過日、製薬会社の人事担当役員である知人と話していて、彼はこう言いました。「意思決定の良し悪しは大事だけど、結局、それがみんなの腹に落ちているかどうかが効くよね」。その時から、この「腹に落ちる」という言葉がどうも気になって、あるとき調べてみると、「内発的動機付け」という考え方があることを知りました。
モチベーションに関する勉強をされた方にはなじみのある言葉だと思いますが、要は「本当にやりたくてやっている状態」を指します。これは、趣味など好きなことをやっていることだけではなく、例えばゴミ捨てなど、嫌いなことをやっていることでも、当てはまります。後者は、ゴミ捨てをすることで家が快適になるということを自ら理解し、進んでやっている状態です。

ロチェスター大学のエドワード・デシとリチャード・ライアンは、どのような要因が動機付けを左右するかについて興味深い実験をしました。
被験者をA、Bの2つに分け、両者にパズルをやってもらいます。
Aの被験者には、パズルがひとつ解けるたびに報酬(1ドル)がありますが、Bには何も報酬がありません。
デシらが注目したのは、30分の作業の後、解答用紙を印刷してくるといって実験者が10分ほど部屋から出ていたときに、被験者が何をするかということでした。
その結果、報酬を与えたグループの被験者は部屋にある雑誌を読んだりして、休憩をとりました。一方、無報酬のグループでは、被験者は引き続きパズルをやり続けていました。金銭的報酬が動機を下げてしまうという実験結果は、当時大きな反響を呼びました。デシらによると、確かに金銭や罰などは人を動機付ける力を持っていて、これによる動機付けを外発的動機付けと呼びます。
一方、活動すること自体が目的であるような行為の過程、つまり活動それ自体に内在する報酬のために行う行為の過程を、内発的動機付けと呼びます。デシらが実験で検証したのは、金銭的報酬が、内発的動機付けを下げる作用があったことでした。
それでは、どのようにしたら内発的動機付けを向上できるのか?
デシらは、それに関係する要因のひとつに、自律性に対する欲求があると提言しました。自律性とは、目的を達成するための選択肢を自ら考え、自ら選択して行動したいと思うことです。
知人が言った「決定が腹に落ちる」という状態が、内発的動機付けをされた状態であるとするならば、腹に落ちるためには、自律的に選択肢を考え選択することが重要だといえるのではないでしょうか。

意思決定の品質には、「正しさ(合理性)」と「良さ(納得性)」の両面があると、これまでにもお伝えしてきました。私どもは「良さ」を向上するための要素として、意思決定のプロセスを組織のメンバーで共有することを提唱しています。弊社製品デシジョンシェアの「シェア」という言葉も、このコンセプトを込めたものです。意思決定の実行にかかわる人が、自ら代替案(選択肢)を創造し、合議を経てひとつを選択する・・・意思決定の品質を良くするために私どもが提案するこのプロセスが、心理学者による動機付けの研究と関連するところがあるのではと、少し意を強くすることができました。

ところで私事で恐縮ですが、弊社製品デシジョンシェアの製品企画をするとき、こんなことがありました。そのときは既に、初期の大手導入先として早稲田大学が決まっていたというラッキーな状況でした。しかしその一方で、どこまで機能を入れるか、どこまで操作性をよくするか、学校で使う教材的な仕上がりにするか、企業でプロフェッショナルのユーザーに使ってもらえるようにするかなど、悩んでしまい、開発が遅々と進まないでいる状態が続きました。そんなとき、導入を推進してくださった早稲田大学ビジネススクールの大江建教授が私にこう言ったのです。
「北原さんのいちばんいいと思う設計にしてくれればいいんですよ。これまで欲しいと思った製品を作ってくれれば、それがまちがいありません」。この一言に、それまでの行き詰まりから、一気に開放されました。それから連日、深夜まで設計を続けましたが、その間は久しぶりにフロー状態(注)を味わった価値あるひと時でした。古くからある上司のフレーズに、こんなものがありますね。「責任はオレがとるから、お前のやりたいように思いっきりやってくれ」。このフレーズの中に、デシのいう、自律性による内発的動機付けを見ることができると思うのですが、いかがでしょう。人の経験やスキルによって、自律できる範囲はもちろん違いますが、そろそろ配属される新入社員にも、できる範囲で選択の機会を与えてあげてもいいかもしれませんね。

(北原 康富)

注:時間の感覚が消え去り、集中力が持続し、ワクワクするような気持ちで満たされ、その時間がいつまでも終わらないで欲しいと願うような、高度に動機付けされた心理的状態を指す。シカゴ大学の心理学者チクセントミハイ教授が示した。

参考書籍:「人を伸ばす力」(デシ、フラスト著、桜井訳)新曜社