すると、ある選択肢では、尺度1は最高だが、尺度2では3番手になる、ということが生じます。そのためには、複数の尺度に優先順位をつけ、それらをまとめて評価できるようにする方法が必要です。いくつかあるこの方法のうち、AHP(Analytical Hierarchy Process)というのをお聞きになった方も多いのではないでしょうか?これらについては、また別の機会に紹介したいと思っています。

最後に、少々本題から外れますが、私がいつも陥ってしまう意思決定の失敗についてお話します。私は一人で出張したときに、地元のものを出す居酒屋に行くことが大好きです。そのときの評価尺度としては、
・地元の料理やお酒が置いてある
・観光客向けでなく、地元の人たちが入っている
・高級な店でなく、ローカルで庶民的な雰囲気がある
・清潔で品質のよいものを出す

などなど、まだ他にかなりたくさんあります。出張先で仕事から解放されると、さて居酒屋探し。店を探しながら尺度を評価し、候補として頭に入れていきます。せっかくの貴重な一食ですから、どうせなら数軒探して、その中でベストな店に行きたいですよね。あれこれ探しているうちに1~2時間過ぎてしまいます。そしていつの間にか候補のランキングがあやふやになっています。多くの場合、そのうちお腹が空いてヘトヘトになり、まあいいかと思って入った店が全然好みと違ってガッカリ…なんてことになってしまいます。私としては、評価尺度の優先順位をちゃんとつけていないこと、尺度の測定が不十分なこと、がその原因ではないかと思っているんですが、皆さんはどうお感じになりますか?出張先で効果的に地元のいい店に行くための意思決定プロセスをご存知なら、ぜひ教えてください。

(北原 康富)

参考文献:Rx&Biotech Portfolio Management, SRI, Jan. 2005.