この春、インテグラートとして初めて新卒の社員を迎えました。彼の名をK君と言います。現在社内で修行中ですが、そろそろお客様のところへお伺いする機会が増えるかと思います。その節はどうぞよろしくお願いします。
K君の家では、食事の際に独自のルールがあります。それは、食べ物を家族の人数分で割った後、余りが出た時の分配方法に関するルールです。刺身、ギョウザ、菓子パンなど、個数として数えられる食べ物について、家族(父、母、妹2人の計5人家族です)で等分に分けた後の余り個数を公平に分けるために、その個数に応じて以下のルールを設定しています。
余りが1個の場合:お父さんがもらう
余りが2個の場合:両親がもらう
余りが3個の場合:子供3人がもらう
余りが4個の場合:お父さん以外の4人がもらう
それぞれの余りの出る確率が均等であれば、全員が均等に余りをもらえるような個数の場合分けとなっています。K家では、家族の誰かが体調を崩して食べられないといった例外を除き、このルールを変更することなく、K君はじめ子供たちが物心ついてから約10年間(K君が大学進学で家を出るまで)実施してきたそうです。さて、このK家の食卓の話から何が読み取れるでしょうか。私は、以下の3つが言えるのではないかと思います。
1 問題(食べ物をどう分けるか)に対する価値観がステークホルダー(家族)間で 一致・共有されている
2 価値観に十分にマッチした判断基準(モノサシ)が明快かつ合理的に設定されている
3 さらに、そのモノサシを途中で変えることなく、徹底して適用し、定着させている
1については、血を分けた家族だけあって「公平に食べ物を分けたい」という価値観の一致が容易に達成されているようです。しかし、新たに加入したステークホルダー=K君をはじめとした子供が、はじめから「公平に食べ物を分けたい」という価値観を持っていたとは考えにくいでしょう。むしろ「自分だけ独り占めしたい」「他の人より多く欲しい」などという価値観であったと思われます。これに対して「公平に食べ物を分けたい」という価値観の意味・有用性をトップ(お父さんかお母さん、もしくは両方?)のリーダーシップのもとに理解・共有させ、価値観の統一を図る努力がなされたと思われます。あるいは、わざと紛争を起こし、紛争が起こることのデメリットを明示し、これを回避することのメリットを示したのかもしれません。2については、インテグラート・インサイト第4号(昨年8月発行 http://www.integratto.co.jp/column/004/)で弊社会長の北原が、経営者の嗜好(Preference)を測定可能な評価尺度に変換する必要がある旨を述べていますが、K家では、家族で統一された嗜好を明快かつ合理的な評価尺度、モノサシとして設定したと言えるでしょう。
私が感嘆したのは3です。ルールの設定が秀逸であることに目を奪われがちですが、そのルールがいかに明快で合理的なモノサシであっても、10年にわたって継続して適用し続けるのは容易ではなく、相当の努力があったと思われます。往々にして、個々の案件=食べ物や、状況の変化によって、モノサシの適用をやめたり、あるいはモノサシそのものを変えたりすることがあるでしょう。例えば、子供が育ち盛りになった時、「子供に集中投資(=優先的に食べ物を分配)して体格を向上させる」といった新たな基準に変わることも、よくあるのではないでしょうか?
翻って企業組織においていえば、経営目標などの目指すべき価値のもと、その価値観に基づいた評価尺度・判断基準を設定することがあると思います。家庭よりも企業組織はステークホルダーがはるかに多いため、価値観の統一が容易ではなく、かつ扱う問題がより複雑なため、価値観の共有とモノサシの設定はK家のそれより難しいと思われます。しかし、個々の案件をその基準にあてはめる段階になって、個々の案件の事情や外的な状況の変化を理由に、モノサシの適用を止めたり、違うモノサシに変えたりといったことは、家庭も企業組織においても同様ではないでしょうか。まして企業組織よりリターンとしての経済的価値が存在せず、かつ「情」の入りやすい家族間において、一定の判断基準を長期にわたって適用し続けるのは、企業組織の場合と同様か、それ以上に困難なことだったと思います。K家の食卓のように、同じ判断基準を使い続けること、定着させることもまた、基準の設定同様に意思決定の質を向上させる大事な営みであると言えるでしょう。
意思決定の質を高める6つの要素として、(1)的確なフレームの設定(2)実行可能な代替案の策定(3)有用かつ信頼性の高い情報(4)明快な判断基準(5)明快なロジック(6)ステークホルダー全体のコミットメントがあります。この要素に従えば、K家では(1)(4)も優れていますが、(6)が徹底されていることが優れた意思決定を支えてきたキーファクターであると言えるでしょう。
ただしこの食べ物の分配ルールには重大な問題があります。それは、すき焼きの肉や飲み物といった、連続的に存在するものについてはこのルールを適用できず、またそうめんなどの麺類については、さすがに本数を数えるまでの定量的厳密性を追求することまでせず、公平性が損なわれていたそうです。
(井上 淳)