今月11日に参議院選挙が行われました。「インテグラート・インサイト」のコラム執筆者は弊社コンサルタントの中で事前に持ち回りで決めているのですが、選挙や首相交代など政局の節目で(大学時代に政治コースに在籍していた)筆者にコラムの担当がよく回ってくるのは、期せずして政治との縁が続いていることの表れでしょうか(注1)。さて今回の選挙結果で目を引くのは、結成されてまだ一年とたたない「みんなの党」の躍進です。東京・神奈川・千葉の3選挙区での当選を含む10議席(民主党・自民党に次ぐ改選第三党)を獲得し、最近の選挙で見られた二大政党化=少数政党苦戦の傾向に一石を投じる結果となりました。今回のコラムでは、大学時代の講義ノートを見返しながら、今回の選挙における意思決定の本質は何であったか、という視点からみんなの党が躍進した理由を探り、またその本質を踏まえて今後の有権者に求められる資質を、筆者の個人的見解として探ってみたいと思います。

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今回の選挙構造の考察に当たり、筆者の頭にはある政治学者の理論枠組みを使うことが思い浮かびました。そして彼の理論内容を確かめるべく、さっそく『政治学』の講義ノートを見返してみました。その名はA.ダウンズ(1930~)。経済学者でもある彼は、合理選択的民主主義として投票行動を理論付けた「空間競争モデル」を提唱しました。彼は「投票者と候補者が競争市場における消費者と生産者のように合理的に行動する」という仮説の下、有権者はより高い効用を与える候補(政党)に投票し、また政治家(政党)は政策の実現よりも政権や票の獲得のために有権者の支持を求めて政策立場を決定する、と考えました。具体的には、有権者は「重要な争点を選択」「自分の立場を位置付け」「各政党と自分の立場を比較」「自分と同じあるいは近い立場の政党へ投票」というプロセスで投票を行い、候補者は争点に対する有権者の選好分布を踏まえてより多数の支持が得られるよう政策を変える、という構造です。

さてダウンズの理論枠組みで今回の選挙構造をいざ紐解こうとした時、筆者には2つの点が気になりました。「今回の選挙で重要な争点は何だったのか」「各政党の立場は有権者にとって比較可能なものだったのか」という点です。そこで前者の点を考える前に、そもそも争点とは何か、を再確認するために『日本政治』の講義ノートをめくりました。その中で、争点が選挙結果に大きな影響をもたらす条件としてD.バトラー(1924~)とD.ストークス(1927~1997)が掲げた定義によると、「政党の立場の違いが強い」「争点に対する関心度が高い」「有権者の意見の分布が偏っている」という3つが挙げられています。そこで今回の選挙を振り返ってみると、筆者の感じる限りではこれらの3定義にきれいに当てはまった争点は今回はなかったように思います。消費税、あるいは沖縄の基地問題などは後者の2つの条件には該当するかもしれませんが、政党の立場の違いが鮮明に表れていたわけではなく、民主党政権の振る舞いが一方的に目立った印象です。少なくとも、2005年9月の衆議院選挙(いわゆる郵政選挙)における郵政民営化のような明確な争点はなかったことは確かに言えるのではないでしょうか。また、後者の点を考えるに際し、民主党・自民党・みんなの党のマニフェスト(選挙公約・アジェンダ)を読み比べてみました(注2)。しかし、筆者の目から見るとマニフェストからは各分野における各党の政策立場の違いが明確には伝わってきませんでした。例えば、消費税や基地問題についても各党のマニフェストでは記述がないか抽象的な表現にとどまっており、(争点や政策軸が複数考えられる際に各政党間の差異を一元的に把握するための「ものさし」概念としてダウンズが導入した)イデオロギー(日本では保革意識と表現)に至っては、自民党・社会党の55年体制下では政党立場を表す代表的指標として機能しましたが、今回の三党のマニフェストは「日米同盟の重視」「アジア諸国との信頼協力関係の促進」でぴったり一致しています。実際にマニフェストがどれほどの有権者に読まれたのかは留意が必要ですが、少なくともマニフェストに基づいて比較選択可能なほどには各政党の立場が異なっていたとは言えないと感じられました。
ただ、マニフェストを読み比べて気が付いたのは、記載内容そのものよりも記述スタイルに政党の特長が表れていた、という点です。「民主党:三党の中で最も文章量が少なく、各分野にわたって具体論には踏み込まず広く浅く記述する代わりに、随所に菅直人の写真や活動歴を掲載」「自民党:民主党とは対照的に、271項目も挙げて事細かく説明する一方で、全体的な枠組みにはほとんど言及せず」「みんなの党:公務員改革や経済財政政策など自らが得意とする分野は具体的に記述し、その合間で他分野について抽象的に記述して全体の印象を保つ」といった具合です。

以上を踏まえて今回の選挙における意思決定の品質を考えると、空間競争モデルの典型例である「各有権者が共通した争点を選び、その争点に関する各政党の立場を比較して自らの選好と近い政党に投票する」というパターンよりは、「争点と考えるテーマや視点を各有権者がそれぞれ選択し、選択した争点に関して強く発信している政党に投票する」という構造だったのでは、と筆者には思えました。すなわち、有権者が本質的に選んだのは争点に対する選択肢(=政党)でなく、争点そのものだった、ということです。この枠組みを政党の立場から見るとより明確です。与党・野党で政策立場にさほど相違点がなく、各有権者に共通認識してもらえるような争点を今回は設定せず(設定できず)、その代わりに自らの(政策立場でなく)政党としての立場に基づいた選挙戦、つまり、与党の民主党、元与党で最大野党の自民党、新党として一日の長があるみんなの党、という立ち位置に立脚した(せざるを得なかった)選挙戦であった、と解釈できます。もし仮に、民主党あるいは自民党が対立するテーマを意図的に創出することができれば、マスコミを通じて有権者の関心を高めて共通争点化することで、有権者は選好に基づいてどちらか一方を選ぶように仕向けられることとなり、少数政党であるみんなの党は二大政党の狭間で埋没していた可能性が高かったでしょう(郵政選挙における国民新党・新党日本の例)。しかし、そのような争点化はなされず、相対的に政党イメージが重要視される状況に持ち込まれたことにより、民主党・自民党は与党や元与党の最大野党といった立場に縛られて各分野へ満遍なく言及することを余儀なくされ政党像を明確に描き出すことができませんでした。その二大政党を尻目に、少数政党の中で、代表が元行革担当相であることを生かして焦点を絞ったメッセージ発信を続けていたみんなの党の主張点を争点ととらえた有権者、あるいは政党が発信するメッセージが明確である(=はっきりモノが言える)こと・既存政党にはない新鮮味があること自体を争点ととらえた有権者の支持を得た、ということが今回みんなの党が躍進した背景だったのでは、と筆者は考えてみました。

このような選挙構造では、有権者は政党から用意される選択肢から選べば良い、とはいかず、そもそも選択すべきテーマを自ら設定しなければいけなくなります。そのため、少なくとも政党が用意した政策枠組みにとらわれることがなく自由度が高まる半面、ともすると政党の主張内容を十分検討することなく、政党のイメージ戦略に乗せられてしまう危険性もあります。そこでわれわれ有権者に求められる資質は何か、の手掛かりを『国際政治』の講義ノートに求めたところ、外交に関する記述でヒントが得られました。外交では、情報を集める時間がなく、相手の情報が得にくい「危機管理」の場面(例:ミサイルが自国に向かっている。これは単なる他国のミスなのか?あるいは全面攻撃の予兆なのか?)に直面した際、「決定への参加人数が少ない」「情報量が少ない」「先入観が投影されやすい」「政策の修正が効かない」といった側面のため、判断の誤謬が最も問題となりやすくなります。ここで述べられた危機管理の状況は、選挙にも当てはまるのではないか、と筆者は感じました。つまり、判断の誤謬を避けてより適切な意思決定を行うためには、以下のように危機管理の4側面を打ち消すような行動を心がけることが大事ではないでしょうか。
・「参加人数を増やす」:まずは一人一人が選挙で投票することで、自己の意見を表明する
・「限られた時間のなかで可能な限り情報集約をする」:特定の政党、チャネルからの情報に
  依存することなく、多様な情報に接して総合的に判断する
・「過去に縛られることなく適切に現状認識して様々な事態を予見する」:党名や過去の
  業績だけで判断せず、現状の立場や将来の可能性を十分考慮する
・「複数の手段を検討する」:争点をはじめから一つに絞り込むのでなく、各政党の主張
  内容を踏まえて複数の政策分野をとらえた上で重視すべき判断基準を定める

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多くの有権者にとっては、上記4点の行動原則すべて実行に移すことは難しいかもしれません。しかし、これらの原則はおよそ意思決定する局面一般にも当てはまると筆者は思います。
今回のコラムを通じて、選ぶべき立場にありながら実態は主体的な判断ができず選ばせられている、といった事態に陥らないよう、意思決定の構造や十分注意を払うべきポイントを認識して行動につなげることの重要性を感じていただけば幸いです。

(楠井 悠平)

(注1)Vol.29(2008.9.25) 「政治を定量評価する~所信表明演説の分析による首相像の比較~」、Vol.40(2009.8.27) 「『選挙』は意思決定に優れているか?」参照。
http://www.integratto.co.jp/column/029/
http://www.integratto.co.jp/column/040/

(注2)
http://www.jimin.jp/jimin/kouyaku/pdf/2010_kouyaku.pdf
http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2010/data/manifesto2010.pdf
http://www.your-party.jp/file/agenda201006.pdf