総資産約2,100億円に対して、負債約4,000億円。即ち、約1,900億円の債務超過で、累積損失は約3,700億円。その年の売上高は約4,000億円で、純利益はマイナス約700億円。これはかなり大型の倒産だな、と思われるかもしれませんが、そうではありません。これはAmazon.comの2001年12月末決算の概要です(1米ドル=130円で計算)。
ほとんど売上高に近い額の赤字が積み上がっており(累積損失)、返済が必要な額の半分の資産しかありません(債務超過)。この決算数値だけを見ると、存続していることが不思議なくらいに劣化した財務状況です。もう万事休すか、と観念しそうな状況にすら思えるのですが、当時のAmazon.comの発表資料は全く逆で、実に力強いメッセージに満ちています。今月のコラムでは、Amazon.comの創業者・CEOジェフ・ベゾス氏の株主への手紙の抜粋をご説明し、長期視点の経営事例をご紹介します。
Amazon.comは、1995年にジェフ・ベゾス氏が創業し、当初は地上最大の書店になる、という目標を掲げていました。その後、書籍以外にも取扱商品を拡大するとともに世界各国に進出し、日本でもAmazon.co.jpとして通販大手となっています。
冒頭の決算の約2年前、1999年3月5日発表のジェフ・ベゾス氏からの「株主・顧客・社員への手紙」には、以下のように書かれています。なお、翻訳は筆者によるものですので、ニュアンス等差異があるかもしれません。ご関心のある方はAmazon.comホームページにて原文をご参照ください。
—–
是非「すべては長期のために(It’s All About the Long Term)」の部分をお読みください。Amazon.comのような会社に投資しなければ、と確信していただくため、よろしければ2度読み返していただきたいと思います。そこに記載したように、私たちは、私たちが正しいと主張しているわけではなく、私たちの考えをお伝えしています。
—–
2度読み返してほしい、とは、日本企業のIR資料にはなかなか見られない表現です。そして、「すべては長期のために」の部分へ続きます。
—–
私たちの成功は、長期間に亘ってどれだけの株主価値を創造したかで評価されると信じています。その価値は、現在のトップ企業としての地位をどれだけ長く継続し、確保するかにかかっています。トップ企業として強く市場を主導すれば、それだけ利益が出る仕組みが確実になります。市場を主導する力は、そのまま高い売上と高い利益率と速い資本の回転を実現し、投資に高いリターンをもたらします。
(中略、以下抜粋)
・私たちは、短期の利益やウォール街(証券会社)の反応よりも、長期にトップ企業であり続けることを考えた投資の意思決定をこれからも継続します。
・私たちは、トップ企業になる十分な見込みがあれば、チマチマせず大胆に投資を意思決定します。うまく行く場合も、行かない場合もあるでしょうが、どちらにしても価値ある学びが得られるでしょう。
・会計上の見かけを良くするか、将来のキャッシュフローの現在価値を最大するかを選ぶとしたら、私たちは後者を選択します。
—–
いかがでしょうか。赤字の言い訳などなく、まだまだ赤字で行きますよ、という決意表明のようです。我が道を行く、という意思が率直に述べられています。あわせて、あなたが長期のリターンを期待するなら、Amazon.comはその期待に応えます、というメッセージが繰り返されています。
私はジェフ・ベゾス氏の講演を聞きに行ったことがあります。場所はアメリカのフィラデルフィア、時期は2000年の2月で、1995年にAmazon.comが創業して以来一度も黒字が出たことが無く、永遠に赤字なのではないか、と批判を受けていた時期でした。Amazon.comは、インターネットビジネスの旗手として大いに注目を集めていましたが、一度も利益が出ていなかったため長続きしないのではないかという懐疑論を引き起こしていたのです。
この講演では、聴衆の懐疑を否定するような、ジェフ・ベゾス氏の笑顔が印象に残っています。「Amazon.comは必ず黒字になるよ、いつかはわからないけど」とニッコリ話していました。「利益が出ていないから、Amazon.comじゃなくて、Amazon.org(非営利団体)かな」などと冗談も言っていました。ベゾス氏が講演中何度も強調していたのは、「長期的に勝者となるために、とにかく顧客のことだけを考える」ということであり、短期的には利益ではなく投資を優先することでした。
さて、総資産は約2兆円、債務超過・累積損失は解消して株主資本は約6,200億円、売上高は何と約3兆8,500億円で、純利益はプラス約500億円。これがAmazon.comの2011年12月末決算の概要です(1米ドル=80円で計算)。株式時価総額は、10年前の約4,400億円から約6兆4,000億円に成長しました。
Amazon.comのこの10年間を見ると、「すべては長期のために」を着実に実行してきたように思われます。2011年12月末決算では、売上に対して純利益が少なく感じますが、これは更なる長期的成長を実現するために投資を実行し、純利益が減少したとのことです。まだまだこれからも長期視点で経営を続けるようです。
株主への手紙で主張された長期視点の経営が、この10年間の目覚ましい成長という実績を伴っており、素晴らしい取り組みだと思います。弊社は、まだ役員しか株主がいないのですが、いつか株主への手紙を書き、長期視点の経営を実践するような企業になりたいと思います。
(小川 康)