昨日、麻生内閣が発足し、加えて間もなく解散・総選挙があるのではないかと予想されています。不安定さを増す経済の動きと合わせて、政治の動向に世論の強い関心が集まっていると思われます。弊社は、定量的指標に基づいた意思決定に資するソフトウェア製品・コンサルティングサービスに取り組んでおります。しかし、世の中には定量的な評価が難しいものもあります。政治も、その最たるものの一つであると言えるでしょう。
その難題を解くアプローチの一つとして、今回のコラムでは、政治を定量評価する手法とその実践例をご紹介いたします。
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具体的には、「政治の定量評価」の題材として、首相就任後の所信表明演説を取り上げ、この演説から定量的指標を抽出します。所信表明演説は、すべての首相について安定的に得ることができるデータで、統一的な比較が可能です。この分析の狙いは、就任直後の首相自らが語る言葉を分析することで、本人が目指す首相像を浮かび上がらせて比較を行うことです。(注1)
分析手法は、「首相就任後の所信表明演説において、首相演説によく使われるキーワードである『国民』『改革』『平和』『協力』『努力』の登場頻度を調べる」というものです。演説そのものの長さがそれぞれ異なるので、各単語の登場回数を演説全体の文字数で割った数値(登場頻度)を指標として利用します。(注2)分析範囲は、15年前に非自民連立政権の首相となり、日本政治における大きな転換点の象徴である細川護煕氏から、昨日退任した福田康夫氏までの9人の首相を対象としました。細川氏における各単語の登場頻度を100とし、歴代首相の登場頻度を相対指数で表現します。

上述の手法に基づいて分析を行った結果が下記の通りです。(敬称略)

細川 護煕:100(国民)、100(改革)、100(平和)、100(協力)、100(努力)
羽田 孜 : 75(国民)、177(改革)、 94(平和)、 81(協力)、111(努力)
村山 富市: 97(国民)、123(改革)、210(平和)、 67(協力)、 85(努力)
橋本龍太郎: 62(国民)、137(改革)、 67(平和)、168(協力)、 49(努力)
小渕 恵三:110(国民)、118(改革)、 83(平和)、 94(協力)、 26(努力)
森  喜朗: 76(国民)、119(改革)、 73(平和)、 63(協力)、 40(努力)
小泉純一郎:114(国民)、263(改革)、 43(平和)、130(協力)、 41(努力)
安倍 晋三: 60(国民)、 89(改革)、 22(平和)、 51(協力)、 24(努力)
福田 康夫:105(国民)、129(改革)、 57(平和)、 16(協力)、 31(努力)

この分析結果より、以下のような点を指摘することができます。(注3)

・登場頻度が高いものは、小泉氏の「改革」・村山氏の「平和」・橋本氏の「協力」などです。それぞれ、「『自民党をぶっ壊す』と叫んで構造改革を推し進めた小泉氏」「日本社会党(当時)の村山氏」、「念願の政権復帰を果たした自由民主党の橋本氏」と、当時の政治状況を象徴したキーワードとなっています。
・ 近年、「平和」と「努力」の登場頻度が減少傾向にあります。国内で諸問題が多い中、「平和」の減少は(内政重視の裏返しである)外交問題の相対的な重要度低下の表れにも思われます。また、「努力」の減少は、高度経済成長期に代表される「がむしゃらに働く日本人」からの価値観の変化(無理に頑張らずゆとりを大切にする)を表しているのかもしれません。
・小泉氏は、前代の森氏から「平和」を除く4単語の登場頻度が増加しています。
「ワンフレーズ・ポリティックス」と評されるように、象徴的なキーワードを多用してメッセージ性を強く打ち出そうとする姿勢がうかがえます。「平和」の減少は、首相就任時に指摘されていた外交に関する経験の少なさがそのまま表れているようです。
・安倍氏は、小泉氏と比べてすべての単語の登場頻度が大幅に減少しています。戦後最年少首相であって政治経験が十分でない様子が、主張発信力の弱さとして露呈していると言えます。
・福田氏は、安倍氏と比べて「協力」を除く4単語の登場頻度が増加しています。
メッセージ性の弱かった安倍氏との対比を明確に打ち出す意図が見られます。
特に「平和」は小泉氏より登場頻度が多く、アジア外交を期待する声に応えた内容となっています。一方、「協力」は歴代首相の中で登場頻度が最も低くなっています。内閣支持率が低下する中で公明党や自民党内からも首相の手腕を疑問視する声が起きて孤立状態となり、先月の辞任表明に至った政権末期を暗示しているかのようです。

以上の点を踏まえて、麻生太郎氏が所信表明演説でどのようにキーワードを用いて自己の目指す首相像を描くのか、注目されます。
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政治を定量評価する手法の一例をご紹介いたしましたが、いかがでしょうか。
定量的指標の数字を眺めるだけでも、普段気付かないようなさまざまな視点からの興味深い示唆を得ることができます。また、グラフ化することで、視覚的にわかりやすくなると共に、さらなる発見があるかもしれません。
定量評価には、見えないものを見えるようにする力があります。定性的と思われる分野にも定量評価の手法を導入することで、意思決定の品質向上に大きな役割を果たします。

(楠井 悠平)

(注1)所信表明演説は国立国会図書館ホームページ(http://www.ndl.go.jp/)より収集。
(注2)キーワードは「歴代首相の言語力を診断する」(東照二著、研究社)より引用。
(注3)あくまで登場頻度の分析結果のみに基づいて推論した内容となっています。そのため、実際の政治背景などを十分に考慮しておらず、記述内容が絶対的に正しいとは限らない点を予めご了承ください。