2007年1月25日のインテグラート・インサイト9号 (http://www.integratto.co.jp/column/009/)で、自分がどれだけ知っているかを表す知識「メタ知識」についてご紹介しました。正しいメタ知識を持つ予報士が、降水確率25%、すなわち「私は明日が雨天であるという確信を25%持っている」と予報した翌日の天気を100日分集めると、そのうちの25日雨天となります。米国の製薬会社イーライ・リリー社では、プロジェクトの開始にあたって、開発が成功する確率を組織的に予想しています。これまで成功確率を60パーセントとしたプロジェクトが58あり、そのうちの37が実際に成功しました。実際の成功確率は、約64パーセントですね。このようにメタ知識は、将来の不確実性を主観的確率を使って数値で表し、今の意思決定を助けます。

不確実性のある状況での意思決定シーンは、ビジネスにおいて非常に多くあります。例えば、原価、期間などの「見積り」という行為は、基本的に不確実性のある状況で行うものですね。また、営業部門では、進行中の商談をランク付けして、例えばランクAはほぼ間違いなく受注できる、ランクBはかなり確度が高い、ランクCは五分五分などとして、営業に回る時間や人数を意思決定します。このようなシーンでメタ知識はどのように使えるのでしょうか?

進行中の商談のランクA~Cは、受注の確実性を表していると考えられます。ランクAの「ほぼ間違いなく受注できる」を数字にするとどうなるでしょう?たとえば、ある営業部門では、Aを99%、Bを75%、Cを50%と定義していたとします。過去一年で、実際の商談の受注実績とランクを分析してみました。すると、Aとした商談の実際の受注率は、95%でした。同じように、Bは73%、Cは40%となっていました。さらに、この営業部門の2つの大きな営業部での実績を見てみると、

 X営業部は、Aランク:100%、Bランク:80%、Cランク:52%、
 Y営業部は、Aランク:90%、Bランク:70%、Cランク:47%、

となっていました。ここでわかるように、Y営業部は、全体として楽観的にランク付けしていることがわかります。仮に、この営業部門では、受注見込みに応じて営業にまわる時間や人数を増減したりディスカウント率を決めたりする意思決定をしているとしたら、このメタ知識が重要な経営資源の半分を左右するわけです。各営業担当者が設定したランクに対する受注率の実績をフィードバックすれば、各担当者は自分の見込みのズレを認識し、だんだん正しいランク付けをするようになるかも知れません。

次に、「見積り」を例にメタ知識を考えてみましょう。日本情報システム・ユーザー協会の調査の中に、情報システム開発プロジェクトについて、予算(見積り)と実績のデータがあります。ここでは、70のプロジェクトのうち、予算超過は39%、予算どおりは33%、予算未満は29%となっています。60%のプロジェクトが予算内だからまあいいのではないかという考え方が多いと思います。しかし、ビジネスのリスクマネジメント上では、予算未満の29%も問題と考えます。すなわち、予算未満の29%のプロジェクトに割り当てた予算のうちの一部は、本来別のプロジェクトに投入できたわけです。

さて、もうひとつ興味深いことがあります。予算どおりの33%という数字です。早稲田大学ビジネススクールの大江建教授の研究室の実験で、路上販売の事業計画と実施を行ったものがありました。実験参加者は、路上販売の事業計画にあたって、いくつかの仮説を設定しました。そしてその仮説にしたがって、実際に東京の井の頭公園で路上販売をしました。すると、当初設定したとおりになった仮説が、全体の仮説に対して約33%だったのです。この数に似たものは他にもあります。スタンフォード大学などの意思決定関連の実験で、「マドリッドとバグダッドの距離」とか「ボーイング707の重量」など、普段見ることのできない数字を80%の信頼区間の範囲(上限と下限)で見積もってもらいます。論文によると、どこで実験をしても、正解率は25%~35%だったということです。

本来、80%の信頼区間で見積るわけですから、正解率が80%になるような下限と上限の幅でなくてはならないのですが、つい幅を狭く見積もってしまい、結果として30%そこそこしか範囲にはいらなかったわけです。これは見積りに対する「過信」と呼ばれるものです。投資のリターンの信頼度が80%になるようなリターンの幅を見積り、その上限と下限を超えたときに備えておけば、いわゆる「想定外」のことが起こることは少ないはずです。しかし、3つに1つの投資案件しか「想定内」にならないとなると、リスクを踏まえた経営意思決定は難しいのではないでしょうか?

システム開発の見積り、ベンチャービジネスの仮説、そして知らないデータの査定のいずれも予測の精度(正解率)が30%そこそことは実に面白いですね。

大江教授いわく、「ベンチャービジネスの仮説の精度はイチローの打率を超えることはできない」。

(北原 康富)