毎回のように登場し耳タコとお叱りを受けそうですが、正しい意思決定を行うためのプロセス「フレーミング→代替案の探索→代替案の評価→代替案の選択」は、私どもが提供する戦略プランニング手法の基本的なステップでもあります。この中で、戦略プランの品質を大きく左右するステップに「代替案の探索」があります。さらにこのステップで最も重要なアクティビティが、「課題論点の抽出」です。これは、フレーミングで設定した枠組みの中で、考えられる課題やそれを解決するアイデアをできるだけたくさん考え出すブレーンストーミングです。このプロセスの後半のステップは代替案を絞り込んでいく工程ですから、代替案の探索で出されたアイデア以上の戦略は基本的に出ないことになります。一方、時としてこのブレーンストーミングで出されるアイデアが、どれもこれまでに検討されたありきたりなものばかりで、苦しい状況が続くことがあります。このときはメンバーのみんなが、もっと創造的になってアイデアを出せないかと頭を抱えます。筆者も、ファシリテーターとして、フレームをシフトしてみたり、自分でも突飛なアイデアを言ってみたり、あの手この手を使ってメンバーの創造性を刺激しようと努力します。この経験から「創造性」について勉強してみたいと思うようになりました。創造性を強化したり、鍛えたりすることは可能なのでしょうか?

創造性は、古くから人々の興味の対象であったにもかかわらず、心理学研究のテーマとしては、あまり取り扱われてきませんでした。知能検査というものはありますが、創造性検査ともいうものはまだありません。創造性はもっと複雑なようで、知能や記憶のように、十分な定義やテスト方法が研究されていないのが現状です。その中でも、ギルフォードは、知能のモデルを研究する中で、ただひとつの正解を導くタイプの「収束的思考」と、多くの解決策を発想するタイプの「発散的思考」を区別しました。その上で、発散的思考力が創造性に関連する力とし、心理実験を重ねてこれを構成する6つの要因を示しました。それは、(1)問題を敏感に発見する能力、(2)より多くのアイデアを生み出す力、(3)異なるアイデアを広範囲に生み出す力、(4)ユニークなアイデアを出す力、(5)工夫して現実的なものとして具体化できる力、および(6)今あるものを別の目的に用いることを見出す力、です。ブレーンストーミングは、2番目の、より多くのアイデアを出すことを助けようとする技法ということができます。しかし残念ながら、最初にお話したように、ブレーンストーミングで簡単に創造性を強化することは難しいようです。最初のほうに出てくるアイデアは、どのメンバーも大して変わりがないことから、アイデアがもうないと思うところまで出し続け、さらに考えるなどといった「乾いたぞうきん絞り」型のアプローチもあるようです。また、子供だったらどう考えるか、自社の競争戦略を考えるために、競争相手になったつもりで自社を倒す戦略を考えてみるなど、過去の解決方法や習慣から脱出しようとする技法は、(3)の、より広くアイデアを出すことを狙ったものといえます。

創造性は、技法だけでなく訓練されるべき能力であり、学校で教えている内容を変える必要があるという主張もあります。一般的に学校は、収束的思考に基づいた教育が中心です。そこである算数の先生は、3+4=?という問題を止めて、7=?という問題に変えたという話があります。また、アインシュタインは、学生に2週連続して同じテストを与えました。生徒がこれは先週と同じ問題ですと言ったら、アインシュタインはこう答えたそうです。「その通り、しかし今回は答えが違う!」。しかし、このような教育はまだ稀なものです。
経営手法によって創造性を強化しようとするアプローチもあります。iphoneやipadなどを次々と生み出すアップル社のイノベーションには、目を見張るものがあります。企業経営者のだれもがこのような製品イノベーションを起こしたいと思っていることでしょう。イノベーションを、「新しい、すなわち創造的なアイデアで人々に新たな価値を提供すること」とすると、創造性はその必要条件ということができます。アップル社や、世界で最も創造的な会社のひとつといわれるIDEO社では、創造性を強化するために組織としてどのようなことをしているのかを研究している例も見られます。紙面の関係で具体的にはご紹介できませんが、これらイノベーティブな企業の中に、できるだ多くのアイデアを出す環境や、別の目的の製品や技術を結びつけるといった、心理学の視点で見い出された要因が、組織として実行されていることを垣間見ることができます。

このように、創造性を高めることに対する人々の期待は大きく、様々な試行が行われているようです。

まもなく大学では秋学期が始まります。今年から新しく受け持つことになった「製品イノベーション創造法」では、製品やサービスのイノベーションにつながる創造性について、理論だけでなく、現実に使える実践的なトピックをできるだけ取り上げたいと思っています。しかし、筆者のこの分野における知見はとても限られています。よって、経営学視点と認知心理学の視点で、創造性に関するモデルや技法を少しおさらいし、ヒット商品を生み出したことがあるゲストスピーカーに話していたいだいて、その中から関連するポイントをみんなで見つけていこうと思っています。シラバスには、この講義に参加することそのものが創造的なアクティビティをすること、と書いておきましたので、生徒に創造的になってもらい、講義の内容を自分で考えてもらおうと期待しています。

(北原 康富:インテグラート株式会社顧問、インテグラート・リサーチ株式会社代表)