本コラムは2013年2月19日に東京大学伊藤国際学術センターにて行ったセミナーと内容が一部重複することをご容赦ください。

1.失われた20年:失敗の本質

 スイスのビジネススクールIMDの世界競争ランキングによれば、80年代末から90年初頭までの一時期、日本の国際競争力は総合第一位に輝いていましたが、90年代初頭のバブル崩壊以降、2013年の今日まで、日本の国際競争力は20位前後に低迷したままです。そのため、90年代以降の日本は“失われた20年”といわれています。

 戦後の日本は60年代から70年代にかけて高度成長期を迎え、政官財が一体となって、まさに護送船団方式にて先進国である米国の後追いを開始、その甲斐あって、90年代初頭には世界トップにまで登り詰めたのです。しかしながら、その後、一転して急速に転落して今日に至っています。世界経済を牛耳る欧米各国政府は極東アジアの日本の躍進に脅威を抱き、85年のプラザ合意(注1)、88年のバーゼル合意(注2)など、国際金融政策面にて次々とグローバル競争ルールを変更して、日本の競争力弱体化を謀ったと筆者自身は個人的に認識しています。

 これら欧米各国政府の対日攻略は奏功して、90年代以降の日本の経済成長は低迷したままとなっており、2000年代に入って今度は、韓国、台湾、中国など極東アジア近隣国から日本は猛追を受けるようになってしまいました。

 このように、戦後日本のたどった成功と失敗の軌跡は、戦前、1940年代の日米太平洋戦争の成功と失敗に酷似しています。その意味で、野中郁次郎氏や寺本義也氏など日本を代表する経営学者がダイヤモンド社から、まだ日本が絶頂期の1984年に出版した『失敗の本質』は、今日の日本の姿を先取りして警告を発しており、極めて示唆に富んでいます。

2.ハイリスク挑戦に弱い日本

 さて、筆者は90年代日本の成功と失敗の軌跡に強い関心をもち、2003年に光文社から『日米技術覇権戦争』を出版しています。筆者はMOT(技術経営)の専門ですから、同著にて日米技術覇権競争を取り上げていますが、90年代日本の敗因を技術覇権競争のみならず、金融や政治など非技術要素の観点からも捉えています。

 いずれにしても、90年代日本の敗因はMOTの観点から、一言、“ハイリスク技術投資に弱いから”ではないかとみています。60年代から80年代にかけて、日本が米国の後追いに終始していた時代には、先行する米国の技術投資をフォローすればよく、技術投資のリスクを日本が取る必要はそれほどなかったのです。とにかく、米国で成功した技術投資をひたすら真似ていればうまくいったのです。この点は、2000年代、日本で成功した技術投資を韓国、台湾、中国が必死でフォローしたのと同じパターンです。

 ところが、2000年代の日本は、技術リーダー米国のようにハイリスク技術投資の意思決定力が身に付かず、韓国、台湾、中国など技術フォロアーとの消耗戦に巻き込まれたのです。ここに、今日の日本企業のMOTにおける最大の問題が潜みます。

3.ハイリスクR&D投資に強くなるべき

 今後、日本が、先行するハイテク先進国米国に追い付き、猛追してくるアジア近隣諸国を引き離すには、先進米国のように、ハイリスクR&D投資を中心に、ハイリスク技術投資に挑戦するしかありません。

 そのためには、今後、日本企業のうちとりわけグローバルMOT企業はハイリスクR&D投資の意思決定力を身に付ける必要に迫られています。

 日本のグローバルMOT企業の経営者がまず認識すべきポイント、それは、技術フォロアーとしての技術投資と技術リーダーとしての技術投資は大きく異なるということです。そして、技術リーダーとしての技術投資は極めてハイリスクになるということです。

 そこで、日本のグローバルMOT企業がハイリスクR&D投資に挑戦する際、自社の意思決定体制を見直し、強化する必要があります。

4.いかにリスクを最小化するか

 ハイリスクR&Dプロジェクトの特徴は、成功すれば巨大な利益をもたらすが、失敗するリスクも高く、巨額の損失をもたらす可能性があるという点です。そのため、ハイリスクR&D投資の意思決定責任者は常に、失敗のリスクが怖くて、その意思決定に逡巡することが多くなります。

 そこで、ハイリスクR&D意思決定には、意思決定責任者の下に、意思決定支援体制を構築することが必須です。MOTの観点からいえば、意思決定責任者がCTO(Chief Technology Officer)であり、その下に技術戦略参謀スタッフを配置します。技術戦略参謀スタッフは、多角的に情報収集してハイリスクのR&Dプロジェクトのリスク分析を行ったり、競合企業の技術戦略分析を行ったりします。そして、事前に、ハイリスクR&D投資のリスクを最小化する技術戦略を模索して、投資意思決定につなげます。たとえば、自社の技術戦略に求められるR&D投資を自社内の研究所で行うべきか、それとも、世界のどこかの先行する研究機関から技術ライセンスを受けるか、それとも、世界のどこかの技術ベンチャーを買収するかなど、いくつかのオプションを設定して、リスクを最小にする戦略を選択して所要技術を獲得することになります。

5.数理合理的なアプローチが不可欠

 これまで多くの日本MOT企業は、国内の競合企業の技術戦略を参考に、横並びでR&D投資を実行することが多かったのですが、グローバル競争時代の今日、競争相手に先んじて、前人未到のハイリスクR&D投資への挑戦を避けて通れなくなっています。

 前人未到のハイリスクR&D投資の意思決定においては、横並び競争時代に通用した経験と勘だけの意思決定に頼るのではなく、数理合理的な定量分析手法を導入して、費用対効果を算定するなど経験と勘を補完する定量分析が不可欠です。さもないと、CTOは自信をもって意思決定できません。

 そこで、上記、CTOの意思決定支援の技術戦略参謀スタッフには、そのような定量的意思決定ツールを自在に駆使する能力が求められます。

(山本 尚利)

注1:プラザ合意 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F

注2:国際決済銀行(バーゼル合意)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%B1%BA%E6%B8%88%E9%8A%80%E8%A1%8C