サッカーの欧州No.1を決める4年に1度の祭典「サッカー欧州選手権:EURO2012」が、今月8日よりウクライナとポーランドで開催されています。優勝の行方もいよいよ大詰め、今夜の準決勝「ドイツ対イタリア」の勝者が、7月1日にスペインと決勝戦を戦います。日本でも連日テレビ中継されており世界的にもW杯に匹敵する注目度の高さがあるこの大会、本メールニュースをご覧いただいている方の中にも、寝不足になりながら観戦していらっしゃる方がいるのではないのでしょうか。
唐突にサッカーの話題で怪訝に思われたかもしれませんが、今回のコラムでは、筆者がここまでの大会の結果を見てあるルールに興味を持ったことをご紹介したいと思います。というのも、弊社が基礎とする方法論(注1)である意思決定プロセスでは、最初のステップとして「フレーミング」、つまり意思決定における「ルール作り」をします。意思決定のルールが異なれば、たとえ同じシナリオ/モデル/データであっても、分析・評価から意思決定する結果が異なってきます。今回のEURO2012では、その状況に相当する出来事があったので紹介するとともに、ルールの在り方について筆者なりの考え方を述べてみたいと思います。

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大会では、開催国と予選を勝ち上がった出場16チームが4チームずつ4グループに分かれ、まず各グループ内で1回総当たりのリーグ戦を行い、各グループの上位2位までの計8チームが決勝トーナメントに進出して優勝を争います。今回筆者が興味を持ったのは、リーグ戦の結果から各グループ内で順位を決定する方式です。以下、今月8日から19日にかけて行われたリーグ戦の中で、その順位決定方式の「妙」が如実に表れた「グループA」を例にご紹介いたします。
リーグ戦では各チームが3試合戦うことになるわけですが、それぞれの試合について勝者が勝点3を獲得し、敗者は勝点を得られません。また、引き分けた場合は両者が勝点1を獲得します。そして、グループAではリーグ戦を終えた結果が以下の通りとなりました。
チェコ:勝点6(2勝1敗)、3試合通算の得失点差が-1
ロシア:勝点4(1勝1敗1分)、3試合通算の得失点差が+2
ギリシャ:勝点4(1勝1敗1分)、3試合通算の得失点差が0
ポーランド:勝点2(0勝1敗2分)、3試合通算の得失点差が-1
ここから上位2チームが決勝トーナメントに進出したのですが、それはチェコと、なんとロシアではなくギリシャだったのです。というのも、EURO2012ではグループ内での順位決定方式として、まず「勝点の合計の多い順」で順位をつけ、同じ勝点で複数のチームが並んだ場合は「当該チーム間での対戦試合の成績(勝点→得失点差→総得点の順)」(a)で順位をつけます(注2)。それでも順位が決まらない場合は「リーグ戦全試合合計の得失点差→総得点の順」(b)で順位を決めます。そのため、グループAでは勝点の最も高いチェコが1位通過となり、勝点4で並んだギリシャとロシアには(a)のルールが適用されることになります。そして、直接対決で勝っていたギリシャがロシアを上回って2位となり、決勝トーナメントに進出したのです。
ちなみに、EUROと同じくサッカーのメジャーイベントであるW杯では、グループリーグ順位決定方式が若干異なっています。同じ勝点で複数のチームが並んだ場合は、まず上記(b)を適用して順位をつけ、得失点差・総得点とも同じ場合には上記(a)に基づき順位を決めます。したがって、もし仮にW杯の順位決定方式が今回の大会に採用されていたならば、3試合通算の得失点差が高いロシアがギリシャを抑えて2位通過していたのです。このように、順位決定方式のルールが微妙に異なることによって、決勝トーナメント進出チームが変わってしまうという出来事が事実として起こったのです。
上記(a)のルール、(b)のルール、いずれも優劣をつける手段としては合理的に思えます。ただ、いずれを優先させるかによって結果は変わってきます。しかし、いずれを優先すべきかは、一概に結論の出るものではありません(そのため、EURO・W杯というトップレベルの大会においても別々の方式が採用されています)。実際には過去の事例として、ある大会で順位決定ルール適用結果によって一種の不正義につながる可能性が示唆され、次回以降または他の大会で適用されるルールに影響を与えることもありました(注3)。このように、現実に起こった事態に即した形での運用変更がなされている実情があります。

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今回ご紹介した事例から思うに、筆者は「強いチームが試合に勝ち、大会に勝つべきである」という前提のもと、ルールは以下のような位置付けだと考えます。つまり、「強さ」という曖昧で定性的な表現ではチームを相対評価して優劣をつけることに難儀するので、強さを客観的・定量的に測定し優先順位付けする一つの枠組みとして「ルール」が存在している、と考えます。今回引用したケースでは、強さの基準としてEUROでは勝点が並んだ(=実力が拮抗している)チーム同士での成績を重要視しています。一方でW杯では、(順位付けの考慮に入れる試合を限定することによる)不正の入る余地を減らしリーグ戦全体を通したパフォーマンスを評価しています。
ここでのポイントは、あくまでルールは一つの枠組みに過ぎず、したがって「強さ」をどうとらえるかによって(同じ競技であっても)ルールが複数存在することになります。例えば、サッカー界の「皇帝」こと元西ドイツ主将のベッケンバウアー氏は、1974年のW杯優勝時に「強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ」という名言を残しています。この名言を筆者なりに解釈すると、決して「本来強いはずのチームが負け、弱いと思われていたチームが勝った」という表面的な勝ち負けの結果を言っているのではありません。ましてや「ルールがおかしいから本来強いはずのチームが勝てなかった」という解釈はもっての外です。これは「潜在的に強さを持ったチームが、本来強いと思われていたチームに勝つことによって、自身の強さを世間に証明した」という本質の発現であると考えます。むしろ「強さにもさまざまなタイプがある」という真理を、一つのルールに則って行われている大会内で示すことができた貴重な機会の出現であると認識しています。
翻ってビジネスの現場でも、例えば医薬品開発プロジェクトの事業性評価において「開発ステージが異なるプロジェクトをどう相対評価するか」など、いわゆる「強さ」の判断における難しい課題は多くあります。その際には、今回ご紹介した事例から筆者が得た示唆である「そもそもルール=評価基準はあくまで強さを表現するための一つの手段に過ぎない」という点を意識してみてはいかがでしょうか、つまり、ルールの範囲内で可能な限り(あるいは必要に応じて複数のルールに基づき)多面的な視点でどのように見えるのかを確認することで、長所・短所を把握することに努めます。最後に蛇足ながら一つ宣伝です。弊社がご提供しているビジネスポートフォリオマネジメントツール「RadMap/portfolio」では、分析画面のマルチウィンドウ化により、目的に応じた多様な視点の分析・評価を容易に行うことができます。多面的な評価と可視化により、現状の分析・評価だけではなく各プロジェクトやポートフォリオ全体の長期的な成長性・将来像についても把握できます。
そして、問題解決(戦略目標の達成)のために必要な取り組みを探し出すことにつながります。ぜひ、皆様の業務遂行の一助としてご活用いただけますと幸いです。

(楠井 悠平)

(注1)http://www.integratto.co.jp/bi/company/concept/
(注2)EURO2012大会規定8.07より。
(注3)例えば2004年のEUROにて、グループCのリーグ最終戦でデンマークとスウェーデンが2-2で引き分けた事例が挙げられる。この試合の結果、デンマーク・スウェーデン・イタリアが勝点で並んだものの、当該チーム間での対戦試合の成績を優先するルールに基づき、3チーム間での総得点の差でイタリアが決勝トーナメントに進出できなかった。試合後、デンマークとスウェーデンが(イタリアの結果に関わらず)共に決勝トーナメントに出場するために談合し、互いに2点以上取っての引き分けに持ち込んだとの疑惑が浮上した。その影響によってか、2010年W杯本大会でこの順位決定方式の導入が見送られたとの見方がある。
http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/euro_2004/3831443.stm