前々回のインテグラート・インサイトでは、「条件付き確率」という考え方を使って、研究開発の成功確率を、スクリーニングテストの結果によって更新し、新しい事業価値の期待値を求めました。今回は、これをもう少し汎用的に考えてみることにしましょう。これを利用すれば、どのような信頼性のスクリーニングテストなら、いくらまでお金をかけることができるかを求めることができるようになります。さて、次のケーススタディを考えてみましょう。

研究開発プロジェクトINT07は、現在開発の最終工程である安全性試験にとりかかろうとしており、これがクリアできれば開発にめどが立ちます。尚、現在この試験にクリアできる見込みは五分五分より少し小さい40%と見込まれています。この試験が成功すれば事業価値50億円が得られ、失敗すればプロジェクトを停止し、安全性試験のコスト10億円が損失となります。また経営トップの意向として、プロジェクトの期待事業価値がマイナスの場合は、プロジェクトを中止することとなっています。

さて、この開発チームは、大きな投資となる安全性試験の前に、米国のベンチャーに安全性スクリーニングテストを委託しようと考えています。このテスト結果が「Good」か「NG」かによって、安全性試験の成否をかなり高い信頼性で予想することができます。過去のデータから、このテストの信頼性は80%であることがわかっています。すなわち「Good」となったとき、実際に成功した割合が80%、失敗した割合が20%、「NG」の時はその逆でした。このスクリーニングテストの費用は5000万円と提案されています。さて、この5000万円は妥当な金額なのでしょうか?

これを求めるためには、次のステップで評価を進めます。

ステップ1:現時点での成功確率で、期待事業価値を求める。このとき、結果がマイナスである場合には、開発を中止するのでゼロとする。
ステップ2:スクリーニングテストが「Good」であったときに更新された成功確率で、期待事業価値を求める。
ステップ3:スクリーニングテストが「NG」であったときに更新された成功確率で、期待事業価値を求める。
ステップ4:スクリーニングテストの結果が「Good」、「NG」の発生確率を予想する。ステップ5:ステップ2~4を使ってスクリーニングテスト後の期待事業価値を計算し、ステップ1と比べる。

それでは、順に計算をしてみましょう。

■ステップ1
現時点での期待事業価値は、

50億円 × 40% - 10億円 × 60% = 20億円 - 6億円 = 14億円 ですね。

■ステップ2
Goodと結果が出たときのことを考えてみます。スクリーニングテストは100%の信頼性ではないことから、次の2つの場合が考えられます。

場合1:安全性試験が成功するはずのときにGoodとなる場合
場合2:安全性試験が失敗するはずのときにGoodとなる場合

当初の成功と失敗の確率は40%と60%なので、各々の場合の確率は、

場合1:40% × 80% = 32%
場合2:60% × 20% = 12%

となります。

よってGoodとの結果を得たとき、実際に成功する確率は、場合1と場合2の中で場合1が起きる確率、すなわち

32% ÷ (32% + 12%) = 72.7%

また、Goodとの結果を得たとき、実際に失敗する確率は、同様に、

12% ÷ (32% + 12%) = 27.3%

となります。

当初は、成功:40%、失敗:60%だったのが、信頼性80%のテストでGoodという結果が得られた(情報が得られた)後には、成功:72.2%、失敗:27.3%に更新されました。この新しい確率で、期待事業価値を計算すると、

50億円 × 72.2% - 10億円 × 27.3% = 33.4億円 となります。

■ステップ3
同様に、スクリーニングテストでNGという結果が得られた後には、途中結果は略しますが、成功:14.3%、失敗:85.7%に更新されます。この確率で期待値を計算すると、

50億円 × 14.3% - 10億円 × 85.7% = -1.4億円 となります。

ところが、期待事業価値がマイナスの場合には開発を中止することから、この場合にはゼロということになります。つまり、スクリーニングテストの結果がGoodなら33.6億円の期待値、NGならゼロということになりますね。

■ステップ4
さて、スクリーニングテストの結果が「Good」または「NG」になる確率はどうやって求めたらいいのでしょうか?前に紹介したように、Goodになるケースは、安全性試験が成功するはずのときにGoodとなる場合1と、失敗するはずのときにGoodになる場合2のどちらもあるので、その確率はそれらを合計した、すなわち

32% + 12% = 44% となります。

また、NGになる確率は56%となります。さあ、これを使って期待事業価値を
計算してみましょう。

44% × 33.6億円 + 56% × 0円(中止なので)= 14.8億円 となりました。

■ステップ5
当初の期待事業価値の14億円と比べると、スクリーニングテスト後の期待事業価値は8000万円多いことがわかります。よって、5000万円のコストは払ってもよいということがわかりました。

このように、条件付き確率を使うと、確率を更新するための「情報」にいくらまで払ってよいか、すなわち「情報の価値」を計算することができます。この場合には、8000万円ということになりますね。ちなみに、もしスクリーニングテストの信頼性が70%のときは、情報の価値はゼロになります。また、信頼性が90%のときには、情報の価値はなんと3.4億円にハネ上がります。いやはや、信頼性とはこんなにも大きな価値の違いを生むんですね。筆者はギャンブルをしませんが、競馬の予想屋という人がいるそうですね。彼の信頼性、初期の確率、得られるリターンなどを当てはめれば、予想屋さんの情報料としていくらまでなら払う価値があるかを計算できそうです。

(追記)
本コラムでご紹介した条件付き確率の応用は、イギリスの牧師・数学者トーマス・ベイズ(1702年(?) – 1761年)によって発見された確率論「ベイズの定理」です。この定理を使ったベイズ決定論やベイス推定という方法では、事象や情報を得ることによって推定する確率を更新していきながら決定や推定を行います。これらは、迷惑メールのフィルタやアマゾンの提案エンジンなどでも使われています。

このケーススタディの価値を計算した簡単なExcelシートを用意しました。初期確率、信頼性、ペイオフの値などを変えて、情報の価値を計算することができます。ご興味のある方はインテグラート・インサイト編集部  (このメールの発信元)までメールをお送りください。

(北原 康富)