絵に描いた餅。いやな響きですね。
計画の出来の悪さを表現する言葉ですから、企画担当者や事業責任者が最も言われたくない言葉の一つだと思います。

そういう私ですが、絵に描いた餅を痛感したことがあります。私がアメリカに留学しMBAプログラムで学んでいたとき、ファイナンスの分野に証券分析(Security Analysis)という科目がありました。証券アナリスト業務の基礎を学ぶ内容で、MBAプログラムの中でも特に人気の高い科目の一つでした。また、膨大な作業を強いる過酷な科目としても有名だったのです。それなら挑戦してみようじゃないか、と受講することにしました。

講義では、証券アナリストのように、各企業の公開情報から株価を算出する手法を学びます。財務指標を類似企業と比較する方法など、株価を算出する様々な方法を学んだあと、ヤマ場は将来のキャッシュフローを推定して株価を算出する演習課題でした。

噂通りの極めて過酷な課題で、10年以上経った今でもよく記憶しています。株価の算出対象は、パソコンやカメラで使うフラッシュメモリ大手メーカーのサンディスク(SanDisk)でした。公開されているあらゆる資料を山のように積み上げて、今後の設備投資額、発売される新製品の数・タイミング、売上を推定していきます。過去の数値の傾向、過去の製品発表のペース、売上に占める各費用項目の割合・傾向などから、パズルを解くように今後5年間のキャッシュフローを計算します。実に膨大な作業で、私は終盤の3日半、机に向ったままでした。ベッドで休むと寝過ぎてしまうので、疲れたらそのままの姿勢で眼をしばらく閉じて、また続きに取り組みました。食事はしましたが、風呂には入らなかったと思います。不潔でしたね。不眠不休で課題に取り組み、キャッシュフローと株価を算出して提出しましたが、その時の感覚は忘れることができません。

「何だ、絵に描いた餅じゃないか。」

公開情報をひたすら読み漁りましたが、今後の新製品の数、発売のタイミングなどはどこにも公表されていませんでした。競合他社に秘密にしたい情報は、公表しないのが当然ですから調査しても入手できません。仕方ないので講義で教わったように過去の傾向から今後の製品について推定しましたが、サンディスク社内で企画されている製品計画とは、まず一致していなかったでしょう。推定した新製品の数と、やはり推定した売上規模から、将来の毎年の設備投資額についても推定しました。しかし、金額を外部の立場で推定しているだけですから、実際に企画し工夫し努力し行動する人々にとっては、ただの作り話です。

私がファイナンスの講義で学んだ手法は、基本的に外部からの評価の手法であることが問題だったと思います。外部の評価者と、評価対象となる事業の企画担当者の違いは、たとえて言えば、走っている自動車の行方を見定める際に、自動車を外から見ているのか、あるいは、その自動車のハンドルを実際に握って運転しているのか、ぐらいの違いがあると言えるでしょう。行方を知るには、運転手がどこに向かおうとしているのかが決定的に重要です。外部からの評価は、情報が得られにくい新たな製品・サービスの事業に対しては、企画者の視点が不足し、的外れの評価となる可能性があります。

外部からの評価はこのような問題がありますが、企業内部ではどうでしょうか。外部の投資家が投資先企業を評価するように、企業内部でも経営陣及びスタッフが社内の投資案件を評価します。しかし、弊社が観察したところでは、企業内部で評価として行われていることは、外部からの評価と大きく異なります。

企業内部では、評価者が徹底的に企画者と対話することが基本です。運転手に行方を聞くのと同じように、本質的に重要なことだと思います。書類やメールを読むだけでは不十分で、実際に企画者と会話することによって、より深く企画者の意図を知ることができるようになります。外部からの評価では、実施したくても限度がある部分です。

企画者と対話した後の評価者の役割は、企業によって異なり、評価を意思決定者に報告する役割と、企画者に評価をフィードバックして企画者を支援する役割が見られます。後者は評価というよりは、実質的には企画支援です。この企画支援は、企画者の思い込みを適切に修正し、リスクへの備えを促し、企画そのものを改善する役割を果たします。このようなプロセスを経て企画の実現性が高まれば、絵に描いた餅と言われることはないでしょう。

外部投資家視点の評価手法は、前述の問題があるものの、ファイナンス分野で高度に整備されています。しかし、企業内部での投資評価は、各社の状況を見るとまだまだ改善の余地があります。特に、評価を活用して企画そのものを改善し実現性を高める社内プロセスは、新たな製品・サービスを成功に導く鍵となるものです。絵に描いた餅に陥らず、評価者と企画者との対話を徹底的に強化し、企画そのものを改善する仕組みづくりをお勧めします。

(小川 康)