日本各地が記録的な積雪に見舞われた冬から、季節はようやく春へと移り変わってきたようです。ここ数日暖かい日が続いている東京では、25日に桜の開花発表が気象庁より出されました。
 この時期になると、中国・唐の詩人孟浩然が詠んだ句の一節「春眠暁を覚えず」が思い浮かびます。ついつい心地良い眠りに誘われて、朝布団から出るのが億劫に感じる人も少なからずいることと思います。しかし一方で、不眠症・睡眠時無呼吸症候群といった睡眠に関する悩みを抱えている人が多いのも事実です(注1)。先日、「厚生労働省が健康のための睡眠の在り方についての指針を11年ぶりに改訂する報告書案をまとめた」との報道もありました(注2)。 今回のコラムでは、睡眠と(弊社が創業以来追求しているテーマである)意思決定をコンセプトに、その関係について探った学術研究をご紹介し、睡眠の視点から見た適切な意思決定について述べたいと思います。

 まず、米国デューク大学の脳科学者が2011年に発表した、睡眠とリスク選好に関する論文をご紹介します(注3)。 この論文によると、健康な若者29人を対象にした実験で、経済的価値評価に関する意思決定課題を「(通常通り夜寝た後の)朝8時」「(睡眠をとらない状態で過ごした後の)朝6時」の2通りで実施したところ、後者の状態だと、脳の中で利益を認識する部分の活動がより活性化し、損失を認識する部分の活動が抑えられることがMRIで確認できたとのことです。つまり、睡眠をとらないことで、損失を減らすより利益を増やす方を重視する「ハイリスク・ハイリターン」の選択肢を好む傾向が強まることが明らかになりました。論文の執筆者は、具体例として長時間勤務による研修医の医療ミス増加や、深夜カジノに興ずるギャンブラーの心理を挙げています。
 以前から、睡眠不足によって注意力・記憶力などが低下することで判断能力が鈍ることは各種研究で裏付けられていましたが、本研究では、感覚機能とは別に経済的価値を評価する働きそのものに影響が及んでいることを示している点で大変興味深いものに感じられます。

 同様の研究は日本でも行われています。睡眠が適切な意思決定を導くメカニズムを探った広島大学大学院の研究(注4)では、睡眠前に意思決定課題を説明した場合、睡眠中における「急速眼球運動」密度が増大するほど、睡眠後に実施した課題テストの成績が向上しているとの結果が得られたとのことです。急速眼球運動と聞くとピンと来ないかもしれませんが、これは睡眠サイクルの一部であるレム睡眠中の体内活動の一種です(レムとはRapid Eye Movementsの頭文字略称)。本研究では、情動や記憶に関する脳活動の活発化が急速眼球運動を促進し、その結果情報処理活動が活性化することが示唆されています。
 寝ている間も、脳は一定の周期に基づいて活性化することで意思決定につながる活動を行っていることがこの研究で提唱されています。今後の研究で、詳細なメカニズムが明らかになることが期待されます。

 先に紹介した厚生労働省が今回策定する「健康づくりのための睡眠指針2014」の報告書案では、その冒頭に「睡眠時間の不足や睡眠の質の悪化は、生活習慣病のリスクにつながることがわかってきました。(中略)この指針では、睡眠について正しい知識を身につけ、定期的に自らの睡眠を見直して、適切な量の睡眠の確保、睡眠の質の改善、睡眠障害への早期からの対応によって、事故の防止とともに、からだとこころの健康づくりを目指しています。」との記述があります。これは、企業の計画立案・意思決定プロセスについても全く同様のことが当てはまると言えるのではないのでしょうか。
 つまりインテグラート流に解釈すれば、「適切な計画立案・意思決定プロセスの枠組みを知り、プロセス自体の定期的な振り返り・見直しを行い、案件に応じ十分な時間を掛けてプロセスを踏まえ、(戦略意思決定手法における)意思決定の品質を高め、(仮説指向計画法における)マイルストン計画法で案件実施後の困難への早期対応を可能にすることが、想定外の失敗を減らし、事業の安定的成長と一体感の高い組織の構築に資する」と例えられるでしょう。

 今後、睡眠と意思決定に関する研究が進展することを願っています。近い将来、「より確かな意思決定を行うための睡眠方法」などが開発され、意思決定の品質を測る視点に「関係者が適切な睡眠をとっていること」という項目が付け加わることも、あながち「夢」ではないかもしれません。

(楠井 悠平)

(注1)一例として、日本では、一般成人のうち約21%が不眠に悩んでおり、約15%が日中の眠気を自覚しているとの調査結果がある。
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_sleep.html

(注2)高齢者の睡眠時間6時間程度で NHKニュース
第3回 健康づくりのための睡眠指針の改定に関する検討会 (資料)
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000038164.html

(注3)2011年3月「Journal of Neuroscience」誌に掲載の論文。
http://corporate.dukemedicine.org/news_and_publications/news_office/news/sleep-deprived-people-make-risky-decisions-based-on-too-much-optimism

(注4)阿部高志『適応的な意思決定に及ぼすレム睡眠の効果に関する睡眠心理学的
研究』(広島大学大学院総合科学研究科紀要Ⅰ「人間科学研究」、2008)
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/kiyo/AA12198647/StudiesInHumanSciences_3_51.pdf