先日、とあるクライアントで投資案件の企画から稟議資料作りまでの支援コンサルティングを実施しました。意思決定会議の直前までチームのメンバーとして加わり、事業の構想づくりからビジネスプランのシミュレーションを幾度となく繰り返し、データの妥当性、失敗パターン、成功パターン、会議で指摘されるであろうリスクへの対応策を検討しました。失敗シナリオのシミュレーションでは考えられるマイナス要因とその影響を整理し、会議での説明資料に含めることにしました。
本件の場合は担当者の方が強い熱意を持っておられたので、もしかすると「君がそう言うなら任せよう」といった、リスクに踏み込まない意思決定が行われるおそれがありました。任せたよと言われると計画通りに進んだ場合は良いのですが、計画通りに行かない場合には、話が違う、誰の責任か、といった話になりがちです。また一方で、経験の無い新しい分野だから全く投資を認めずに却下する、という結果も想定されました。事業のリスクが見えないために、組織としてリスクを取りきれないということはよくあることですね。
会議の当日は、私も良い結果が出てほしいと祈るような気持ちでいたところ、会議後、「承認されましたよ!ただし条件付きですが。。。」と担当者の方から伺いました。「条件付き」という点がやや残念だというトーンだったのですが、それに対して私は「いや、それは本当に良かったですね」と応えました。「条件付き」になったのは、計画通りに行かない可能性があることが意思決定会議のメンバーに理解されたことが理由でした。そのため、「あるタイミングで計画の振り返りを行い、場合によっては計画を修正または中止すること」を条件の一つとして設定されたのです。
不確実性の高い案件に対しては、投資回収まで計画を修正せずに当初計画に基づいて実行するよりも、「仮説のマネジメント」により計画を修正していくと目標達成の可能性が高くなるという計画法を先月ご紹介しました。(先月号のコラム「リスクを受容するマネジメント手法 ― 仮説のマネジメント」http://www.integratto.co.jp/column/014/)
この事業は、振り返りのタイミングで必要があれば計画を修正しなさい、という指示が出されたわけで、「仮説のマネジメント」を意思決定者と実行者が共有している良い形だと思われました。さらにこの「条件付き」は、結果としてオプションを活用することになっていました。計画を将来のあるタイミングで中止する可能性を示唆されましたので、意思決定者は撤退オプションを持ったわけです。オプションとは、将来のある時点で実行する価値があれば実行(権利行使)し、実行する価値が無ければ実行しない、というものです。現時点では知識が不足していても、ある将来のタイミングまで意思決定を延期することによって、その時点までに得られた知識を活用し、あらためて価値を最大化(損失を最小化)する意思決定を行う考え方です。中止の可能性があることは当事者には良くない側面があるでしょうが、事業環境の変化に合わせたオプションを活用することによって、まずは事業をスタートさせることができたわけです。「仮説のマネジメント」「オプションの活用」という点から、「条件付き承認」が素晴らしいと考えたのです。
さて、この会議への準備で効果的だったのは、変動する可能性のある「仮説」データ(例:市場の伸び率)を一覧表にして、データの変動幅をすべて見えるようにしておいたことです。数十の変動要因とその説明を、必ず関係者の目に入るようにしておいたのです。この一覧を説明資料の中心として、リスクを指摘されればWhat-If分析により変動幅内で数字を変更して、結果の変化を確認するようにしました。感度分析やリスク分析はほとんど使いませんでした。(What-If分析、感度分析、リスク分析については、弊社ホームページの音声付き動画解説をご覧ください。http://ds.integratto.co.jp/function/function3.asp)
仮説の一覧表をメインに打ち合わせを行う実にシンプルな進め方をしたのですが、最終的に「条件付き承認」となったことから、関係者の理解を得られたことを実感した次第です。
「仮説のマネジメント」「オプションの活用」と言うと何か難しく感じられるかもしれませんが、「条件付き承認を得よう」「仮説を一覧表にしよう」と考えると少し身近に感じられませんか?
(小川 康)