皆様お世話になっております、インテグラートの小川です。今週から月末までの予定で、私は出張でアメリカに来ています。コンペティティブ・インテリジェンスという、競合情報活用がテーマのカンファレンスと、医薬品製品戦略がテーマのカンファレンスに出席して勉強しています。このカンファレンスご報告は、また別の機会にあらためてさせていただこうと思います。

今回この2つのカンファレンスは、ニュージャージー州で開催されていますが、私が10年ほど前に留学したペンシルバニア大学ウォートン校(以下ウォートン)に比較的近く、懐かしい気持ちです。今回のコラムでは、このウォートンで選択科目を登録する際に、一人一人の学生に意思決定を迫る仕組みをご紹介します。

まず、ウォートンについて簡単にご紹介します。ウォートンは、1881年に創立された最古のMBAビジネススクールです。教授陣の数は世界最多と言われ多くの有名な教授が揃っており、全米No.1MBAプログラムに何度もランクされたことがある学校です。インテグラートのアドバイザー的存在、イアン・マクミラン教授も同校の人気教授の一人です。

有名な教授陣が多いと、学生はどうしても有名な教授の講義ばかりを選択するようになります。良い講義を多く受けること自体は良いことですが、弊害もあります。それは、脈略なく幅広い専門分野の講義を選択することによって、2年間のMBAプログラムで達成しようと志していた目的を忘れ、総花的な学習で卒業してしまうことです。学校としても、受講者数が増え過ぎて講義の質が下がったり、定員に収まらずに受講できない学生が出てくると問題です。

それでは、学生一人一人が、自分の学習目的について考え抜き、適切な選択を行うにはどうすればよいでしょうか。ウォートンが採用した方法は、選択科目のオークションです。科目のオークションとは驚かれるかもしれませんが、既に運用されて15年目で、ウォートンの特色の一つとなっています。

オークションの仕組みは次の通りです。MBAプログラムの学生は、入学すると選択科目の登録用に5,000ポイントを受け取ります。1科目に対して、1,000ポイントが目安とされていますので、どうしても受講したい講義には、1,000ポイントを上回るポイントを使います。例えば、私がマクミラン教授の講義をどうしても受講したい場合には、高めのポイント、例えば3,000ポイントで申し込みます。オークションの仕組みは、定員が50人の場合には、高くポイントを付けた人から順番に50名が受講できるようになっています。つまり、3,000ポイント以上を付けた人が50人未満であれば、私は受講することができ、50人を超えていたら受講できません。受講したければ、受講者数の枠に自分が入るように高いポイントを付けなければなりません。しかし、ある講義に高いポイントを付けると、他の講義に高いポイントを付けることができません。これが、極めて深刻な悩みになります。

オークション制度が採用される前は、受講希望者が受講枠を超えた場合には、抽選だったそうです。学校側は、学生の本気度が測れることを、オークション採用の理由の一つに挙げています。ちなみに、受講できなければ、ポイントは戻ってきて、受講する場合には、最低落札ポイントが持ちポイントから差し引かれます。3,000ポイントで申し込んでいても、最低落札ポイントが1,100ポイントであれば、1,100ポイントが受講者のポイントから差し引かれます。

さて、オークションは、与えられた5,000ポイントをどう使うか、学生に意思決定を迫ります。自分は、何をしにウォートンに来たのか。この教授の講義が取れなければ意味が無い、ということにあらためて気付き、また、単に有名教授の講義だからといって、今の自分には必要無い、といった選択を余儀なくされます。経営者にたとえれば、限られた経営資源を何に投入すべきか、後戻りのできない選択を行うことに等しいと言えます。

実は、ウォートンのオークションでは、後戻りの余地が用意されています。科目の選択には迷うことが多いので、やり直しができるわけです。私が在学していた時は、オークションが14ラウンドあり、講義開始のかなり前から始まり、数ラウンドは講義開始後にも実施されていました。あこがれていた教授の授業を取ってみたら、全く自分の関心と異なっていた、ということがありえるからです。

このラウンドというのが、油断なりません。受講に必要なポイントは、ラウンドごとに決まるのです。つまり、変動相場制です。例えば、第1ラウンドで、マクミラン教授の講義受講に必要なポイント、つまり最低落札ポイントが1,100ポイントだったとします。しかし、オークションは毎週実施され、翌週のラウンドでは、必要ポイントが変動するのです。第2ラウンドで、マクミラン教授の人気が上昇し、最低落札ポイントが3,000ポイントになることがあるわけです。逆に、以降のラウンドで、最低落札ポイントが500ポイントに下がることもありえます。

一度落札した受講の権利は、その後の変動に関わらず確保されます。また一方で、落札した権利を放棄すると、そのラウンドでの最低落札ポイントが戻ります。ということは、1,100ポイントで落札して、3,000ポイントで放棄すると、1,900ポイント増やすことができます。このように、入札と放棄を上手に繰り返すと、ポイントを増やすことが可能です。その結果、人気講義の落札ポイントは、10,000ポイント程度まで上昇する現象が起きます。人気講義の獲得は、まさに真剣勝負・仁義なき戦いです。

私は、幸運にも自分の希望する講義をすべて受講することができました。振り返ってみると、そのコツは、常に先手を打つことだったと思います。14ラウンドありますから、様子見の人も結構いるわけです。しかし、私は迷わず入札しました。早めに人気講義を複数落札し、相場が高騰してから権利を放棄して大量のポイントを獲得し、自分の希望講義を獲得しました。こう書いていると、自分で何だかとても悪い人のような気がしますが、在学中は、ここで負けてたまるか、何のために日本から来たのか、と正直なところ必死でした。

そういう私も、冷や汗をかいた失敗があります。過去3年間のオークションのデータは学生の個人名以外すべて公開されており、どの教授の講義がどのラウンドで、どのような点数分布だったか詳細に分析可能です。そこで、私はある講義に注目しました。前の学期に極めて高いポイントで落札されており、これは今学期も高騰するに違いない、と読んで第1ラウンドで落札しました。ところが、ラウンドが進んでも全然ポイントが上昇しません。何かおかしいぞ、とあらためて調べてみたところ、重要な情報を見落としていました。前の学期に、ポイントが上昇し過ぎていたことが理由と思われますが、その教授の講義が今学期は別の曜日にもう一こま新設されていたのです。つまり受講枠が2倍になっていたので、ポイントが上昇しなかったのでした。あわてて権利を放棄してポイントを取り戻しましたが、前の学期のポイント上昇に早速対応するとは学校側の運営も細やかだなあ、と感心しました。

最後は失敗談になってしまいましたが、学生に意思決定を迫る仕組み、いかがでしたでしょうか。2年間のMBAプログラムではいろいろ学ぶことがありましたが、この選択科目決定のプロセスからは、限られた経営資源を何に投入するか徹底的に考える、どうしても達成しなければならない目的に対しては経営資源を充実させて挑戦する、ということを教えられたと思います。

そして、極めて重要だったのは、選択肢が存在したことでした。学校が用意した選択肢に対する意思決定は困難ではありましたが、選択肢が無ければそもそも考えようがありませんでした。選択肢が用意されていなければ、自分で選択肢を作り出す。十分な選択肢を検討せずに安易な道に進まぬよう、選択肢創出の努力が欠かせないと思います。

(小川 康)