「分析力を武器とする企業」(トーマス・H・ダベンポート、ジェーン・G・ハリス著、村井章子訳、日経BP社)を読みました。分析を活用していない企業が、分析を武器とする企業に変身するための、組織変革に焦点を当てた内容です。

「企業が分析力を生かしきれないのは、実は分析手法とも、データの量とも、分析技術とも関係がない。」

これは、本書の「序」に記載されている、本書に寄せた企業経営者のコメントです。では、企業が分析力を生かすためには何が重要なのか、ということについて、本文で度々強調されているのは、分析手法・データ量・分析技術などではなく、何をどのように分析するかを考え、実行に移す人材が重要だ、というメッセージです。

面白い事例がたくさん取り上げられているのですが、ここでは、特に有名な「紙おむつとビール」のエピソードをご紹介します。ご存知の方も多いと思いますが、あるスーパーで、売上データを分析したところ、紙おむつを買う人は、あわせてビールを買うことが多い、という興味深い関係性が分析により発見されました。そこで、紙おむつとビールを並べてスーパーに置くようにしたところ、売上急上昇で大成功、という、データ分析の素晴らしい効果を伝えるエピソードです。

本書の著者は、このエピソードに興味を持ち、どこで実際に起きたことなのか、調査しました。その結果、それは、どうやらオスコという名前のドラッグストア・チェーンらしいことを突き止めました。そして判明したのは、衝撃の事実です。オスコでは、紙おむつとビールの関係性を見つけていたのですが、その後、スーパーに並べて置いたことは無かったのです。つまり、「紙おむつとビール」は、その話の面白さだけが世界中に広まったもので、オスコの売上増加には、全く貢献していなかったのです。

この調査では、二つの重要な発見がありました。紙おむつとビールの関係は、分析ソフトが自動的に見つけてくれたのではなく、分析担当者が主体的に分析を実施し見つけたものでした。つまり、ソフトが自動的に何かを発見するのではなく、スキルを持った人間がいてこそデータの関係性が発見される、ということが一つ目です。また、紙おむつとビールの関係性は、偶然に過ぎないとみなされ、何の行動にもつながりませんでした。つまりもう一つの発見は、分析を行うだけでは足りず、実行に移す人間、即ち、分析担当者と信頼関係があり、分析結果に基づいて行動に移す人が重要だ、ということです。分析が行われていても、実行に移されない事例は、他にも紹介されています。(しかし、紙おむつとビールの件について言えば、これほど有名な話なのに、私は実際にスーパーで並べて置いてあるところを見たことがありませんから、実は、分析結果を行動に移さないことが正解だったのかもしれません)

本書では、このような事例を紹介して、分析業務を組織内で立ち上げ、時には、分析なんていらないんじゃないの、という意見に反論し、一つ一つ組織レベルをステップアップするプロセスが解説されています。

経営者がデータ分析をトップダウンで進める場合は別として、分析力を武器とする企業になるために、ボトムアップで進めて行く取り組みを、本書では5つのステージに分けて解説しています。この部分は、魔法の杖などなく、一つの部門から地道に成果を出していく、というプロセスが丁寧に説明されています。分析の活用を社内に広めたい、というミドルマネジメントの方が、やはり地道にやるしかないのか、と納得するような内容です。

全体を通じて、カジノ・DVDレンタル・クレジットカード・プロスポーツなどの豊富な事例を紹介し、データ分析の威力を効果的に説明しています。これから、データ分析が企業の武器として重要性を増していくことを、本書は強い説得力を持って伝えていますので、分析が企業にもたらす効果に興味がある方には、是非一読をお勧めします。

しかし、これからは分析が重要になる、と著者が主張している論拠には、一点賛同しかねるところがあります。その部分を引用します。

「独自技術を編み出してもあっという間にまねされるし、製品やサービスでイノベーションを創出するのは以前よりはるかに難しくなっている。となれば、競争の決め手として残っているのは、結局は一つひとつの業務プロセスを最高の効率と効果で実行すること、あるいは、最適の意思決定を効率良く下すことしかない。」

要するに、どうせみんな同じことをやるのだから、効率良くやるしか勝つ方法は無い、という主張なのですが、私は強い反発を覚えます。

事業のアイデアに対して、すぐに分析に入ってしまうと、夢(ビジネス目標)が小さくなります。分析は、基本的には過去のデータを扱うものであり、過去の延長に陥りやすいわけです。「何をするか」、という夢がまず重要であり、次に「どうやってやるか」という効率が重要なのではないかと思います。もちろん、効率が勝負になる事業はたくさんありますが、世の中全体では、夢が足りないと感じます。皆さんは、どう思われますでしょうか?

企業が成長を達成するためにまず「何をするか」を考え、それがどの程度の確からしさで実現可能なのか、ビジネスシミュレーションを活用して「前提を共有し議論する」プロセスを先月の弊社フォーラム『 「未来を構想するテクノロジー」 ~経営理論とITの活用による中長期の成長実現~ 』でご紹介しました。
分析は、その「前提を共有し議論する」プロセスで、大いに役立つものと思います。フォーラム当日の配布資料の残部が少々ありますので、ご関心のある方はお問い合わせください。

分析も重要だけれど、夢こそ重要である、と新年にあたり心に刻みたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

(小川 康)